「えー、此度はお疲れ様でした。明日もまた変わらず安全運転で「かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
「…乾杯」

ノボリの挨拶を遮ってビールが掲げられ乗じて全員が声を張り上げた
本日貸切の紙を貼ったギアステーション近くの居酒屋で、鉄道員や整備士、受付嬢ごっちゃ混ぜの無礼講が始まる
繁忙期を乗り切った職員達に本部から飲み会代にとボーナスが支払われたのだ
各々ビールや焼酎やハイボールを手にぎゃあぎゃあと騒がしい
隅の方でキロはワインを飲みつつサラダを貪っていた

「班長どうぞどうぞー!」
「酒持ってこーい」
「ノボリさん隣いいですかー?」
「おいジャッキー居らんでどこ行ったんや!」
「電車ミタイナカクテル無イ」
「ぎゃははははは」

実に騒がしく五月蝿い
この店の主人や店員は心が広いと思いつつ白ワインを流し込む
正直疲れていて飲む暇があれば帰って寝たいのが本音だったが、女性陣はお金を払わなくて良いと言われたので給料日前のキロはそれにつられて参加した
ジリ貧ではないが稀に厳しい月もある
浮かせる時は浮かせておきたい

「キロさんもお疲れ様」
「お疲れ様です」

ジャッジが静かな場所を求めてやってきた
立場上あまり会話をしない2人だが、別段仲が悪いわけでもない
向こうではノボリが女性に囲まれクダリは何故か整備士面々と腕相撲大会を開いている
徹夜でハイになっているところにアルコールが注ぎ込まれ皆普段より早く酔い潰れていく

「おー?キロ、お前何良い雰囲気なんだー?」
「先輩お酒臭いです」

のんびり食事を取りつつ飲んでいれば絡まれた
見目はジャッジも悪くない。むしろ良い方である
問題はその診断時の毒舌ぐらいで常識だって持ち合わせている
そんな彼がキロの隣にいるのは珍しく寄ってたかって弄ってきた

「さあジャッジ、自分の恋をジャッジしな!」
「くだらねー!!あははっばーか!!」
「うわあああキロさん助けてください、シンゲンさんが酷いんですよ!」
「どうしたんですか」

酔っ払いの相手はジャッジに任せて泣きついてきたカズマサを見る
酷いと言われたシンゲンは妖しげな笑みを浮かべていた
その手には油性マジックが握られている

「カッコイイ電車ニカズマサヲスル」
「自分がなったらどうですか」
「…ナリタイ。電車ニナッタラ死ンデモイイ」
「僕は電車さ!」

突如会話にラムセスが混じりこんできて興奮気味に電車について語りだす
それに対抗する形でシンゲンも電車愛を喚きだした
標的が逸れたので縋るカズマサの背をキロは緩く撫でる

「もう大丈夫ですよ」
「ぼくもー!」
「いっ…!」

キロの背中にクダリが勢いよく頭突きをかます
痛みの中心をぐりぐり押さえられ顔を顰めた
どうにか前に引き摺りだして適当に背を叩くと不満そうな声が洩れる

「カズマサばっかズルイ!」
「馬鹿言わないでくださ「そうでしょういいでしょう!むしろ普段がボスばっかずるいんですよーっだ!」

まさかそんな売り言葉を投げつけると思っていなかったのでキロは目を見開いた
自分の膝を取り合うようにきゃんきゃん2匹のヨーテリーが吠えている
顔が見る見るうちに赤くなっていくカズマサを見て、彼も酔っているのだと認識した
罵りあいから殴りあいに発展しそうだった為、慌てて割って入り両方に呆れた視線を投げる
溜息を吐けばあからさまに2人とも落ち込んだ

「ごめんなさい…」
「キロ、嫌いになっちゃやだ…」
「水飲んでください」

店員に頼んで持ってきてもらった水を差し出す
介護かはたまた世話をしている気分でいると、クラウドがキロを呼んだ
彼も徹夜とビールでぐだぐだになっているが他の面子よりは幾分マシのようだ
煙草の吸殻の量にキロは眉根を寄せ少し諌める

「吸いすぎは身体に悪いですよ」
「娘に叱られてもたわー」
「お父様!わたくしに娘さんをくださいまし!」
「何やて!お前みたいな男にうちの子は勿体無いわ!」
「……。すみませんお水ピッチャーで貰えますか?」

脈絡無く会話に滑り込み土下座を始めたノボリにクラウドは乗っかって遊び倒している
コップに水を移し変えノボリに飲ませようと奮闘するが、床に額を付けたまま動こうとしない
そんな姿を見て女性職員が悲鳴をあげる
キロを軽く突き飛ばして何故か死んでは嫌だと数人が泣き縋った
押された拍子に水が零れて服が濡れる

「ジャッジさんのところに戻ろう…」

面倒を見るのはもうやめよう
そう誓ってマトモな人間が織り成す静かな空間に向かおうとしたキロの足をノボリが掴む
前に倒れこみ顔面を強打して流石にキロも悲鳴をあげ悶絶した
顔を覆って痛みに泣く彼女に黒い陰が落ちる

「…キロ、逃げないでくださいまし」
「嫌です。退いて、っんぐ」
「この想いを受け止めてくださるまでわたくし絶対に離しませんから!」
「ん、っぅ…!」

中身のぎっしり詰まったビール瓶をキロの口に無理矢理押し込む
液体が喉を通り過ぎ潤すどころか逆に焼け付かせる
これがただのビールなら問題ないのだが、この瓶は既に空けきられたもので中身は焼酎を注ぎ直しているのだ
飲み込みきれず溢れ返った焼酎が衣服をびたびたにしていく
朦朧とした意識を振り絞り瓶から逃げ咳き込む

「―――…」

水を早く流し込まなければ
ふらふらと机に置いてあるコップに手を伸ばす
酒は飲めるがザルではない彼女にビール瓶半分程の焼酎は辛い
細い指がコップに触れるより先に身体が床に沈んだ

「キロ…?」

原因がのそのそ四つん這いで近寄り顔を覗き込む
途端腕が伸びてきてネクタイごと襟を掴み噛み付くようにキスされた唇が離れれば、ぺろりとキロが舌なめずりする

「ごちそうさ、ま」

口角をこれでもかというほど上げて笑う
ノボリと話したい女性がやってくると、キロはその子の腕を引いて押し倒し問答無用で口付けた
女性同士のキスと艶かしい声を捉えてノボリの酔いが一気に醒める
声にならない悲鳴をあげながら引き離した
押し倒された方は頬を染めてぐったりとしている

「なっなにを、あああ」
「君は1回したでしょう…?」

ノボリの唇に人差し指を当てて小首を傾げる
反対側の手は厭らしく胸元を撫でていた
どうやらキロは典型的なキス魔のようで、それも見境なくするタイプだった
次の相手を選んでいる瞳に危険を感じてノボリは必死にキロを抱き締める
それをどう受け取ったのか、腕の中で身じろいだ彼女は首筋にかぷりと噛み付いた

「…っ」
「甘えん坊さん、寂しいんですか…ねえ、ちゅーして」
「い、いけません」
「じゃあ離して?」
「もっとダメでございます」

おねだりにダメと言えたのは奇跡だった
これが会社の飲み会でなければ喜んで行っていただろう
断られてキロが片頬を膨らませる

「お開きに致しましょう、今すぐ!」
「何してるのノボリ」
「ちょっと預かっておいてくださいまし!決して離してはなりませんよ!」
「あっキロどうし、んーっ!」

クダリに放り投げればそのままの勢いでキロは唇を塞いだ
そしてすぐさま移動しようとしたのだが、今度は相手が悪かった
後頭部が固定され離れてもまた戻される
10回ほどキスをされてからようやく顔は解放された

「酔ってるの可愛い。でも余所はだーめ!」
「やだ、離して…?」
「だって誰にでもするでしょ」

近くに置いてあった水を手にクダリが笑う
この状態は美味しいが、他の男にまでされたら自分がどうにかなりそうだ
笑顔の裏側にある思惑を感じ取ったのかキロがぴたりと大人しくなる
ひとまず帰りたい人は自由に帰宅していいとノボリが告げ戻ってきた

「彼女もタクシーに乗せてしまいましょう」

自分で口に含んでからキロに水を飲ませていたクダリが顔を上げる
どこか楽しそうな弟にノボリは溜息を吐いた

「服濡れてる」
「少々おいたが過ぎましたね」

酔っていた時の記憶はあるらしくノボリは自身の行動を少し悔いた
乾いたタオルを借りて拭いてやると微かにキロの身体が跳ねる
顔を紅潮させ震える姿にぐらぐらと天秤が揺れる

「まだ外だから」
「…わっわかってます」
「眠い…」

ゆっくり瞬きを繰り返し完全に閉じきってしまった
外に呼んだタクシーに乗せるためノボリがキロを抱きあげる
送っていく背にクダリが忠告を投げた

「送り狼ダメだからね!酔っ払い禁止!」
「甚く反省しております…」

項垂れながら出て行く兄を見送ってクダリはビール瓶と空のコップを手にまた飲み始める
一連の流れを静かに見守っていたジャッジが疑問を口にすれば、クダリは満面の笑みでジャッジの口にビール瓶を突っ込んだ

「ぼくがビールと焼酎入れ替えるわけないじゃん。ほら、ビールでしょ、ねっ」
「んぐぅっぐっんんー!」

明日彼の姿が見えることはないだろう
ジャッジの悲鳴を聞きながらトトメスはのんびり茶を啜ったのだった










人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -