ギアステーション内を歩き回る可愛らしい音
ポケモンのそれによく似た効果音の持ち主がぴたりと足を止めた
広々とした空間と行き交う客や職員を、深い蒼の瞳が見つめる
そして、子供らしからぬ冷静な表情で息を吐いた

「わたし、まいごだ」
「ポゥ…」

薄紫の髪を持つ少女が呟くと、足元にいたラルトスも声をあげた
今日は祝日でも何でもないただの平日
だからこそ休みが取れた両親と一緒に旅行に来ていた
トクサネの宇宙ステーションで働く2人は、シッポウシティにある博物館やリゾートデザートにある古代の城に夢を馳せすぎて、可愛い1人娘からついうっかり目を離してしまったのだ
その隙にキロは珍しいポケモンの後を追いはぐれてしまった

「ねんりき、つかえる?」
「ポゥ、…ポゥ」
「そっか」

ホウエン、特に自分の地元にはない巨大なトレインにびっくりして集中できないようだ
無理だと分かるなりキロはあっさり諦めまた歩きだす
5歳にしては聡い彼女は、適当に職員を捕まえてはぐれたと伝えよう。そう考えていた
よく見かける緑色の服を着た男性の裾を掴む

「あの、わたしまいごです」

男性は驚き目を見開いた
迷子が出ることは頻繁にあるが、自ずから迷子と告げた子供は今までにいない
彼女に視線を合わせるべく屈みこまれる

「貴女様が迷子でございますか?」
「はい。ラルトスもいっしょにまいごです」
「ではあちらで一休みといたしましょう」
「よろしくおねがいします」

差し出された白い掌がキロの小さい掌と繋がれる
彼女の空いている手はラルトスと握った
執務室の扉が開けられてふかふかのソファーに案内される
ラルトスと一緒に座ればころんと飴が入った籠が置かれた

「生憎ジュースはありませんので…」

きょろりと男性は辺りを見渡す
何かを探しているようだったが、小さく溜め息を吐いて向かいのソファーに座った
手にはバインダーに挟まれた迷子用紙とペンがある
執務室にはキロとラルトスと男性以外いなかった

「ええっと、お名前は?」
「キロです。5さいになりました。もうすぐ6さいです」
「キロ様ですね。どちら、えっと、住んでいる所のお名前は?」
「トクサネです」

イッシュ地方ではないのかと男性は思いながらペンを走らせる
そわそわとし始めるラルトスがキロの膝上に乗った
彼女の座高とラルトスの大きさが変わらないため、一瞬にしてラルトスと入れ替わる
その後も男性が質問をすればきちんとキロが答えそれに合わせてラルトスが少し動く
まるでラルトスと喋っているようだ

「わかりました。ご両親をお呼びいたしますね」
「はい」

放送マイクへ向かい彼は名前や出身、特徴を読み上げ両親に向けて執務室までの案内も告げる
2回繰り返し放送してマイクを切った
ソファーではラルトスがもごもごと口を動かし飴を食べていた

「ご両親が来るまで此処でお待ちくださいまし」
「はい。ごめいわくを、おかけします」

大人のような口振りに男性は苦笑いを浮かべる
普通このぐらいの年頃ならば、不安がったり泣き出したりするものだ
そういった子供の対応が彼はとても苦手で、特に自分の無表情っぷりが拍車をかけ泣かすこともあり、できれば迷子の対応はしたくなかったのが本音
だが泣きも不安がりもしない子供というのも実に面倒だと知った
見れば飴を食べているのはラルトスだけで、彼女は一切手をつけていない
ぼーっと部屋の角一点を見つめていた

ともあれ、業務の一角を放置することもできず引き取られた後の報告書を手に男性もソファーへ座る
ギアステーション内端から端まで歩いたとしても20分程
すぐに来ると踏んでいたが、30分経っても音沙汰がない
もう1度迷子放送をいれようかと彼が腰を浮かした時、ラルトスが少し苦しそうな声をあげた
いつの間にか、ぎゅっとラルトスが抱きしめられている
その腕や肩は少し震えていた

「…大丈夫でございますよ」

傍に寄って彼女の頭に手を置く
手袋越しに子供体温が移りじんわりと広がる
顔をあげたキロの瞳は僅かに潤んでいた
小さく可愛らしい唇も、きゅっと真一文字に結ばれている

「そうですね…電車はお好きですか?」

女の子へ対するには間違った問いだったが、彼女は少し悩んで頷いた
それを見て男性は目を細め一声かけてからラルトスごとキロを抱き上げる
長身の彼に持ち上げられ、視界は一気に広がった

「あれ迷子?」

タイミング良く同僚が帰ってきた
必要事項を伝え、もし両親が来たならば連絡をいれてほしいと頼み部屋を後にする
ぎゅっと彼の襟元を握るキロが連れて行かれたのはバトルトレインが停車するホーム
丁度1台のシングルトレインが停まっていた
そこへボールを携え意気込む少年が乗り込んでいく
トレインはゆっくりと走り出し加速し消えていった

「おや、あまり見れませんでしたね」
「…かっこいい」

ぽつりと呟かれたそれに彼は小さく微笑む
ラルトスも興味津々でもう何もないレールを見つめていた

「のれますか?」
「此方はバトル専門ですから、そうですね、手持ちが3体いないと厳しいかと」
「バトル…3つ…」

じっとキロはラルトスを見つめた
両親はいっぱいポケモンを持っていて、貸してほしいとお願いすればいくらでもくれそうだったが、何となく本当に何となく彼女はそれは嫌だと感じた
今乗り込んでいった少年のように、自分の好きな自分のポケモンと一緒に乗りたい

「おにいさんはのらないんですか」
「わたくしはまだ平社員ですから時折しか乗れません。ですがいつか必ず、サブウェイマスターとなって心躍るバトルを繰り広げます」
「さぶうぇい、ますたー」

キロが繰り返すと彼ははっとした
子供相手に自分の夢を語ってしまい恥ずかしくなる
熱る顔へ追い討ちをかけるように彼女は初めてにっこり微笑んだ

「きらきらしてて、とってもかっこいいです」
「…わたくしなれますでしょうか?」
「おにいさんのバトルみたいです。わたしも、のりたいです」

天使の微笑み。語彙が少ないからこそ伝わる本心に彼も珍しく口角をあげた
男性の腕の中のラルトスがほのかに熱くなる
あたたかな空間の中、ライブキャスターが鳴った
パッと画面に映し出されたのは男性と同じ顔

『ノボリ、ご両親見つけた!』
「わかりました。執務室に戻りますのでご案内してくださいまし」
『うん!こっちへどうぞ!』

切られる直前に垣間見えた両親の姿にキロはほっとする
安堵の表情を浮かべる彼女に、彼はそっと頭を撫でた
別のシングルトレインがホームを横切っていく
それを横目に執務室まで戻り先に着いていた両親に彼女は引き渡された

「本当に有り難う御座います…!」
「よかったね、えっとキロちゃん、気をつけて!」

そっくりな2人が並んでどちらがどちらか分からなくなる
キロは交互に見比べていたが、両親に手を引かれていく
扉から出て行く途中彼女は"ばいばい"と頭を軽く下げていた方に振った

「でんしゃ、のります」
「…ええ、お待ちしております」
「ポゥ…!」

最後にそれだけ残して扉はしまった
片割れが勢い良く背伸びをして、隣を見て笑う

「ロリコン」
「変なこと言わないでくださいまし」
「子供、苦手じゃなかった?」
「苦手ですよ」

制帽を被りなおし持ち場に戻るべくドアノブに手をかける
不思議がる彼をちらりと見てホームへと歩きだす
幼い彼女との約束を守るため、今日もギアステーションはまわりはじめる



――貴女様とバトルできる日がくることを、心より








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