「キロってなんでわかるの」

チャイムが鳴ったから、いつもと同じように私は画面を確認した
どちらさまですかと告げる暇なく声がした
片言のようで幼稚なようで、子供と大人の間で泣く貴方がいた
私は慌てて鍵を開けて扉を開いた

雨の降る、6月のことでした

「ずぶ濡れじゃないですか…」

傘も差さずに来たのだろうか
クダリさんはその白いコートも制帽も色が変わるほどに濡れていた
それを着ているってことは仕事中のはずだけど、私は咎める気も追及する気にもならず彼を部屋の中に案内する
彼が歩く度にびちゃびちゃと靴から音がする
きっと、靴下もワイシャツも、その下の物も全部濡れているんだろう

「ちょっと待っててください」

サーナイトがふかふかに仕上げてくれたタオルを沢山持ってくる
とりあえず制帽とコートは外して、すぐにハンガーにかけた
ぽたぽたと滴が床を濡らしていたけどそれどころじゃない
髪を拭いて顔を拭いてネクタイや手袋を外しシャツも脱いで絞って拭いて

そしてまた顔を拭く

「ベルトも外してもらえますか」
「……うん、」

何か続きがありそうだったけれど噤まれる
カチャカチャと音が立ってベルトが引き抜かれた
靴下を脱いでもらってから上がってもらい、ズボンも脱いで籠に放り込んだ
下着姿でクダリさんはうろつくことなく立ち竦んでいる
カナワタウンに居た時に買った大きくて温かいコートを引っ張り出し、彼に巻き付けるように着せる
ホットミルクティーを差し出し替えの下着を買ってこようと財布を取り出す
玄関に向かおうとした私を、クダリさんは引きとめた
床に紅茶とカップが落ちる

「キロ、すき」

強く抱きしめられ貼り付けた笑顔が私を見る
持ち上げられた口角は、まるで、

「泣いてもいいんですよ」

あの時の私のようだった
決して悟らせまいと躍起になる私
それが解けていったのは本当に、ごくつい最近のことだけれど
私より年上の貴方は一体何年それを張り付かせていたんだろう

「ノボリさん出張でいませんから、寂しいんですか」

普段はきっと彼がこれを和らげているのかな
でもその人は今、本部からの連絡でギアステーションにいない
私はてっきり家には帰っていると思ってた
だけどこの様子からして向こうに泊り込みで行っているみたい
私を抱き締める腕が弱くなった

「ぼく、…クダリ」
「はい」
「ノボリ、じゃない」
「はい、クダリさん」
「ぼくは、」

何があったのか私は知らない。知る由もない
そして知る必要性もない
彼は今泣いていて私に頼るほか己を保つことができない
なら私の役目はただひとつ

「クダリさん。あなたが好きなシチューにしましょうか」
「…うん、シチュー好き」
「知ってます。食堂でよく食べてますね」
「うん…」

クダリさんはシチューが好き
ノボリさんはカレーが好き
同じ物を揃って食べているけど表情が違う
丸くなっている背中に手を添えて、そっと撫でた

「風邪引きます」
「看病してくれる?」
「遠慮します。ほら、」

いつまでもその格好でいられたら困る
肩を押し返して私は離れた
紅茶をいれなおしてから財布を握り締め、いってきますと声をかけた
小さく返事がしたからもう大丈夫なんだろう





「ポオオゥ…」
「あ、ごめんね。びっくりした?」
「…ポオゥ」

キロのサーナイトがぼくに寄る
マフラーとか毛布を持ってきてくれた
でも、もうそれは要らない

「君の主人、すごいね」

あのね。ぼくさっきノボリと間違われた
ノボリのフリしてる時ならいいよ、仕方ないもん
白いコートと制帽被ってたのに"ノボリさん"って言われたんだ
その子、ノボリのことが好きなんだって
シングルいっぱい乗っていっぱい戦ってノボリのためだけにバトルして

そっか、だからぼくのこと知らないんだ
ノボリしか見てなかったからクダリなんて、ぼくを
だけどそんな子ノボリには絶対ぜったい似合わない

「だからね、いじわるしちゃった」
「ポオゥ?」
「…"わたくし心に決めた方がいらっしゃいますので、そのお気持ちを受け取れません。はっきり申し上げますと迷惑でございます"」
「!」
「えへへ、似てた?…最低だよね」

断るにしたってもっと優しい言い方をノボリはする
でもさ、ぼくとノボリを間違える子なんかに優しくする必要あるの?
知りもしない、見分けも出来ないただの子なんかに

ぼくは要らないって語る瞳が、

「クダリさん」

スーパーの袋を手にしたキロが立ってる
下着とかシャツとか貰った
シャワー浴びていいって言われたからのろのろ歩く
振り返ったらキロはもう晩御飯の準備してた
ぼくが好きなシチュー。あ、ブロッコリーちゃんと入ってる

「ポオオオゥ」
「うん、入るよ」

ぼくのこと見てくれてる
クダリとノボリを知ってる
泣いてたってべたべたに甘やかしてなんかくれない
いいんだ、それで。ぼくだって大人

「…キロ、すき」

聞こえてるかな。聞こえてないかな
返事はぼくが元気になった時、君が覚えていたら教えてね
きっと、キロはいつもの瞳でぼくを見るんだろうけど


だからぼくたちはきみのことがすきなんだ









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