雨の日って大嫌い

『ご乗車有難うございます。次はライモン、ライモンシティギアステーション到着です。お荷物、特に傘のお忘れないようご注意くださいまし。また雨でホームや階段が滑りやすくなっております。お足元お気をつけて行ってらっしゃいませ』

雨の日って、本当に嫌いです

「きゃぁっ」
「わっ、…大丈夫?けがしてない?」

いくら交通網が発達しようと、科学の力が凄くなろうと天気だけはどうしようもなくて
ライモンシティは本日土砂降りの雨
ただでさえ多い通勤ラッシュの時間帯は、雨によって通学通勤方法を変えた人々で溢れかえっている
…私はそんなことで苛々なんてしていない

「クダリ!そちらのお客様は…」
「足首ひねったみたい。医務室つれてく」
「ごめんなさい…忙しいところ…」

お客様の安全第一だからと笑うクダリさんを見る雨の日なんて嫌い

「あのっ、ここに置いていた傘知りませんか…?」
「わたくしは見かけておりませんが…駅長室までご同行願えますか?もしかしたら届いているかもしれませんし、代わりの傘をお貸しできますので」
「ありがとうございます!必ず返しに来ますからっ」

そうやって見え見えの嘘に引っ掛かるノボリさんを見る雨の日なんて



「キロチャン不機嫌日和?」
「………仕事戻ってください」
「ヤダヨー。オレ雨ノ日苦手ナンダヨネ」

ラッシュが少し過ぎた頃
水浸しとなったホームをせっせと掃除する
私は整備士であって決して清掃員ではないのだけれど、雨のおかげでバトルトレインの乗車率はすこぶる悪くて、仕事がないからこっちまで出張しにきている
モップ片手に必死な私をキャメロンさんは壁に凭れながら眺めてる

「低血圧頭痛トカッテ、クラウドサンモ機嫌悪イシ。ラムセスモ髪ガーナンテサ」

鉄道員の人達は総じて声がいい
そのいい声ですら今の私には耳障りでしかない
これ以上邪魔するならとモップの柄を喉元に突きたてても、キャメロンさんは笑うだけ

「デモ今日1番悪イノ、キロチャンダネ。妬イタ?」
「…クラウドさん、キャメロンさんがサボってます」
「アッチョット!」
「キャメロンお前そんなトコおったんかい!こっちきて書類せえ!」

そんな瞳で見られても私には関係ない
連れて行かれるキャメロンさんを一瞥して、点字ブロックに溜まった泥を拭き取る
どうせこれも夕方の帰宅ラッシュでまた汚れてしまうのだけど
何かしていないと私が落ち着かない

「キロちゃんありがとね。助かるわー」
「いえ…端の方してきますね」

清掃員のおばさんにお礼を言われて胸がちくりと痛んだ
ホームの端で水を拭いては絞り、拭いては絞りを繰り返す
早くこの雨を消してしまいたい

「アレいなくない?」
「うっそー。しかも綺麗だし」

着飾った女性が数人トレインから降りてきた
彼女達の言いたいことは分かりたくなくても分かってしまう



雨の日のサブウェイマスターは優しい



都市伝説でも何でもないけど、最近何故か女性に広まった噂の1つ
広まった背景には理由がある
ひとつは普段通常ホームにはあまり姿を見せないサブウェイマスターが、人員不足で出てくる物珍しさ
もうひとつは、以前水に足を滑らせ階段から落ちた女性を、ノボリさんがかっこよく助けたから
鉄道員…ギアステーションで働く人間からすればそれは当然の行為
万が一大怪我でもされたら損害賠償だの何だの色々問題は出てくる

でもこれが、無表情で堅物で怖そうなイメージがあるノボリさんに対する評価を一転させた
加えてその落ちた女性をクダリさんがあっさり抱き上げ軽々運んでいった
女性はギャップにとても弱い
男らしさを見せたクダリさんと、優しさを見せたノボリさんに、あわよくば自分もと企む女性の何と多いことか

「デートやめてコッチきたのに」
「あははばっかじゃないのー…きゃあ!」

1人が点字ブロックに躓いて盛大に転んだ
原因は雨ではなく凹凸に気付かずヒールで踏んだから
…と分かっていても心配なのに変わりはなく声をかける

「大丈夫ですか?」
「いったー!もう最悪!ヒール折れたしネイル取れたとか。お姉さんしっかり掃除してよー!」
「…申し訳ございません」

勝手に転んだのはあなたでしょうという言葉は飲み込んだ
なるべく視線にも現さないよう頭を下げて合わせないようにする
その瞬間、ばしゃっと水音が頭上から聞こえた

「え…」
「ほらびしょびしょ!偉い人呼んできてくれない?」

モップから絞った水を入れていたバケツが空になっている
私は頭から被って、女性は靴とせいぜいストッキングを濡らした程度
近くにいたのだろうか背中から清掃員の方の声がしたけれど、手で制してもう1度頭を下げた

「本当に申し訳ございません。すぐに此方は片付けてお客様は医務室へとご案内させていただきますので、今しばらくお待ちください」

袖で顔を拭ってから濡れた髪を上の方で一纏めにする
清掃員の方に床の後処理だけお願いして無線を手に取った

「キロです。ソウリュウシティ行きホームまでノボリさんかクダリさんお願いできますか」
『――了解』

連絡をしてから3分も経たないうちに、ご丁寧に2人共やってきた
若干息があがっているのは体力的に大丈夫なのだろうか

「一体何事で…」
「うわっ本物だよ!」

一区画だけまだ水の残るホームと、待合用の椅子に座って待つ女性達
清掃員のおばさんは歯噛みしていたけれど特に何も言わなかった
ノボリさんはその光景をさっと見て状況を理解したのか、お客様のところに行って尋ねている

あと少しで水を拭き取り終える
モップを絞ろうと顔をあげた時、眼前にクダリさんの顔が映し出された

「はいはいお着替えしようねー」
「きゃ、あの、モップ…!」
「あとよろしく。ゴメンね、今度差し入れもってくる」
「いいんですよぉー。風邪引かないようにね?」

強制的にモップから引き剥がされた手が宙を彷徨う
姫抱きされたまま歩き出されて、慌ててシャツとコートを掴んだ
濡れた髪や肩が当たらないよう力を込めているとクダリさんの手に力が入る
その癖何も言ってこなくて
無言のまま2人の執務室に連れて行かれた

ソファーに下ろされ柔らかいタオルに包まれる
髪から水分が抜けていく感覚と心なしか荒い手付き
勘がいい人は、これだから苦手です

「…すみません」
「べつにぼくキロにはおこってない」
「髪凄く引っ張られるんですが」

ゴムを外され今度は少し丁寧になった
もう1枚タオルが渡されとりあえず顔を拭く

「はー…」

ノボリさんが溜息を吐きながら帰ってきた
温かいコーヒーが出されてくるくるスプーンを回す

「どうだった?」
「丁重にお帰りいただきましたよ。ばっちしでしたからね」
「ばっちし…?」

首を傾げるとノボリさんが小さく笑った
タブレット端末を出されてその画面に先程の映像が流れる
そういえば、ホームには犯罪抑止にビデオカメラ付いてたんだ
すっかり忘れていた

「いいですか。確かにわたくし達ギアステーションに勤務する者はお客様の安全が第一でございますが、だからといって自身の安全を蔑ろにしていいという規則はありません。むしろ肉体労働に励む者であれば自分の体は大切にすべきものでしょう。今回は何とかなりましたがいつもわたくしやクダリが対処できるとは限りませんからね」
「…すみませんでした」

下げた頭はすぐに戻された
手袋を外したノボリさんの両手が私の頬にそれぞれ宛がわれ、強制的に上を向かされる
いつも通りの無表情には怒っているような呆れているような、それでいて心配しているような色が見えて、余計申し訳なくなった私が再度謝罪の言葉を口に述べようとした瞬間塞がれた
冷え切ったはずの体に一気に熱が駆け巡る

「ん、…ぁ」
「…申し訳ありませんでした」

私が言うべきはずの言葉を口にしてノボリさんが手を離す
入れ替わりにクダリさんが濡れるのも気にせず後ろから抱き締めてきた

「ぼくからもゴメンね。あのね、キロがヤキモチ妬いてたのしってた。でもすっごく嬉しくてノボリと2人、イジワルしちゃった」
「大変可愛い顔で見てくるものですから、つい……いえ、これは言い訳ですね」

代わる代わる、次から次へと私の頬や手の甲、額なんかにリップ音が響くけれど
正直、それどころじゃなくて1分ほど目を見開いたまま固まっていた私は、訳もわからず2人の制帽を取って自分の頭に被せてしまった
咳払いで誤魔化す笑い声が聞こえる

「――だから雨の日は嫌いなんですよ…」

どうか、早く
この雨と一緒に彼らの記憶が流れ落ちますように









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