"プラズマ団襲撃!サブウェイ存続の危機か!?"
でかでかとそう見出しに書かれた新聞がゴミ箱に投げ捨てられる
乱暴な物音に、ノボリは書類に向けていた目を震えている人物に移行させた

「まだ怒っているのですか、クラウド」
「当たり前ですやろ!むしろボスら何で怒ってへんねん!」
「怪我人は居ましたが幸いポケモンは取られておりません。存続の危機と申されましても会長は無傷ですし、実際トレインを動かすわたくし達は存命でぴんぴんしております。問題ありません」

再び書類に目を向け淡々と述べるノボリにクラウドは頭を抱えた
言っていることはご尤もだが、如何せん納得はいかない
頭では理解していても心が理解できないのだ

「もう黒ボスはええわ…って白ボスは?」
「クダリでしたら点検場です」

どうしてそんな所に
クラウドの瞳が物語っている
それには答えず、ノボリは黙々と仕事を続けた
自分の分も含めて会いに行っているクダリに僅かな願いを託して



襲撃されたのが1週間前
気を失ったキロの怪我も幸い打撲程度で済んだ
数日安静を取れば問題ないという医師の判断に、キロは真っ向から対立した
付き添ったノボリとクダリの制止も聞かず彼女はなんと翌日から現場に復帰していた
痛み止めを打ち平然と、何事もなかったかのように

彼女は怪我を負った理由をミルホッグにたいあたりを喰らったからとしか告げなかった
それは嘘ではないだろうし、事実医師の診断もそうだった
だが、それ以外に何かあったかという問いに、キロは何もないの一点張り

ノボリの記憶が正しければ、彼女は会長と共に自分達から2つテーブルを挟んだ位置に居た
プラズマ団が押し入ってきてそれぞれ手持ちを出した時、会長の腕を引いて逃げる姿を確認している
その途中でやられたのであれば、ボディーガードが即座に対応しているはずだった

しかし実際キロが倒れたのは襲撃が終わった後
それも逃げ出した方向とは逆の、バトルが行われている場所真っ只中
見つけた当時彼女の傍にはクダリのバチュルしかいなかった

「……そういえば、止まりましたね…」

ペンを止めて思案する
オノノクスでげきりんを使い蹴散らそうとした時、相手のポケモン数体が僅かに動きを止めた
すぐさま追撃を入れてしまったため断定は出来ないが誰かのわざであることが伺える
あの時味方側の中に補助系ポケモンを使用していた者は少ない

一瞬とはいえ、多数を一度に狙い撃てるレベルのポケモンは自分とクダリを覗けば、片手で足りるほど
恐らく同じ考えを張り巡らせている弟が、点検場までキロに会いに行くと言ったのをノボリが止めることはなかった



「仕事、どうされたんですか」
「挑戦者いない。書類もやった。ぼく、キロに話がある」
「勤務中ですから休憩時間までお待ちいただけますか」

今日もいつもと変わらずトレインの安全確認を務める
あしらい方も淡々と、最低限の敬意だけ払い適当に
周囲も慣れてきたためわざわざ2人を凝視する者は居なかった
クダリだけが薄らと汗ばむキロの額を見つめていた
通気性は悪いが、暑さによって生まれた物ではないそれを、強引に腕を掴み連れて行った先で拭う

「勝手に何を、」
「……」

額の汗を拭ったクダリは、そのままキロのロッカーをこじ開ける
普段は滅多に使わないマスターキーで扉を開き荷物を全て取り出す
右手にそれら全てを纏め持つと、左手でまた腕を取り歩きだす
途中チームリーダーとすれ違いキロは助けを求めた

「まだダブルトレインの整備が」
「キロ早退させる。いいよね」

疑問符も張り付いた笑みも無かった
ノボリかクダリか分からないほどの冷たい態度
リーダーが咄嗟に頷くとキロの制止の言葉も聞かず、目立つ格好のままギアステーションから出て行く

白昼堂々サブウェイマスターが地上を歩くことは珍しいのか、行き交う人々が遠慮なく視線をぶつけてくる
クダリの白いコートに太陽の光が反射してキロはより一層眉を寄せた
ライモンシティの中心街から少し外れた場所にあるマンション
何の躊躇いもなく鞄からキーを取り出したクダリに、キロは渾身の力で腕を振り払い荷物を取り戻す

「犯罪一歩手前です」
「ぼく上司」
「担当が違います」
「ギアステーション内の、職員とお客の安全は、ぼくとノボリの責任」

カツ、と音を鳴らして1歩詰め寄る
不覚にも肩を揺らした自分にキロは驚き、同時に苛立ちを覚えた

「万が一点検ミスがあったら大事故。キロ、今日点検漏れあった」

クダリの言葉が心臓を抉るように突き刺さる
必死に思い返すと、1箇所見損ねている部分が確かにあった
背の痛みで屈むのを躊躇い後回しにし、そのまま忘れていたトレインの車輪裏確認
ぎゅっとキロは荷物を抱き締め深く頭を下げた

「申し訳、ありません…!」

何もなかったかもしれない
だがもし何か破損でもあれば
それに気付かず走行して、カーブや速度の負荷に耐え切れず脱線でもしたら

「良いっていうまで休んで」

これから忙しくなるというのに、迷惑をかける形となった自分をキロは酷く怨んだ
呼応するかのように背の痛みが大きくなる
痛み止めなんてものは所詮気休め程度にしかなっていない
俯くキロの腕が優しく取られ、開かれたロビーへの自動ドアを潜らされる

「あのね、キロ」

中までついてくることは流石にクダリもしなかった
自動ドアが閉まっていく最中、少しだけ弱々しい声が呼ぶ

「バチュル守ってくれてありがとう。元気になったら、バチュル、また遊んで?」

張り付かせたピエロのような笑みとは違う
人間らしいどこか壊れそうなそれを携えるクダリに、キロは無言のままもう一度深く頭を下げるしかできなかった




玄関口に荷物を置く
痛む体を引き摺って作業着を脱ぎ籠に入れるとソファーに前から倒れこんだ
頬に低体温の手がぺちぺちと当たり薄く目を開く
真っ赤な瞳がじっとキロを見つめていた

「ただいまゲンガー…」

反応したことに喜んだゲンガーがキロの頬を緩く摘まむ
怒る気にもなれず好きにさせていると、ぺとりと足に手ではない何かがくっついた
ゲンガーの傍につぶらな瞳のミロカロスがいる
長い先の尻尾が慈しむようにキロの足を撫でた

「クォォゥ」
「ありがとう」

腕を伸ばしてキロが首元を撫でてやると気持ち良さそうに鳴く
頬で遊んでいたゲンガーもおろおろし始めどこかに行ったと思うと、冷蔵庫からおいしいみずを取り出して持ってきた
懸命に差し出す姿にキロは小さく吹き出す

「…休み…ね」

おいしいみずを一口含み喉を潤す
何気なくテレビを点けると先日の襲撃事件が報道されていた
近辺に住まう人々へのインタビューや、ライモンシティを歩く人への感想も流れる
プラズマ団についてもいくつかの情報がアナウンサーの口から発せられた

「ポケモンは人といるべきじゃない、か」

瞳を伏せると覗き込む黒い影
床で勝手にポケモンフーズを貪るゲンガーにキロは苦笑した

「そうかもしれないね」

ベランダから洗濯物を取り込み終えたサーナイトが帰ってくる
自分は決して着ることのない衣服を、彼女は楽しそうに畳んでいく
昼間にいるキロを見つけて珍しそうな表情をした後、おかえりとでも言うように鳴いた

「少し寝るね…おやすみ」

缶をテーブルに置きソファーに埋もれる
思っていたより疲れていたのか、10秒と経たずに寝息が立てられる
その瞳から涙が零れ落ちたのは真夜中の3時、本人すらも知らない涙だった







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