今日はお休み。久しぶりの丸1日休み
溜まった洗濯をしてポケモン達の毛繕いをして、夕飯の献立を考えているとクチートがぼろぼろになった工具で遊んでいた
ああ、ストック買ってこなくちゃと思い立った。それが、間違いでした

「Hello」
「…こんにちは、インゴさん」

R9の真ん前で、とても一般人とは思えないオーラを出したインゴさんに出会ってしまった
灰色のテーラードジャケット、暗い赤と青の細いボーダーのインナー、灰がかった青のスラックス、エナメル質な黒の靴
たったそれだけでアクセサリーも何もないのに通りかかる女性の殆どが見惚れている

制帽で隠されていた金髪が太陽の光に反射してきらきらと眩しい
アイスブルーの瞳が私を値踏みするように上から下へと動いていく
工具を買いに来た私は、その辺にあったピンクのワンピースに同丈の白ジャケットを羽織っただけ
髪もいつも通り束ねただけで正直梳かしてすらいない

何か言われる前に頭を下げて中に入ろう
手早く礼をして踏み出した瞬間、手首を掴まれて強引に振り向かされた
道行く人々の視線が痛い。離してほしい

「あの」
「どうせ暇でしょう。来なさい」

それだけ言うと手首を掴んだままインゴさんが歩き出す
ただでさえ身長が高くて歩幅が違うのに、彼はとても足早に歩くものだからこけそうになる
平日とはいえ人の多いR9の中を無言で進んでいく

手を振り払わないのも声をあげて制止を求めないのも、それが無意味だと私は知っているからです
エメットさん然り、この双子は私をあまり見ていない
こんな時ノボリさんだったら、…なんて考えたところで仕方ない
急に立ち止まったインゴさんに驚いて慌ててブレーキをかける

「どれがイイのですか」
「え…」
「アナタ様が休日ココに来る理由なんて、コレぐらいでしょう」

ようやく離された手に気付くより先に、眼前に広がる工具コーナーに目を見開いた
少しだけ前言撤回をしようと思います。存外、この人も私のことをわかっている
そういう観察眼は上に立つ人の特徴なのだろうか
しかしいつの間にコーナー移動したんだろう

他のコーナーに較べて幾分か人の少ない此処で、ゆっくりと工具を見てまわる
インゴさんは楽しくもないだろうに私の後をついてくる
今まで通り使っている物を3個ずつカゴにいれた
ふと、工具が並ぶ先にトレインの模型が走っているのが見えた

「…!これ買いそびれた、えっラスト…えっと」

そんな。あまり手持ちがない日に限って
シンゲン君も買いそびれた、正確に言うと2人してお給料が足らず涙を飲んだコガネ、ヤマブキ間を走るリニアの模型
ジョウトやカントーでしか基本手に入らずイッシュでは離れすぎていて入荷なんて殆どされない
されたとしても数量限定且つ完全予約制
値段は…輸入された分他の物より当然、高い。5万円

展示品だけど箱はきちんと付属されているらしい
財布を覗くとちょうど5万
買えば工具が、それどころか今月の食費が
近くにATMがあったはず。おろせばいけるかもしれない
でもどうせ買うなら周囲のレイアウトだって欲しい。コガネ駅にするかヤマブキ駅にするか、コガネなら隣のラジオ搭やゲームコーナーも欲しいしデパートだって、ああでもヤマブキもシルフカンパニーや四方に存在するゲートだって

「………いい夢見せてくれてありがとう」

どう考えても圧倒的にお金が足りません
ケースの中で走り回るトレインに別れを告げて工具を買いにレジへと並ぶ
この間インゴさんはただただ無言で私の後ろにいた

「いらっしゃいませ!こちらお買い上げですね。配達されますか?」
「あ…いえ、持って帰ります」

塵も積もれば山となる
たかが数百円の配達料だって私には厳しい
一応規定の代金までは工具とか経費で落とせるのだけれど
毎月申請するほど暇がない
鞄から財布を取り出そうとした時、頬の横から腕が伸びてきた

「ソレで」
「え。…あ、あの」
「かっかしこまりました!」

さも当然のようにブラックカードが出てきた
店員さんも上擦った声で返答し震える手でサインをお願いしている

「Ah,配達伝票も持ってきてくださいまし。どうせ道中袋が破けるでしょう」

確かに破いたこともあるけれど
中途半端に取り出した財布の行く先がなくなってしまった
今度は私がお願いされて配達伝票に自分の住所を書く

「必ずお届けしますので!」

家宝を預かるかのように伝票と工具を手に店員さんが強く言い放つ
次の人の邪魔だからとインゴさんはさっさとレジからいなくなった
休憩所でコーヒーを買う彼にこれ以上ないってぐらいに頭を下げる

「ありがとうございました。きちんと返しますから、」
「やめなさい。ワタクシが謝らせているみたいです」

実際そうです。という言葉は飲み込んだ
缶コーヒーのブラックを一口啜って、インゴさんは顔を顰める
できれば早急にお金を返したいのだけれど今出すと彼の機嫌を余計損ねるだけだと思う
後日、明日あたり1人の時を狙ってこっそり手渡そう

「…キロ」
「はい」

名前を呼ばれて我に返る
珍しい。ノボリさんもそうだけどアナタとかでいつも済ませるのに
飲み終えた缶をゴミ箱に投げ入れて煙草に火をつけた
そして私の顎を掴んで強制的に上を向かせる

「腹が減りました。付き合いなさい」

睨んでいるのか見下しているのか
細められた瞳からは上手く判別できない
それでも小さく頷くとどこか和らいだ気がした
額に唇が押し当てられて離れる

「……その過剰なスキンシップどうにかなりませんか」

いくらユノーヴァの習慣とはいえこっちはこっちです
…ああでもイッシュもホウエンとかに比べたらかなりスキンシップ激しいかも
出会い頭に抱き締められたりキスされたりなんてこと、ホウエンじゃまずありえない
少しノボリさんとクダリさんに毒されてきているのかな
この所、エメットさんと比例して酷くなってきているし

「Hum…そういえば、そうでしたね」

何か1人納得した様子でインゴさんは煙草を灰皿に押し付けた
私の肩を抱いて近くのエレベーターに乗り込む
長くそれに乗って階表示が1番右を点滅させた

「最上階、展望レストランでございます」

ガールさんの声がそこはかとなく嬉しそうだった
1歩踏み出て少し後悔する
あまり此処には良い思い出がない
躊躇う私を余所にインゴさんはレストランのボーイさんと何か話をしていた

「ワイン飲めますか」
「好き、ですけど」

案内された席は景色を一望できる窓際
まだ空は明るいけれどそれでも綺麗
食前酒を聞かれてからメニュー表が手渡される
開いてから唖然とした。料理名と軽い説明が書かれているだけで、そこには一切の料金が表示されていない
いくら先程の余裕があるとはいえ値段を見ないで頼むなんてできない

「インゴさん。そちらのメニュー見せてください」
「貧乏は嫌われますよ」
「やっぱり書いてあるんですね。見せてください」

小声で頼むと溜息を吐かれてから渡された
見なければ良かった、と思うほどではないにしろ確実に家計を圧迫しにかかる値段でした
幸いにも朝食はしっかり食べてきたので軽めの物だけをチョイスしよう
ミモザが差し出されて料理を聞かれる

「シーザーサラダとサーモンのグリルで」
「エスカルゴとキノコのフリカッセ、オニオングラタンスープ、スズキのポワレ、牛フィレ肉の網焼き、クレームブリュレ」

私はインゴさんと金輪際食事に出かけたくない
彼が持っているメニューは私が見ていた方で、値段は勿論書かれていないのに
あまり良くないことだけど言ったメニューを自分の方で確認して嫌になった
インゴさん達でこのレベルなら本部の人達はどれだけ羽振りが良いのだろう
料理に合うワインを尋ねてオーダーが通る

「――突然不機嫌になりましたね」
「インゴさんほどじゃありませんよ」

少し顔に出てしまったらしい
視線を伏せてミモザを一口飲む
思っていた以上に美味しくて自分でも単純だと思うけどつい頬が綻んだ

「まあまあキレイですね」

外の風景を見ながらインゴさんが呟く
気のせいだろうか。瞳に影が落ちたような気がした



2人は、時折そういう目をする
私を見ている時、トレインを見ている時、自分の手持ちを見ている時
それが決して良いものじゃないことぐらいわかる
…昔の私がしていたような、そんな瞳

何があったのか尋ねたところで答えなんてしないだろう
そこはきっと、触れてはいけない場所

私より2人は7つも年上
得た物も、失った物も沢山あると思う
聞く気もないし癒すこともできないだろうけれど

インゴさんやエメットさんにも、私にとってのノボリさんやクダリさんのように、一緒にいて穏やかになれる人が現れますよう

少しくらい祈ることは許してほしい
それが私ではないことは私が1番分かっているから



料理もワインもとても美味しくてあっという間になくなってしまった
頼んでいないのに私に料理が出された時や、少しお手洗いに行っている間に会計が済まされていたことには焦ったけれど
口数少ないインゴさんが意外とトレインについて話せたり、ポケモンのコンディションに気遣っていることを知れた
見送られて外に出ると日は落ち始めていた

「今日は本当にありがとうございました」

エスコートとでも言うのかな
それにしてはやや強引だったけど奢ってもらったことに変わりはないわけで
顔を上げた私にR9の袋が差し出される
首を傾げて受け取らないでいると舌打ちされた

「ワタクシは別に要らない物です。帰ってから開けなさい」
「嫌な予感しかしないので結構です」
「…後悔しますよ」
「しません」

煙草の煙を吐き出すかのように大きくインゴさんが息を吐いた
面倒な物でも見る視線をこちらに投げて、袋から何か箱を取り出す
特に梱包されていない箱の文字を見て私は変な声をあげた

「えっ、あ、え…っ!」
「要らないなら返品します」
「あっ!…あの、すみません。分割払いになりますが、ください」

リニアの模型につられて本日4回目の頭を下げる
後頭部に重みを感じて手を伸ばし袋を腕に抱えた
インゴさんは車で来たのか駐車場の方へと既に歩き出している
少し大きな声で名前を呼ぶと首だけ傾いた

「…ありがとうございます」

自分でも情けないほどにふにゃりと笑った
だけど本当に欲しかった物だから、精一杯お礼を伝えたい
言葉が返ってくることはなかったけれど小さく左手がひらひら振られた



明日も会ったらお礼を言おう
持って帰って写真を撮ったらシンゲン君に見せよう
いつか、本物に乗れたらいいのに








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