イッシュ地方ライモンシティ、ギアステーション
地下鉄と銘打つには広大な敷地を誇り、同時にバトル自慢が訪れる施設も兼ね備えている
駅構内に溢れかえる人々は通勤通学だけでなく電車オタクやバトルオタクも多く存在する

日頃は当然、通常の電車を使用する人間が多い
しかし年に数回その利用者が逆転する日が訪れる
鉄道の日である10月14日や新システム導入日など理由は様々
職員はいつも以上に業務を強いられる

忙しなく回るギアステーションが唯一少しだけ、ほんの僅かながら静かになる日がある



「わしは年期の入った時刻表。しかもジョウトのやで」
「限定モノレールセットフルバージョン。2両編成デキル」
「ここは原点に返って電車型の空気清浄機にしたのさ」
「どこが原点やどこが!!」
「おはようございます」

賑やかな執務室にキロが姿を現す
片手には書類、傍らには迷子のカズマサを引きつれやってきた
何やら言い合っている鉄道員を横目に、我関せずを貫いて書類を渡していく
話には参加していなかったトトメスがふとキロに尋ねた

「ボスへの誕生日プレゼントは用意したのか?」

大きな瞳が瞬きをしたのと同時に、キロの手から書類が滑り落ちる
首を傾げながらもトトメスがそれをキャッチし端を揃えたところでようやく動き出した

「…今日、なんですか」
「なんやキロちゃん知らんかったんか」
「ボス達の誕生日は11月25日、いい双子の日ですよ!!」

まるで自分のことのようにカズマサが喜ぶ
出来すぎた誕生日にキロは口を噤んだ
輪になって見せ合っていたのは敬愛する上司へのプレゼント
よく見ればトトメス達の机上にもそれらしい包装された箱がある

今日はバトルサブウェイが点検で運休の為2人共午後からの勤務
通常行われる点検日の間隔からはやけにずれていると、キロも疑問には思っていたものの意味など考えたことはなかった
おそらくは会長の差し金、もといプレゼントの一環だろう
本来ならば全日休みでも与えられているはずだが、あの2人なら断って半休にするはず
眉間に皺を寄せて考え込みだしたキロにおろおろとカズマサが話しかける

「あ、あの良ければぼくが用意したプレゼントを合同ってことで…」
「カズマサ何にしたのさ?」
「全地方の主要駅看板ストラップです!」

どうやら個々が好きな鉄道関連を選んでいるようだ
申し出を断りキロも頭を捻る
2人が来るまで6時間ほどあるが、抜け出せるのは休憩の1時間だけ
自宅に帰って自分の秘蔵模型を渡すことも考えたがお古を渡すというのも申し訳ない
そもそも毎年このように祝われているならば、多少の物は持っているに違いない
本人達自身が鉄道関連の物を買っている話も聞く

「もういっそ自分にリボン巻いたらええんちゃう?」
「クラウドさん、それセクハラです…キロさんに訴えられますよ…?」

双子のおかげで多少のセクハラには慣れているため彼女は持ち前のスルースキルを発動したが、大人しいジャッキーに突っ込まれクラウドが慌てて訂正をする
そんな漫才を余所に書類を渡し終えるとすぐさま執務室を後にした
すぐには点検場に戻らず構内の売店や引換所をまわる

「今年は耳あてにしてみたのー。クダリさんこの間耳真っ赤にしてたし」
「ワシが撮った昔の電車の写真なんか喜ぶかのぅ…」
「息子や旦那の誕生日より悩むよねぇ!」

耳を澄ませば色んな会話が聞こえてくる
どことなく地下鉄の空気も暖かい
ホーム接続場へ辿り着くとジャッジが軽快な挨拶をしてきた

「おはようございますキロさん!どうしました?顔色があまり優れませんね」
「あ…おはようございます。いえ、…大丈夫です」

さすがポケモンの観察に優れているだけはある
出会い頭に言い当てられ瞳が揺れる
それすらも見逃さないジャッジはにこりと小さく笑った

「ノボリさんやクダリさんは勿論、鉄道員の方々も、他の職員の方々にも言いませんよ。ボクのジャッジ、受けてみませんか?」

諭すような言い方に思わず頷く
人気の少ないホームベンチに並んで腰を下ろした

「――今日がお2人の誕生日だということを知らなくて」

せっつかずともキロが喋りだす
言葉を飲み込み瞳で訴える傾向にある彼女にしては珍しい
隣にいるジャッジのことは一切見ずに、ホームの向こう側をぼんやり眺めている
蒼い瞳は時々落ちて膝にある手へと移る
唇は真一文字よりは力なく、うっすら開いているようにも見える

本人や周囲が思っている以上に気落ちしているようだ
指先は忙しなく擦ったり組んだりと動いていた
何をあげればいいのかわからない、そもそも知らなかったこと自体が申し訳ない、取り繕うのではなく素直に打ち明けた方がいいのではないか、しかしそれをしてしまうと優しい2人は許してしまい結果何もあげられない、自分はとても世話になったというのに

とつとつと語るキロの頬に人差し指が軽く触れる
現実に引き戻されたかのような表情でジャッジを見ると、おめでとうございますと言わんばかりの笑顔を向けられた

「キロさんは今まで誕生日に貰った物の中で何が1番嬉しかったですか?」
「私、ですか。…物はあまり貰った記憶がありません。欲しい物はとくになかったので。ただ毎日ポケモンと家族と一緒にいて、たくさん笑って、泣いて、生きているだけで私は嬉しいです」
「そうです、キロさんはそれを知っている。とても素晴らしいことですよ。ポケモンは種族値や個体値の強さだけでは推し量れない何かを秘めています。ボクは此処でジャッジを続けて痛感しました。――キロさん、あなたが幸せだと感じることをすればいいんです。ポケモンとは言葉を交わせない分想いで通じ合いますが、人間は言葉も想いも通じ合えるんですよ」

遠回しでありながらも、ジャッジは笑顔のまま語る
キロの言葉は続かないまま彼女は立ち上がり頭を深く下げた
振り返ることなく走り出した背中を見送り、ジャッジもいつもの場所に戻っていく





午後13時42分、ライモンシティギアステーション前
白と黒の分厚いコートを着込んだ2人が立っていた
仕事とは別の個人的な上着は防寒に優れている
階段をひとつひとつ下りていき、まず初めに出会ったのはよくバトルサブウェイを利用するトレーナーだった

「あっノボリさんクダリさん、誕生日おめでとうございます!」

ミニスカートを翻して女の子は駆け寄る
尊敬の眼差しとふわふわした甘い言葉と、贈り物を手渡す

「おしえたっけ?」
「この間引換所の人から聞いたんですよ!」
「ご丁寧に有難うございます」

1人去れば、また1人
道行く殆どの人間が話しかけ言葉や物を渡していく
鉄道員達が待ち構える執務室に着く頃には、2人の両腕はいっぱいになっていた
何とかドアノブを回すとクラッカーが室内に響き渡る

「誕生日、おめでとうございまーす!!」

底抜けに明るいカズマサの声を中心にそれぞれの色が加わる
テープを頭に乗せたままの2人に緑の制服が群がった

「もう2人もええ歳やなぁ」
「あのね、クラウドよりマシ」
「クラウドサンイツ結婚スルノ」
「モテナイワケジャナイノニネー」
「お前ら今に見てろや」
「ほら漫才してないでプレゼント渡すのさ」
「おおお!トレインバスボール!!今夜の浴槽は何両車でございますか!」

1度執務室のソファーに貰ったプレゼントを置く
2人合わせて予想以上の量になった
昨年も相当な量を貰ったため、紙袋を数枚持参してきてはいたものの入りきりそうにない
執務室にいる間も休憩時間を利用して点検場の作業員などがわらわらとやってくる
結局、部屋の隅に置いてあった段ボールに生ものや壊れ物とそれ以外分けた

「段ボールにいれるのは少々心苦しいです…」
「仕方ないですよーボス達のプレゼントたくさんなんですから」
「あっ、おやつは食べてもいい?」

来て早々に休憩に入ろうとするクダリを窘める
バトルサブウェイが運休とはいえ通常業務はある
午前の内に溜まった書類や対応の数々を的確にこなしていると、時計の針は9時を差していた

「一息いれましょうか」
「あ、ノボリさんクダリさん。ちょっといいですか?」

執務室に珍しくジャッジが顔を出す
1枚の手紙を2人に渡すと何やら意味深な笑みを浮かべた

「ボクの個人的なジャッジですが、彼女は最高の力を持っていると思いますよ」
「何それ。手紙みてもいいの?」
「どうぞどうぞ。じゃあボクはこれで失礼しますね。お疲れ様です」
「お疲れ様でございます」

電車のシールで簡易的に止められた封筒を開ける
何の飾り気もない質素な白い便箋に、小さいが綺麗な文字が並ぶ

『本日お誕生日を迎えた方々へ

 突然ではありますが、以下の住所へとお越しください。
 時間は問いません。日付が変わっても、週が明けても大丈夫です。
 お好きな時にいらしてください。
 お待ちしております。』

「…キロの字だ」
「珍しいですね。どうされたのでしょう、か」

ノボリの語尾にかかる形で封筒から鍵が落ちた
カラン、と金属音を響かせ床に転ぶ
封筒や便箋と同じ、飾り気のない素のままの鍵
2人は顔を見合わせるとほぼ同時に目を見開いた

大慌てで書類に目を通し完成させる
急ぎの案件は終わった時、タイミング良くラムセスが入ってきた

「あのね急いでる!わるいけど用件はやく!」
「ボス達今日はもうあがってほしいのさ」
「ええ、すぐに致しますから渡してくださいま、…え?」
「会長さんから電話が来て、ボスは今日早上がりなのさ。というより近場だけど出張があるから準備してくれって言われたけど、何か聞いてるのさ?」

ライブキャスターに録音された会長の声が再生される
嬉しそうで楽しそうな彼の声に、勘のいい2人は理解した
礼を言うと脇目も振らずにギアステーションを後にする
ネオン街から少し離れた小さなマンションの3階、エレベーターのすぐ横
ドアノブに鍵を差し込みまわすとガチャリと音がした

「開いた」
「お、お邪魔致します…」

1人分の靴しかない玄関で立ち尽くしていると、明るいリビングから人影が現れた
長い髪をポニーテールに纏めて作業服から薄水色のエプロンへ
私物のコートを脇に抱えただけで着てすらいない2人を見て、蒼い瞳が一瞬見開かれ、和らいだ

「…お帰りなさい。ご飯、できてますよ」

小首を傾げて照れくさそうにキロが笑う
寒い中走ってきたせいで頬を赤くした彼らを室内へ招き入れる
豪華ではないが手の込んだ料理がテーブルに並んでいた

「えっと、キロ、これ」
「コート貸してください。制帽も被りっぱなしですよ。服用意しましたから着てください。着替えたら…ポケモン達も出して誕生日会しましょう」

てきぱきと指示を出され従う
ボールから出されたポケモン達は、サーナイトに何か言われ揃って彼女の手伝いに行った
可愛いテーブルクロス、綺麗なキャンドル、中央には苺のケーキ
ソファーに座った双子とは逆にテーブルを挟んだ向こう側でキロは正座した
そして深々と頭を下げる

「突然呼び出してごめんなさい。それから、…私は今日までお2人の誕生日を知りませんでした。ですから物は何も差し上げることができません。本当にごめんなさい」
「ぼく達だって何も言ってない!」
「そうですよ、頭を上げてくださいまし!」
「――代わり、というのも変ですが夕食を用意しました。あの、それから…」

ゆっくりとキロが頭を持ち上げ2人を見据える
部屋の温度のせいではない赤みを頬に浮かべた
言い出し難そうな表情から深呼吸をし、再び出迎えた時のように笑う

「私は誕生日を家族に祝ってもらうのが大好きです。わ、たしでは難しいかもしれませんが、今日だけはお2人の家族にしてもらえませんか。ご飯もお風呂も洗濯も全部やります。明日のお弁当も作ります。1日の始めにおめでとうと言い合ったでしょうから、1日の終わりにおめでとうと言わせてほしいのです」

2人の誕生日にお願い事をするのはおかしな話だが
そうキロが言おうとすると眼前に彼らの姿がない
いつの間にか移動してきた2人が押し倒すような形で抱き締めた
頭や背を打たないように掌で包み込まれたまま強くくっつかれる

「それって妹?お姉さん?」
「お母様の代わりですか?」

覗き込んでくる双子の顔は悪戯をする子供のように輝いていた
わかっているのに聞いてくる辺りが憎たらしい

「……およめさん、です」
「ブラボー!」
「キロー!」

引っ付きあう主人達を見てポケモン達もわらわら寄り添ってくる
山の中心から軽いリップ音が聞こえる

「ぼくとノボリのおよめさん!かわいい、かわいい」
「ハニーと呼びましょうか」
「…何ですかダーリン」

満更でもない笑みでキロが返す
よもや返ってくるとは思っていなかったノボリが硬直した
恐る恐るクダリが頬に口付けるとすぐに小さな唇が頬に触れた

「けっこんしよう?」
「しているからお嫁さんなんですよ。へんな旦那さんですね」

真っ直ぐな蒼い瞳で答えると、今度はキロから2人を抱き締める
小さな腕を精一杯伸ばしてその周囲にいるポケモン達をも包み込むほど

「生まれてきてくれて、ありがとうございます。…イッシュに来て良かった。ギアステーションに来れて良かった。ノボリさんとクダリさんに会えて、私はとても幸せです。お誕生日、おめでとうございます」
「…うん、ぼくも幸せ。ぼくたちもすっごくしあわせ」
「あなたに出会えたことが、何よりの贈り物でございますよ」

上体を起こしてポケモン達も纏めて抱き締めあう
全員の鼓動が混ざり合った音を聞きながら、キロはゆっくり瞳を閉じた










後日談

「急ぎすぎて皆様からのプレゼントを持ち帰るのを忘れておりました…誠に申し訳ございません」
「だから今日はみんなゆっくりして!ぼく達がんばる」
「ボス達なんか肌つやつやですね!」
「憎たらしいぐらい綺麗なのさ」
「わし、何となく予想ついたわ」
「デモ言ッチャイケナイ気スルヨネー」

「…キロさん大丈夫?」
「歩けます。歩けますから大丈夫です問題ありません平気ですいけますいきます頑張ります頑張れます」
「(人間って個体値下がるもんなんだなぁ…)」








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