「カズマサってズルイ」

へっ、と間抜けな声をカズマサが出す
それをつまらなさそうにクダリは机に突っ伏した
書類が数枚そこから落ちる
慌てて彼が拾い上げて戻すと、今度は頬を膨らませていた

「君、いっつも迷子。それでキロと一緒に来る」
「ああ、最近は点検場までは何とか行けるようになりまして…」
「ぼくだって、いたい」

クダリの言いたいことを理解する
確かに自分は此処最近よく点検場に迷い込み、報告書を持っていくと言う彼女に案内してもらっていた
道中何も話さないのもおかしいから会話をしていたら少しだけ仲良くなった
歳が近いこともあり、キロはカズマサを"さん"から"くん"と呼ぶことも増えた
それはまだ知られていないみたいだが、一緒にいることは知っているようで

「そんな、クダリボスだってよく一緒じゃ」
「ぼく仕事。トレイン乗ってバトルする。執務室で書類。たまにお偉いさんの接待。あと、お客さんの誘導。キロの仕事はトレイン整備。たまに書類持ってくるだけで、それ以外じゃ来ない」

拗ねてしまったのかクダリが黙り込む
このままでは今日は仕事をしてもらえそうにない
自分の所為で職務放棄したことが先輩達にバレたら、殺される
カズマサは必死に頭を回転させてとある名案を思いついた

「じゃあクダリボスも迷子になってみてはどうでしょうか!?」
「…、それイイ!」

あっさり乗っかった上司に安心したのも束の間
次の瞬間にはクダリは姿を消していた
それは迷子ではなく逃走だと、カズマサが叫んでももう遅い
白いコートも制帽も脱ぎ捨てクダリはギアステーションを走り回っていた

「えへへ、迷子になったらキロと一緒だ」

稚拙な考えだったが彼は本気だった
ただ、単純に点検場に向かった所で1人で帰れと目で脅されるのはわかりきっている
足を止めて暫く考え込み、クダリはピンと閃いた
それが彼是5時間前の話





クダリさんがいなくなった
彼はよく抜け出すから、今日もすぐ見つかるだろうと思っていた
なのに数時間経った今も見つからない
昼頃書類を届けに来た私も一緒にギアステーション内を探し回る


ぐるぐる、まわる


トレインには乗っていない
点検場にも顔を出してないし、執務室には勿論いない
ホームにある駅長室も当番の人だけ
目立つコートと制帽は、こんな時に限って脱ぎ捨てていっている

見つからない。クダリさんを見つけられない
もう時刻は夕方5時を過ぎている
これから続々と帰宅する人が増えてくるっていうのに
そんな人達が来たら今以上に見つけられない

「ダメでございます、更衣室もあたってみましたがいません!」
「売店にも隠れとらんで!」
「…私、念の為女子トイレ見てきます」
「お願い致します。わたくしももう一度ホーム下などを探してまいります」

まさかそんな場所に居るとは思えないけれど
探していない所はもうそこぐらいしかなくて
居てほしくない気持ちと、居てほしい気持ちが混ざり合う
ノボリさんの表情もどんどん険しくなっていく
私の顔は、…誰もいないで1人で走り回っている時、自分でもわかるぐらい泣きそうだった



誰かがいなくなることが怖い

さっきまでそこに居た人が消えてしまう
目の前にいても、いなくても、あっという間に連れ去られる
手を伸ばしても縋りついても抱き締めても

「クダリ、さん」

走る私の目の前にバクフーンの姿が見えた
ぼんやりとその背が逃げるように進みだす
やめて。お願いどこにもいかないで
バクフーンの影はぼやけて2つに分かれて、そして、朝靄に包まれたように消えた

「いや、…いや…っ」

気付けばぼろぼろ泣きながら走っていた
数人の鉄道員とすれ違って驚かれたけれど、気にしていられない
息を切らして汗をかいて、何かに躓いて私はこけた
盛大に前に倒れこみ傍を通った人に大丈夫かと尋ねられる


ぐるぐる、していた


「あの、クダリさんを、見ませんでしたか」
「えっ知らないけど…」
「見つけたら絶対、ぜったい連絡してください。お願いします」

埃を払っている時間も惜しかった
曲がり角でまた何かにぶつかりかける
今度はぎりぎり止まれて、前を荷物を乗せた滑車が通った

「―――…」

足は自然に動き出していた
途中でノボリさんと合流する
私を見て驚いていたけど、何も言わず2人一緒に走る
行き着いた先は一般では立ち入れない貨物車ばかりが並ぶ点検場
たった1台だけそこに佇んでいた
バッグからライトを取り出し照らしていく

「…っクダリ!」

ノボリさんが叫んだ
そこには荷物の置いていない台に蹲る彼がいた
当然怒るノボリさんに、クダリさんは少し眠たそうな声をあげる
此処にいる間に眠っていたらしい

「どれだけの人に迷惑をかければ気が済むのです!」
「え…っ今何時?」
「17時38分です!本当に、心配ばかり…っ」

クダリさんの肩に額を置いてノボリさんが震えてる
ああ、泣いているんだ
慌てるクダリさんも事の重大さがわかったのか泣きそうになってきた

私の涙はすっかり引っ込んでいて蚊帳の外

無線から他の人へ見つけたと連絡した
これで後はクダリさんがこっ酷く怒られてお終い
点検場に戻って遅れた分の仕事を取り戻さないと

「キロ、」

いつの間にか降りてきていた彼が私を抱き締める
そんな彼を私ごとノボリさんが包み込む

「――…ばかぁ…」

ライトを落としてしまった
音が反響して泣き声と混ざり音楽みたいになる

「どうして、そんなばかなんです、か。しんぱ、いしないとっ、おもって……クダリさん、が、」



生きてて、よかった





勿論クダリさんは怒られた
でも皆、私やノボリさんの顔を見てから怒ったから、それほど酷くはなかった
叱られ終えてから暫くして点検場へクダリさんが来た
今度はちゃんと書置きしてきたよ!と笑う彼に頭が痛くなった

「あのねキロ、今度の火曜日暇?」
「…?一応空いていますが」
「じゃあさ、」


"ノボリとぼくと一緒にタワーへ行って、それからヒウンアイス食べに行こう"


「方向反対ですよ」
「1日あれば平気!ねっ」

マップも持たずに行くのもいいかもなんて
冒険家気取りで夢見る彼に私は呆れた
呆れて、小さく笑った





ほんとうに、かれが生きてて、よかった








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