これは しあわせな おはなし




むかしむかし、あるところに、おひめさまがいました
とてもつよくてやさしいおひめさまは、おうさまにも、おきさきさまにも、ぶかにも、こくみんにもあいされていました
だけどみんながあいしてくれることなんて、そうめったにないのです


おひめさまはとあるまじょのてによって
えいえんのねむりについてしまいました
それはおうじさまのきすでもめざめない
とてもとてもふかくくらいねむりでした


「またその本を読んでるのですか」

上から降ってきた影がちょっと呆れた声でぼくが読んでいる本を覗き込む
生返事をすると溜息っぽいのを吐かれて傍にあったテーブルにコーヒーが置かれた
砂糖は3つ入っているかな。何も言わなくてもノボリだから大丈夫かな
ソファーから起き上がって一口啜ると、空いたスペースにノボリが座った
今日は2人揃ってお休みなんだ。と言ってもぼくは半休でもう少ししたら仕事だけど

「あなたは昔から童話が好きでしたね」
「うん?そうだっけ」
「そうですよ」

赤ずきんにシンデレラ、人魚姫にかえるの王子様やラプンツェル
ノボリが次々と本の名前を挙げていくけどどれもおぼろげにしか覚えてない
多分読んだけど面白くなかったんじゃないかな
何も入れてないコーヒーをノボリが啜る
真っ黒なそれとは反対に、ぼくの読んでいた本の表紙は真っ白だ

「クダリ時間!」
「えっわあっ!」

まったりしてたら家出る時間になっちゃった!
慌ててネクタイ締めてベルト通してコートを着て、…これ着て街中歩くのまだ少し恥ずかしい
なんて我儘言ってられないから鞄持って靴履いてノボリに見送られながら家を飛び出た
ギアステはすぐそこだから遅刻ってことはないけど、申し送りあるしその辺はきちんとしたい

「おはよー!」
「白ボスおはようございます。さっそくで悪いんやけど…」

執務室覗いたらクラウドにそっこうで捕まっちゃった
今日はシングルとマルチがお休みになるし、午前はダブルも点検で止まってたから、きっと沢山挑戦者来るんだろうな
何人が辿り着いてぼくと戦ってくれるんだろう!
わくわくしながら話を聞いてたらすぐに待機の連絡がきた
喜んでホームまですっ飛んでいったら作業服が目に留まった

「――、キロ!」
「あ…おはようございます」
「なんでいるの?嬉しいからいいけど!」

ぎゅーってしてからほっぺにキスを何回もしたらさすがに怒られた
ああでも蒼い瞳と相反して頬を赤く染めるのは反則だと思う
キロ、人がいるところですると嫌がるんだよね
ノボリとぼくとキロしかいなくても、嫌がる時あるけど

3周目のダブルトレインが停まる駅まで行くトレインが滑り込んできた
聞けば点検に不備がないかキロも確認の為乗るみたい
挑戦者より先に乗り込んで1両目から順々に見てまわるって…つまり、キロが今日初めてのお客さんになるのかな

「嬉しそうですね」
「バトルできるし、キロも一緒だし、ぼくしあわせ」

欲を言えばノボリが一緒だともっと幸せなんだけど
でもぼくが笑ったらキロもちっちゃく笑ってくれたからいいや
先回りしてダブルトレインが来る場所で待機する
7両目から挑戦者が降りてくるのと入れ違いに、1両目からぼくとキロが乗る
いつもは真っ直ぐ7両目まで向かうけど暇だし確認作業を眺める

「はい。あー…そうですね、いえ問題ありません。2周中に傾斜角度は大丈夫でしたか?はい、はい」
「クダリさんキロさんお疲れ様ですー」
「あっお疲れ様です。バトル中違和感ありましたか?」
「大丈夫でしたよー」

無線で先輩と話して、トレインのトレーナーの感想聞いて
何だかキロとっても忙しそうだけどキラキラしてる

ぼく、あの瞳がすっごくすき
トレインを見る時やさしい
人と喋る時ちゃんとまっすぐ見る
蒼い瞳はみつめられるとドキドキするけど、同時に落ち着きもする
不思議なんだけど本当の話

「ア、点検ハキロナンダ」
「シンゲン君が3両目担当か…不備あったらすぐ停めてください。この前の展示会行った?書類の此処にサインお願いします」
「了解。行ッタ、アレ凄イ。蒸気機関車ノ運転席座ッタ。ハイ、オ疲レ様デス」

…この2人って毎回器用だなって思う
仲良いのか微妙なラインなんだけど、仕事の話と趣味の話いっぺんにしちゃう
でもシンゲンが楽しそうでぼくまで嬉しい

「7両目…クダリさん書類にサインお願いします」
「はーい」

トレインは4両目を確認中にゆっくりと動き出して今は加速を続けてる
滑らかに動くからガタガタなんて音殆どしないけど、耳を澄ますと聞こえる気がする
今頃挑戦者はどこで戦っているんだろう
こんなこと思っちゃうのはダメだけど…できたらゆっくり来てほしい

「…嬉しそうですね」

2回目の言葉をキロが投げかける
ぼくは大きく頷いて真一文字の唇にキスをした
ついばむみたいに何度もすると、恥ずかしそうな声があがる

「ん、っ…ぁ、くだり、さ」
「じゅうでんー」

恥ずかしいみたい。でも嫌がってる声じゃない
腰に手をまわしたらびくって体が跳ねた
可愛くて可愛くて幸せでとろとろになりそうなぼくの頭に、ふとあのお話がよぎった


つよくてやさしいおひめさまは
おおくのひとにあいされていたけれど
たったひとりのきらいなひとが
おひめさまをひとりぼっちにしてしまった


キロの性格って優しくて強くて可愛くてかっこいい
皆触れれば触れるほど虜になっていく
こんな素敵な人でも嫌いになる人はいるのかな
いるんだろうな。欠点らしい欠点がないノボリだって、嫌われたりするのだから

「キロはさ、おひめさまになりたい?」

唐突に口から出ちゃった言葉は当然キロを驚かせた
察しのいいキロは蒼い瞳を穏やかにさせて、口許を強く結んだ
地下を走っているはずのトレインの窓から波の音が聞こえる

「いいですねお姫様。女の子はかなり憧れます」
「…じゃあキロも?」

意外。お姫様なんて柄じゃないとかって言うと思ってた
今度はぼくが驚かされて素っ頓狂な声をあげたら、するりとキロが腕から離れた
ちょっと乱れたネクタイを直しながらぼくを見上げる

「私は王様に憧れる男の人の隣に、ずっといたいです」

コートの前もきちんと正される
扉へ目を向けるよう促されて、奥にある操縦室にキロが入っていく気配がした
王様の隣にいる人って?
首を傾げて立ち尽くしているとアイアントが勝手に出てきてぼくの足を小突いた

「あっ!」
「よっし21両目!」
「いらっしゃい、でもゴメンちょっと待って!」
「へっ?」

お決まりの台詞を放り投げて挑戦者に謝って
操縦室の扉を開いて眉を顰める君の左手をとってキスをする
薬指の付け根のぬくもりが消えないうちに、ふかいふかい口付けを

「まってて未来のお妃様!」
「―――、ばか言ってないで戻ってください」

真っ白い頬を真っ赤にするの本当にじょうず
そうだね、王子様もお姫様も、いつまでもそのままじゃないよね



目指すは未来、出発進行!








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