何でも1人でしてきたと言えば嘘になる
両親やポケモン、周囲の人々に助けてもらいながら生きてきた
ただそれもホウエンにいる間の話

親しい友人はいない
助けてくれる両親もいない
弱いところを見せればポケモンにも伝わってしまう

つよく、つよく、だれよりもつよく

小さなプライドは年を重ねるごとに膨れ上がった
それは今も確実に、彼女の心に巣食っている



「………ッ、キロッ!」

大勢の人の顔が眼前に広がる
救急隊員と思しき人物が指を3本立てて見えているか認識できているか尋ねてきた
か細い声で答えると安堵の息を吐く

「意識ははっきりされていますね」
「よかった…!」

周囲からも口々に良かった、大丈夫だったと声がする
担架に寝そべる自分の体を確認する
動くと背中が酷く痛んだ
今にも泣きそうな、もしかすると1度泣いて拭ったかもしれないクダリの表情が映る

「キロ…ほんと、よかった…」

右手をとって額に付けたまま何度も繰り返す
暫くそれを見ていたキロは、ふと隣にあるべき姿が見えないことに気付いた
囲む群衆の中にも、寄り添う救急隊員の中にも、ノボリがいない

「…のぼ、り、さんは」

ぴたっとクダリの独り言が止まる
そして徐に手を離し眉尻を下げた
彼女の額を撫でて、耳元で囁く

「あのね、…ぼくは君がぶじで、うれしい。だから、ぼくは…ぼくはおこってないよ」

その言葉の意味を理解するのに数秒もかからなかった
全ての荷物を片付け、水着から普段着に戻ったノボリが現れた
表情は硬く、重く、誰が見ても怒っていた

「わたくしは先に帰ります」

手短にそれだけ告げると自分の荷物だけを手にアーケオスを呼ぶ
念の為病院に搬送しようとする救急隊員を押し退け、キロはそのシャツの背を掴んだ
振り返ったノボリは銀灰色の瞳を冷たく細め音を立てて手を払い除ける

「ノボリさ、」
「おひとりで頑張ってくださいまし。それでは」

戸惑うアーケオスに発破をかけ飛び去っていく
ぺたり、とキロはその場にへたり込んだ
一体何が原因で彼を怒らせたのか、皆目検討がつかない
振り払われた手の甲の痛みが目にまで及び、涙になった

「キロ、病院いこう」

優しく語りかけるクダリの言葉すら痛かった
彼はノボリが何故怒っているか知っている
それでも自分に教えてくれる素振りは見受けられない
むしろノボリが怒った理由を納得したうえで、傍らに居てくれるようだった



「骨折はしていませんね。腫れも数日すれば引きますよ」

診断結果はそう大した物ではなかった
大事をとって今日1日は病院で休むよう医者に告げられる
空いているからと個室に通された
ベッドに寝転び白い天井をキロが眺めている間、クダリは着替えなどの準備をしていた

「……クダリさん」
「なあに」

いつもと同じ屈託のない笑顔
掛け布団を顔の半分まで引き寄せる

「アーケオス、貸したんですね」
「うん。トロピウスもメタグロスも、ぼく達のじゃないから」

遠回しに尋ねると遠回しに返ってきた
2人の中にキロはまだ入りきっていない
そう感じさせる言い回しをクダリは敢えて選んだ
彼が含んだモノに聡い彼女はすぐ気付いたらしく、普段より震えた声で「そうですか」と呟いた

クダリは、自分自身が驚くほど冷静でいた
先に浜辺に戻った人達の騒ぎを聞いて、ノボリとクダリはライフセーバーの人間と共に海へ飛び出した
途中ミロカロスに出会い現場へ行くと既にキロが何度も打ち据えられている最中だった

キロ自身はここで意識が途切れている
しかし2人ははっきりと聞いていた

『来ないで。何とかしますから』

無意識の産物
言葉よりも手荒くやられるキロにクダリは青褪めていた
それとは反対に、彼女の言葉によって、ノボリはぷちんと切れた
無言のうちにシャンデラを出し的確に触手の主であるドククラゲへとサイコキネシスを当てる
主人と同じでシャンデラも怒っているようだった

『わたくし帰ります』

キロを救急隊員に引き渡した後ノボリはそう言った
驚きも不満も感じないまま頷く
怒る理由は尤もで、同時にノボリにとって珍しいものでもあった

「あのね、キロ」

ベッドの傍に椅子を置いて腰掛ける
クダリが布団の上からキロの手に触れると体が揺れた
伏せられていた蒼い瞳がぽろぽろと滴を溢しながらクダリを見る

「君がたすけた人、とっても感謝してた。えらいね、いいこ、いいこ。キロ、がんばりやさんだもん。優しいし、困ってる人とかみたら、すぐたすけちゃうよね。ぼくはそういうとこも、すきだよ」

大きなてのひらが薄紫色の髪を撫でる
その心地良さに閉じかけていた瞳が、はっと見開かれた
止まりかけていた涙がまた流れる

「…ごめんなさい」
「うん」
「心配、かけて、」
「…うん。だいじょうぶ、ぼくはおこってない」

1人で背負う癖がある
大切なポケモンが死んでしまった時も、変質者に付き纏われた時も
誰かに頼るという思考が上手く出てこない
それは甘えとは全く別物であるにも関わらず、彼女の中にあまり存在しない

ノボリはそれが、それだけが唯一キロの嫌いなところだった
少なくとも彼女よりは人生を長く生きてきた
私生活でも仕事場でも頼られて過ごしている
そんな彼だからこそ、キロにも頼って欲しかった

我儘なことは百も承知で
キロが変質者に襲われかけた時、1番気にしていたのはノボリだった
運良く間に合ったから良かったものの1歩間違えれば取り返しのつかない事態に陥っていた
もっと日頃からきちんと気を配っていれば
事件が終わった後も時々そう呟いては悔やんでいた

だからこそ、キロの言葉に傷付いた

それほどまで自分は頼りない人間だろうか
彼女にとって、自分はまだ受け入れるに値しないのか

複雑な感情が絡まりあい、結果ノボリは怒るという感情に落ち着いた
頼ってもらえなかったことが哀しくて悔しくてだから怒った
などと兄が口が裂けても言えないことをクダリは理解している
そしてキロが今までの経歴から、簡単に人を頼れないことも理解している

「私、帰って謝らなきゃ…」
「キロがそう思うなら、そうしたらいいよ。でも今日はゆっくりねんねしよ。とってもがんばったから」

起き上がろうとするキロをベッドに押し戻す
自分の寝床を用意しようと立ち上がったクダリの腕をキロが弱々しく引っ張った

「なあに」
「…いっしょにねてください」

泣きながら告げる彼女はまるで幼子のようだった
アルバムで見た小さい頃のキロを思い出してクダリは笑う
1人用のベッドに2人、それも背の高いクダリが入ると手狭だったが、そんなことお構い無しにキロはくっ付いてきた
体を縮こまらせて肩を震わしながら寄り添う彼女の髪を撫でる

「――キロ、寝ちゃった?」

5分もしないうちに規則正しい寝息が響く
顔にかかった髪をどけると涙の跡を残しながら眠っていた
額に口付け痛むだろう背に触れないよう抱き締める

「…ぼくもノボリも、お互いがいればよかったんだ。なのに…君はほんとに大事なんだよ。ぼく達がんばるから、キロもゆっくりでいいから、たくさん頼っていっぱい甘えて、守らせて。…あいしてる」

届かない言葉を口にしてそのくすぐったさに1人笑った
寝息につられてクダリも消灯の時間が来るより前に目を閉じた








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