煌びやかな社交の場。子供達は一転して大人になっていた
乗車会に参加した人とはまた別の役人や報道陣も参加しての立食パーティー
ワークキャップを外し上着を羽織ったノボリにエスコートされて、キロは緊張の面持ちでその場に足を踏み入れた

「おや、まるでバチュルのようですよ」
「からかわないでください」

表面上は普段の無表情と何ら変わりない2人
だがキロは若干足を震わせており、いつもよりは言葉に覇気がない
差し出されたノボリの手をぎゅっと握り締めている
対してノボリは顔こそいつも通りだが声に面白みが含まれていた

「あっ!ノボリー!キロー!」

こっちこっち!と皿にこんもりとデザートを乗せたクダリが手を降る
持ち主を見つけたバチュルが嬉しそうにキロの肩で鳴いた

「大声で呼ばないでくださいまし」
「えへへ。あれ、どうしたの?」
「…パーティーがあるなんて、聞いていません」

乗車会の案内書には書かれていたとノボリは言い張る
だがキロの記憶にパーティーの"パ"の字も見つからない
あると知っていれば来ない、若しくはもう少しマトモな服を着てきたと彼女は先程まで反論していた
帰ることも考えたがクダリが仕事を終え次第参加すると聞き、バチュルを返すべく、キロは残らざるを得なかった

「嫌い?」
「慣れていないだけです」
「食べる?美味しいよ」

積み上げられたデザートを渡される
近くのテーブルにあったフォークを取り、ラズベリータルトに突き刺した
口内に甘酸っぱさが広がる

「ねっ」
「まあ…美味しいで「あのー!」
「サブウェイマスターのノボリさんとクダリさんですよね!」

感想は黄色い声に憚られた
キロは即座に口を噤み、すっと3歩ほどその場から離れる
瞬く間にお偉いさんが連れてきたであろう女性や報道陣に2人は囲まれた
クダリの元に戻る機会を失ったバチュルが寂しそうに鳴く

「ぎぃ…」
「帰り際に、ね。ごめんね」

離れた場所でいくつか料理を選びバチュルと一緒に口を動かす
華やかな場は苦手だった
そこに登り詰めるということも、そこに居るということも
日の当たる眩しい世界は虚栄だと、キロは冷たい目で2人を見つめた

「ノボリ君もクダリ君も人気だねぇ!」

乗車前話しかけてくれた老齢の男性がやって来る
慌ててキロは身形を整え挨拶をした

「整備士のお嬢さん、キロさんだったかな」
「覚えていただき光栄です」
「君はあの2人をどう思う?」

その問いにキロは押し黙る
あくまでも個人的感情と前置きをして、キロは素直に想いを告げた

「正直好きません。どちらかと言えば嫌いです」

男性は目を丸くした
だが驚きは3秒と持たず、子供のように笑い出した
今度はキロの方が驚き困惑する

「それはどうしてかな」
「バトルをするからです。ただそれだけです」
「ふむ…ではバトルを抜いた一個人としては?」

考えたことがなかったのか、キロは先程より長く黙り込む
彼女が思案している間男性は柔らかい笑みを携えていた
向こうにいる2人は依然として女性や報道陣の対応に追われている
その表情はノボリ、クダリという個人ではなく、サブウェイマスターとしてのものだった

「まだ日が浅いのでプライベートまで知りませんし、知る気も全くないのですが」
「はっはっはっ、君らしい前置きだね」
「ノボリさんは上司として尊敬できます。報告書への返答も早いですし部下の意見を適宜取り入れてくれます。今回の乗車会の誘いも彼からでしたので、そういった細やかな対応は見習うべきだと思っています」
「クダリ君は?」
「クダリさんは未だに掴みかねます。ただバトルに加えポケモンそのものもお好きだとは伺えます。純粋が故に突っ走る姿はある種の尊敬さえ引き起こします。ノボリさんは背を見せ、クダリさんは手を差し出し部下を束ねるタイプでしょうか。…どちらにせよ上に立つには向いている人材だと思います」

微かに語尾が下がり顔も俯く
男性はそれに気付いておきながらも敢えて触れずに話を進めた
彼の話を聞いているうちに、キロは彼の瞳が全く変わらないことに気付いた
電車に乗っていた時見せた子供のような瞳の輝きを、今この場にいる大人達はもう置いてきてしまっていた
だが彼だけは降りた後、いや乗る前もずっと変わらない

希望と夢を胸に旅立ち始めたばかりのトレーナーのように

「良ければライブキャスターの番号を教えてもらえるかな?」
「あっ、は、はい」

輝く瞳に魅せられてぼーっとしていた
交換をするべくライブキャスターを取り出そうとして固まる
ポシェットの中には財布やハンカチ、筆記具程度しか入っていなかった

「すみません…忘れてきたようですので、此方にいただけますか」

手帳と筆記具を差し出し頭を垂れる
真っ白いページにさらさらと流れるような字が書かれた
ありがとうございます。そうキロが礼を述べようとした瞬間、けたたましい音と共に扉が開いた

「大人しくなさい!!」

銀の独特の衣装を身に纏った男女が数人駆け込んできた
会場にいた人の悲鳴に紛れて、プラズマ団という単語がキロの耳に届く

噂を聞いたことはあった
弱者からポケモンを奪っていく謎の集団
暴力的行為に出たと思えば、街中で何かの演説をしている時もある
キロが現場に遭遇したことはこれが初めてだったが、言いようのない不快感は胸中に渦巻いた

「行けミルホッグ!」
「レパルダスつじぎり!」

次々にポケモンを繰り出し攻撃を命令する
ポケモンを持っている人間は対抗して手持ちを呼び反撃していく
キロは即座に右手を腰元にやり――ハッと目を見開いて下唇を噛むと、男性の腕を引いて走り出した

「あれがプラズマ団か!初めて見たぞ!」
「喜ばないでください」
「大丈夫ですか!?お怪我は!!」

前方から黒いスーツを着込んだ男性数人が焦った様子でやって来る
ボディーガードがいるならとキロは彼らにお願いした

「貴女も早く此方へ」

女性1人を放っておくわけにはいかないと、ボディーガードが確保していた逃げ道を指差す
しかしキロは頷くことも進むこともせず立ち止まり苦渋の表情を浮かべた
何か言おうと口を開いた時、背中に強い衝撃が走りその場に倒れこむ
痛みに耐えて振り返ると肩に乗っていたバチュルが、自分を見下すプラズマ団の手にあった

「バチュルは貰ってくぜ」
「チュギィ!」
「っ、やめて、それは…!」

背中の痛みが一瞬にして消え失せるほどに血の気が引いた
周囲には砂埃が舞っていて、ノボリやクダリの姿が見えない
キロは高笑いをするプラズマ団に向かって叫んだ

「後悔しなさい!居るんでしょう、サーナイト10万ボルト!ゲンガー、シャドーボール!」

砂埃がざわめきキロの背後から2つの技が繰り広げられる
問答無用で打ち込まれたそれは、プラズマ団の手からバチュルを離すのに充分だった
床に打ちつけられる前に必死に手を伸ばしバチュルを回収する
うろたえるボディーガードに向かってキロは凛として言い放った

「サーナイト彼らにリフレクター!…後はお願いします」

2体のポケモンを連れてバチュルをぎゅっと抱き、彼女は砂埃の中へ走っていく
広い会場内に傷付いた人が大勢倒れこんでいた

「拉致が明かない…」

数では圧倒的に不利
ポケモンを持っているとはいえトレーナーではない人間
このままでは此方のポケモン全てが奪われてしまう

「ポオゥ…」

サーナイトが不安そうに鳴いてキロを見つめた
真一文字に結んでいた唇を解く
そして緩やかに弧を描き持ち上げた

「ライブキャスター届けに来てくれたんでしょう。わかってる。…我儘言っていられないのも、わかってる」

すっとその場にキロは屈みこむ
サーナイトとゲンガーの2体を前にして、バチュルを床に置き両手を組んだ

「約束を破ります。許してなんて言わない、でも力を貸して」
「グオゥ!!」

ゲンガーが両手を挙げて勢いよく鳴いた
キロはそれに笑うと再度バチュルを肩に乗せ立ち上がる
瞳も顔も、温かみは消えていた

「留めなさい、くろいまなざし。誘いなさい、さいみんじゅつ」

雄叫びともとれる鳴き声が響き渡る
徐々に薄れだした砂埃の中、数体のポケモンが眠りに落ちていくのが確認できた
それぞれの位置関係やポケモンの種類からキロは冷静にプラズマ団のものだけを指していく


「脅えなさい、あくむ」


冷たい声がゲンガーに命を下す
明るいはずの室内が停電したように暗くなる
闇の中、薄気味悪い笑い声と赤い瞳が現れ、消えた

「全部返してもらうわ」

プラズマ団に詰め寄りキロは感情のない声で言う
有無を言わさぬ物言いと、背後に堂々と立つポケモンに小さく悲鳴が上がる
退却の指示が聞こえ数秒もしないうちにプラズマ団の姿はなくなった
キロは溜息を一つ落としてサーナイトとゲンガーに向き合う

「ごめん先に帰っていて」

サーナイトからライブキャスターを受け取る
承知したのか、サーナイトはテレポートを使いゲンガーと共に去っていった
安堵してぶり返した痛みに眉を顰める

「キロ!!」

クダリの呼ぶ声が鼓膜に届く
もう顔を上げる元気はキロには無かった
彼女が最後に見たのは、自分の服を懸命に噛み引っ張るバチュルの姿だった







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