『終点カナワタウンです。お忘れ物の無いようお気をつけください。この電車は折り返しライモンシティを経由し、サザナミタウンまで参ります。発車時刻は……』

ぞろぞろと人が降りていく
大した会話もしないまま、2人と1匹も電車を降りカナワタウンに足を踏み入れた
ホーム右手にある階段を上がって橋から眺める景色に、キロは「ただいま」と呟いた
それは風と走ってきた従業員の雄叫びに掻き消される

「キロ―――!久しぶり元気してたか!うおおおおお大きくなったなあああああ!!」
「痛いです先輩。痛いです」
「相変わらず反応が乏しくて安心したぞ!っと、」

汚れた仕事着のままキロに抱きついてきた男性がノボリを見る
2人を見比べてぽんっと握り拳を開いた掌に置いた
少々古臭い動作にキロは顔を顰め口を開く

「男前な彼氏だ「サブウェイマスターのノボリさんです。部署は違いますが上司です」

予想通りの言葉を口にした男性に言葉を被せ説明した
冗談が通じないとでも言いたそうに彼は肩を竦める

「分かってるよ。初めまして、どうぞご案内いたします」
「ええ。よろしくお願いします」
「ちゅぎっ」

下車時に起きたバチュルがキロの頭上で鳴く
異常にまで驚いた男性の顔をノボリは見過ごさなかった
カナワに集まった他の上司や名の知れた鉄道マニアの方々と挨拶を交わす

一応仕事関係で集まったとはいえ休暇及び有休の為か、スーツを着ているのは数人でラフな格好の者が多かった
ほっとしたのも束の間、女子が自分と3人ほどしかいないことに気付く
お偉い方と話すのは気が引けたのか、キロは隅でドリンクを手にノボリの社交を見ていた
ふとノボリと話していた老齢の男性がキロを見つけ何かをノボリに尋ねている
数分もしないうちに男性に手招きをされた

「お呼びでしょうか」
「おお、実に愛らしい。お嬢さん名前は?」
「キロと申します」

身振り手振りに加えて表情もオーバーな男性
その横で僅かに苦笑を浮かべているノボリ
そして限りなく無表情であろう自分を客観的に思い浮かべ、キロは心中で笑った
傍から見れば実に滑稽な様子だ

「ライモン勤務と聞いたが受付嬢かな?」
「整備士です」
「えっ」

仕事着ばかり目にしている者であればもう違和感は無いが、今の装いしか知らない者には衝撃的な言葉だった
彼女は見た目だけならば歳相応とは思えない
10代と言われてもまだ通じる範囲内にはいるほどに、顔は幼い印象が強かった
ただ吊り上げられた瞳と仕事に対する想いや淡々とした物言いが、それを上回るほどに大人びて見せる
"大人"という装備の中には仕事着の影響も少なからず入っていたようだ

「勿体無い。君なら良い所に…そうだR9に興味はあるかい?そこなら、」
「嬉しいお言葉ですが私は彼に恩返しするその日まで、いえその日が終わっても辞めるわけにはいきません」

凛とした声がノボリの耳に届く
ただの電車好き、だけではない気がした
無機物を有機物として扱う点においても、シンゲンとはまた別の愛情に思える

「お待たせしましたー!準備が整いましたのでどうぞ!」

職員の声に期待に満ち溢れた会話が広がる
少し古びた印象すらも愛しく感じる旧型車両
それを眼前に控え、キロもノボリも目を輝かせた

「整備に時間かかりまして長らくお待たせしましたことお詫び申し上げます。電車は逃げませんのでごゆっくり落ち着いてご乗車ください!」

大の大人が全員子供のように目を煌かせる
此処は役職持ちから順々に乗り込んでいく
先にノボリが乗るよう促されたが、彼はそれを断りキロと共にまた順番を待った

「いいんですか」
「わたくし最後に乗車するのが好きでして」

いち早く乗車して出発まで窓の外を眺めることも、ギリギリまでホームからトレインを眺め、駅員に促されて乗り込んだ瞬間動き出す感覚も
そのどちらも素敵なモノだとノボリは珍しく興奮気味に訴えた
返事は一切しなかったキロだが、その顔は呆れや理解できないというものはなく、小さく笑っていた

「ではお先に失礼します」

最後を譲る形でキロが先に乗り込む
1歩車内に足を踏み入れる
自分が乗ったことのない世界は、どこか懐かしい香りが漂っていた
トン、と後ろからノボリに押されてキロはもう1歩前に進む
扉の閉まる音が聞こえ車体が大きく揺れた

「きゃっ」
「大丈夫ですか」

揺れた拍子に足元がふらついた彼女をノボリが咄嗟に支える
腕の中に納まったキロは礼を言おうと顔を上げた
しかし言葉は紡がれることなく、隙間から見えた景色に絶句する

見慣れているはずのカナワの街並みすら輝いて見える
青空がどこまでも続き、遠くに山脈と塔があった

「あ…すみません」

ふと我に返りキロは身体を離した
狭い車内で皆景色を眺め楽しんでいる
傍にあったシートに彼女は腰を降ろした

車体は大きく揺れ動き、決して快適と呼べるものではない
つり革の高さも微調整されていないため隣同士当たりあう
少し錆びた金網が、頭上でガタガタ音を立てていた
シートも上質なものではなく硬い印象を受ける

「チュギッ」

いつの間にかシートの上に降りていたバチュルがぽいんと跳ねた
本人が意識的にしたものではなく、揺れによって引き起こされたもの
その証拠に目的地であるキロの膝元に行きたいのに行けないフラストレーションからバチュルが少し怒っていた

「そのバチュルは相当貴女様に懐いているようですね」
「…餌付けの効果ですよ」

カーブに差し掛かる度に跳ね回るバチュルをキロは拾い上げる
細い白い指にかぷりと吸い付いた
蓄積されている静電気でも吸い取っているのだろう

「ポロックでしたか。今度わたくしにも見せてくださいまし」

あの後クダリから話を聞き調べた
イッシュから離れた地域、ホウエンという地にあるポケモン専用のお菓子、ポロック
木の実を原料として作られているとあったがどのように作るかまでは分からなかった

「それより外を見なくていいんですか?」
「確かに良い風景ですが、」

ノボリはそこで言葉を区切りキロの隣に座った
来た時と同じように瞳を閉じる

「この雰囲気の方が心地良いものでして」

童心に返りはしゃぐ者
落ち着き払って車内の様子を見て回る者
とにかく写真に残そうと必死な者
キロは隣に居る人間の行動が、自分にとっては1番心地良いことに溜息を吐いた

トレインはカナワからシリンダーブリッジを通り、ソウリュウシティで停車した後折り返し、またゆっくりと進みカナワへと戻った

「お疲れ様でした!お足元気をつけてください」

興奮冷めやらぬ大人達が降りていく
キロは下車するなり先輩の元へ駆け寄った

「基地に入れる所も見ていていいですか」
「物好きだなぁ!お前も。入れ終えたら点検もするが様子見ていくか?」
「はい!あ、でも服…」
「一張羅汚すのは可哀相だな。男物Sならギリいけるか?」
「靴と作業服でしたら此方にございます」

ひょいっとノボリが会話に参加する
その手には作業服や安全靴が2組ずつあった
驚くキロを余所に、ノボリは自分も点検の様子を見たいと志願した

「サブウェイマスターさんのお願いとあらば。でも食事会とかは良いんですか?」
「遅れて参加致します」

食事ならいつでもできますし、というノボリの言葉に作業員は笑う
車両基地内に通され走行を終えたトレインが定位置に戻るのを見つめた
キロの目には役目を終えた車両がどこか疲れているように映った
作業服に着替えて点検の様子を傍らで見守る

「やっぱガタきてるなぁー」
「おーい、こっち取れそうだぞ」
「あれキロじゃーん。シート座った?尻痛くなかった?」

がやがやと作業員にキロが囲まれる
恐らくシートについて聞いた者が尻を触ったらしく、冷たい言葉と平手打ちがとある男にかまされていた
和気藹々と点検する最中、キロはぽつりと呟く
傍で聞いていたノボリと案内をしてくれた作業員は目を見開き、暫くして小さく頷いた

「沢山走ってきたからな」
「ええ、あれだけお年を召した方々がお喜びなるぐらいですからね」
「俺なんかよりずーっと年上なんだろうな」

2人の会話を聞いた周囲もトレインを眺め、それぞれの想いや考えを口にする
最後に纏めたのはやはり彼女の、キロの静かな一言だった

「お休みなさい。今まで有難う御座いました」

示し合わせたかのようにその場に居た全員が、小豆色の車両に向かって頭を下げた
無理をしてまで走ってくれた感謝とそれまで積み重ねてきた歴史に尊敬の念を抱いて、深く、静かに1つの節目が行われた








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