花の髪留めにギンガムチェックのワンピース
茶色いポシェットには水筒、ハンカチ、財布、地図、チケット、通信器具
そしてほんの少しの勇気とラルトスを携えて、少女は家を飛び出した

「いってきます」

いってらっしゃい、と優しい声を背に走り出す
船に乗り込み丸1日。そこから電車に乗ってがたごと揺れて
パレードのような街並みが見えるとすぐ暗い地下へと辿り着く
機械を通して紡がれる独特の声を聞きながら少女は電車から降りた
足早に過ぎ去る人々に紛れて改札にいる鉄道員に近付く

「あの、すみません」
「はい!どうかしましたかー?」

優しそうな鉄道員が膝を折り曲げ少女に目線を合わせる
彼の顔を見て蒼い瞳が少し揺れた
開いたばかりの唇を閉じ、薄紫の髪をふるふる横に振る
首を傾げる鉄道員にお辞儀をして逃げるように走り去った
その後を必死にラルトスが追いかける

「どうかなさいましたか?」
「ああ、女の子が話しかけてきたんだけど、何も言わずに行っちゃった。迷子だったのかなー?」
「…迷子、ですか」

ギアステーション内をぐるぐる廻る
突然ぴたりと止まればラルトスがその背にぶつかった
よろけはしたもののこけずに振り返り、ラルトスをそっと抱き上げる

「お兄さんのばしょ、わかる?」
「ポゥ…」

蒼い瞳がほんのり不安を覗かせる
ラルトスは主人の腕の中で精一杯頑張った
何かを見つけたのかとある方向を指差し鳴く
先導されるがままに足を進めれば、また緑色の制服姿
笛を持って吹き鳴らし発車するトレインを見送っている
おそるおそる近寄れば、サッと白い手袋がそれを制した

「電車の発着時は危ない。点字ブロックの内側まで、ねっ?」
「あ…」

制帽から特徴的なもみあげと笑顔が見えた
不自然なほどに吊り上った口角は、絶えず謎の雰囲気を醸し出している
ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねるラルトスとは対照的に少女はしゅんと眉を下げた

「…?なに、迷子?」
「今日はまいごじゃないです」
「アハ、その言い方じゃ前迷子なった?あっ」

次のトレインがホームに滑り込む
停止位置を確認して男性は傍らに置いていた折りたたみ式の何かを持った
それをトレインとホームの間に設置する
中から車椅子の人が降車してきた
畳んでまた持ち上げ、その乗客をどこかに案内するのか器用に片手で押していく
その後を少女がついていく

「乗るの?」

エレベーターに辿り着き尋ねられる
少女は頷き先にエレベーターへ乗り込んで"開"のボタンを押した
車椅子に乗っていた女性が柔らかく微笑み礼を述べる
すると少女はまたしても首を横に振った

「当たり前のことです。先にのった人がボタンおすんです」

その言葉通り改札口に着けば鉄道員が降りるまでボタンを押して待つ
ラルトスがエレベーターから出ると彼が外のボタンを押していた
まだ中にいる少女に笑いかける

「押してるからどーぞ!」
「ありがとうございます」
「先に降りた人がやるの。でもほら、お礼言いたくなるでしょ?」

彼の言葉に少女は目を丸くした
暫くもじもじと恥ずかしそうな素振りを見せ、改札を女性が通ろうとした時小さく手を振った
女性も笑ってそれに返し別の鉄道員に付き添われ地上へ向かっていく
薄紫の髪にぽんっと白い手袋が置かれた

「いい子いい子ーっ。お手伝いありがと!」
「…どういたしまし、て…?」

どう返答したら良いのか分からないらしく首を傾げながら少女は言う
主人の真似をしてラルトスもこてんと傾けた
おいで、と鉄道員に招かれて執務室に連れられる
彼は少女を迷子だと判断して誘ったのだが、部屋に入った途端瞳がきらきらと輝いた
忙しなく首を動かす姿に疑問符を浮かべる

「飴食べる?ジュース…」
「ないですか」
「ノボリが貰ったサイコソーダめっけ!」

備え付けられた冷蔵庫からよく冷えたサイコソーダが取り出される
ソファーに座る少女の前に、ころんと飴の入った籠が置かれた
籠の中からラルトスが飴を手にし喜んで口にいれる
少女は変わらずそれには手をつけない
でも今回は新しく現れたパチパチ弾ける飲み物を一口だけ含む

「はーっ美味しいー」
「しゅわしゅわします」

半分は少女に差し出して残り半分は自分で飲んだ
向かいのソファーにだらだら寝そべり仕事をする気が見られない
そんな彼の目の前に手紙が差し出された
宛先は『みどりのサブウェイマスターお兄さんへ』

「えっ、ぼく?」
「ちがいます」

今日で3度目になる首を振ればラルトスも一緒に横に振る
可愛いジグザグマがプリントされた封筒
起き上がってそれをじっと見つめると渡した少女が無表情のまま隣に座った

「お兄さんと同じ人にです」
「!ああ、ノボリに?へー」

にやにやと笑いを浮かべる
彼の笑いが理解できないのか少女は僅かにむっとした
やはり返してほしいと手紙に手を伸ばすが、高い位置に上げられる
きちんと靴を脱いでからソファーに立ち上がり取り返そうと躍起になるが鉄道員の方が一枚上手
そもそも彼が立ち上がってしまえば届く手立ては無い
手紙を持って笑い続ける彼の視界に、ぽろりと大きな涙が落ちるのが映った

「うぇっ!?あ、えっと、ごっごめん!」
「……」

大きな瞳から溢れ出ていく
本人も必死に止めようと下唇を噛んではいるが止まる気配は一向に無い
手紙をテーブルに置いて白い手袋がそっと頬を撫でた
涙が吸い込まれて色が変わり、少しずつ重くなる代わりに少しずつ消えていく

「ごめんね、ちゃんとお詫びする」

少女に手紙を返してラルトスと一緒に抱き上げる
驚いた声をあげる間も無く、長い足でギアステーション中を駆け巡る
電光掲示板や時計、ホームの点字ブロックに色とりどりの電車達
緑の制服に青の作業着、白いワンピース赤いスカート黄色のパーカー


ぐるぐる、目まぐるしく世界がかわる


「いたっ!ノボリー!」
「こらクダリっ走ってはなりませんと、あれほど…!」
「はいお届け物!はんこちょーだい」

走ってもいないのに一緒に息を乱れさす少女
落とすまいとぎゅっと掴まれた手紙ごと同じ顔をした彼に渡される
薄紫の髪に蒼い瞳、タイミング良く設置されたモニターからバトルの様子が流れる

「…お父様とお母様は、」
「今日はいません。ラルトスといっしょにきました」
「お1人でいらしたのですか!?」

驚く彼に少女は頷く
遠いホウエンより遠路遥々たった1人で
少女の隣にいたラルトスが短く鳴いてワンピースの裾を引っ張った
慌てて彼女は首をぶんぶん横に振る

「ちがいました。ラルトスがいっしょだから1人じゃないです」
「…そうでございますね、失礼致しました」

彼が小さく微笑めばラルトスも満足そうに笑った
和やかな雰囲気の中、少女は手紙を差し出した

「わたくしにですか…?」
「はい、お兄さんにです」

受け取り封筒に書かれた宛名を見る
瞳がより一層柔らかくなり、白い手袋がそれをなぞる
中身を見る前に無線から連絡が飛び込んでくる
シングルトレイン待機の命に、彼は暫く悩んだ後手紙を丁寧に仕舞いこんだ

「あのトレインに行ってまいります」
「!…はい、いってらっしゃい」

にこり。今日初めて見せる笑顔に目を細めシングルトレインが停まるホームへ駆け出す
残された片割れは行ってしまった相手をぼーっと眺める少女を見つめた
そして自分の役目は終わったのだと、制帽を被り直し踵を返す
小さな掌が緑の袖を引っ張った

「なに…?」

普通に返したつもりがとても低い声だった
誰よりも自分が驚き、掴んでいた掌が離れたことに胸がちくりと痛んだ
振り返った彼に先程とは違った、口を開けた子供らしい笑顔が映る

「お兄さん、ありがとうございましたっ」
「ポゥ…!」

きらきらきら、水飛沫の中に星を閉じ込めてシャボン玉にしたような
そんな煌きと感情が生まれては弾けていく
耳元の無線がダブルトレインの待機を伝える
下がりかけていた口角が緩やかに上がっていく

「どういたしまして!ぼく、すっごいバトルしてくる!」
「お兄さんもサブウェイマスターに、なるんですか」
「なるよ。ぼくも、ノボリも絶対。…双子でなんて笑われるかもしれないけど、」
「じゃあわたし、お兄さんにも会いにいきます」

ラルトス用のボールを上に掲げて少女は言う
彼は自分の腰元にあったボールをこつん、とぶつけた

「じゃあ、またね!」

大きく手を振って彼は走り去る
少女もそれに返して、今度こそちゃんと改札を通り抜けた
今日も笛の音が鳴り響きトレイン内でははしゃぐ声が聞こえる
挑戦者達をなぎ倒し、想いはまだ見ぬ未来へと



―――君がぼくに会いにくるまで、今日も明日も安全運転で










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