ぼくのデンチュラがとんでもないものを運んできた

「にー」

キロだ。わーいやったー!と喜んで抱き上げたら小さい
おまけに何だかふさふさしたものが頭とお尻から生えてる
今日ぼくお休み。だからまだ寝惚けててこれは夢の中なのかと思って自分で頬を抓った

「痛い」
「にー」

呆れた瞳でキロが鳴く
夢じゃないし、これは紛れもなくキロだ
どうしよう。こんな時に限ってノボリは仕事で家にはぼくだけ
大体デンチュラどこで拾ってきたの!?

「にっ」

おろおろしてたら落ち着いて、と言いたそうにキロがぼくの胸板を叩いた
中身はいつものキロのまんまみたい
ぼくの言ってることもちゃんと理解してる
でも、ぼくはキロの言ってることがさっぱり分からない
とにかくノボリが用意してくれてた朝ご飯をキロと半分こする

「……」
「美味しい?」
「にー」

大きさはヤブクロンより少し小さい感じ
移動速度はそんなに速くないけど、身軽になった分行動がちょこまかしてる
キロ自身が動き回るタイプじゃないから助かった
ご飯を食べ終えたら食器を片付けようとふらふら歩いてる

「いいよ、ぼくやる」

危ないから貰ってシンクに置いた
洗い物をするぼくの足元でキロはじーっと見上げてる
くいくい、っとズボンが引っ張られた

「なに?」
「にーっ」

ダメだわからないや
首を傾げたらキロ、哀しそうな瞳をした
そのままリビングに行っちゃって、デンチュラに寄り添ってぎゅむぎゅむしてる
今日はシビルドン出さないよう気をつけなきゃ
あんなにちっちゃいからうっかり飲み込まれたら困る

「ふあ…」

早くにデンチュラが叩き起こしてきたからまだ眠い
だけど寝るわけにはいかない
片付け終えたら溜まってた洗濯物適当に放り込んで、ピッとボタンを押す
のろのろ自室から書類とパソコン持ってきてリビングのテーブルに置いた
あまり好きじゃないけど黒縁のメガネもかける

「にー…」
「ごめん、仕事する。えっと…DVD好きなの見ていいよ」

ぼくもノボリも電車関連の映画とかばっかしか買わないけど
キロ、電車好きだし大丈夫だよね
休みだけど丸一日休んではいれない
居ないぼくの分を頑張ってるノボリのためにも、家で出来ること少しぐらいはしとかないと


かち、かち、かち。


時計とパソコンの音が共鳴する
やけに静かだなぁと思って顔をあげたら、キロはテレビを見てなかった
いつの間に出したのかアーケオスに手伝ってもらって洗濯物干してる

「キロ、大丈夫、置いといて」

お昼近いからそれ干してご飯にしよう
干すヤツをキロから取ったら、あ、って顔した
ねえ、そんな顔しないでよ

「お昼うどんでいい?あ、出前取る?」
「にー」

ふるふる首を横に振った
冷蔵庫の中身をぼくと一緒に眺めてる
最近買い出しに行ってないから、中身殆どないや
ノボリ今日帰り遅いかな。ぼくが買ってきた方がいいかな
とりあえず冷凍庫にあったうどんを取り出して湯がく

「はい、できた」

大きい丼だと怖いから小さい茶碗に入れてキロにあげる
箸も使い辛そう。フォーク渡したら困った顔された
でもそっちの方が食べやすいから大人しく使ってる
テレビ適当に見ながらうどん啜って、コーヒーでも淹れようと思ったらまたキロ運ぼうとしてる

「だからキロ、いいってば」

見ているほうがハラハラする
食器を奪い取るとキロがぎゅっと唇を噛み締めた
そして小さく、本当に小さく鳴いた

「…にー…」

ねえ、どうしてないてるの?
キロの言いたいことが全然わからない
ぷるぷる震えて大きい目に涙いっぱい溜めて
なんだかぼくは哀しくなって気付けばキロをぎゅーっと抱き締めていた

「にぃ…」

キロとずっと一緒にいたいって思ってたけど
こんなに近くに居ても、ぼくキロと一緒だと感じない
君の喜ぶこと沢山して少しでも笑顔が見たいのに
ぼくの笑顔の分をあげたいのに、ね

「ごめんねキロ…」

謝ったってどうしようもないってわかってても
下がる口角を止められなくて、ノボリみたいな顔してぼろぼろ泣いた
懸命にキロが手を伸ばしてぼくの頭を撫でる

必死な君もやっぱり泣いていて
どうして笑顔はあげられないのに涙ばっかり移っちゃうんだろう


君が好きだよっていっぱい伝えたら、君は笑ってくれるんだろうか










「クダリさん、」

キロの顔が視界いっぱいに広がる
薄紫の髪の隙間から、ぼくのバチュルが見てた
ぼーっと視線を動かしたらキロが呆れた顔をする

「書類、溜まってますよ。これもお願いします。…期限はまだ先ですから」

きょろきょろしてるとキロが消えた
紙の束が音を立てて置かれる
ノボリの机はある程度綺麗なのに、ぼくの机はなんだかもう机じゃないみたい
もう1回傍にやってきたキロが目を見開いた
そして困ったような顔をして、そっとぼくの視界を掌で塞いだ

「怖い夢でも見たんですか」
「…うん」

夢。そうだ、夢だったんだ
キロが小さくなって猫耳としっぽが生えて、にーってしか鳴かない夢
ぼくはキロの言いたいことがわからなくて
表情とか沢山ヒントがあるのに肝心なことは何もわからなくて
でも君はぼくの言いたいこと全部わかっていて、あれ、どうして一方通行なんだろう

1つ1つ言葉にして挙げていけば怖いことなんて何も無いのにぼくはまた泣いていた
キロが、今どんな顔しているかわからない
まるで夢と同じみたいだ。キロ、ねえ、この手を退けてよ


「私に喋ったから正夢にはならなさそうですね」


怖い夢はムシャーナが食べちゃったんですよ
なんて、手を退けたキロが珍しく笑うものだから、ぼくは泣きながら笑った
君の数少ない笑顔をぼくに与えちゃうなんて、それを貰っちゃうぼくなんて
とってもとっても滑稽だけど、でもぼく幸せだよ








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