「あれ。デンチュラ、キロは?」
「チュギラァ…」

大きな瞳を哀しそうに揺らす
慌てて観客席のほうを見に行くも姿は見つからない
それどころか目敏い女性客に見つかって話しかけられてしまった

「良かったら夕飯とかどうですか?」
「あっあのね、人さがしてる。このぐらいの背で紫髪の蒼い瞳の女の子。見つけたらおしえて!」

適当に話を流して砂浜を走る
パラソルを立てていた位置は綺麗に片付けられ、その付近にも見当たらない
デンチュラを抱えたノボリが後を追いかけてきた

「先に更衣室に行かれたのでは?」
「…そんな時間じゃ、ない」

まだ日は高く、むしろ海で遊ぶにはこれからが1番良い
人混みを避けたとも考えられなくはないがそれなら一声かけるはず
しょげ返るクダリの眼前にチリーンがメモ用紙を手に現れた

「チリーン!キロどこ!」
「おや何か書いてますね」

シンプルな白のメモ用紙にボールペンで走り書きがされていた
見慣れた彼女の文字が、少し1人でいたいこと、夕暮れまでには合流することを伝える
その言葉の通りキロはビーチから少し離れた海で泳いでいた

肺の奥まで深く息を吸い込み止めて潜る
太陽に輝く海も潜っていくとどんどんと濃くなる
水色の海よりも青の海の方がキロは好きだった
その中で瞳を閉じゆらゆら漂うと何も考えないで済んだ
息継ぎの旅に海面に顔を出すとカイナのビーチは徐々に遠くなっていった

「――…」

何をもって自分がこんな行動にでたのかよくわからない
ただ今は2人の傍にいたり、頼ったりしたくなかった

「でねー」
「あはは、ないって」
「おいあっち行ってみようぜ」

男女数名が浮き輪などを手に遠くまで来た
カイナは小さなビーチが所々に点在する
それでも目指しているのだろうかとキロが目を向けた瞬間、視界から1人の女性が消えた
気付いた男性が声をかけようとするも彼もまた海に沈んでいく
咄嗟にキロは水中に潜り目を光らせた

苦しむ男女の足には触手が這っている
その先は赤く不気味に光っていた

メノクラゲの集団

キロがそう気付くのに時間はかからなかった
すぐさま海上に顔を出し、まだ混乱している彼らの男性の1人に声をかける

「すぐ砂浜に戻ってください。メノクラゲの集団です!早く!」

悲鳴があがり逃げていくのを横目に再び潜る
水中で指を丸め口に咥えありったけの息を吐く
細やかな振動を察知したミロカロスがやってくるまで、海面と水中を行き来しながら足に絡まる触手を離そうとする

絡みつくそれはなかなか引き離せない
このままでは溺れて死んでしまう
水面で息を大きく吸い込むと、もうぐったりとし始めた女性に口付けゆっくり吹き込んでいく
無いよりはマシだと考え次は男性へと顔を向けた瞬間傍を優雅な鱗が過ぎる

「クオオオオォォォォウゥゥゥッ!」

けたたましく響く鳴き声にメノクラゲ達が怯んだ
まだ余力のあった男性はその隙をついて自力で脱出する
ミロカロスの長い背に乗りキロは女性を引きずり込むメノクラゲを指差した
赤ともピンクともとれる目元を2回撫でる
息継ぎの為キロが背を蹴って海面に向かったと同時に冷凍ビームが放たれる

「…しっかりしてください!」

浮かび上がってきた体に近寄る
背後から支え声をかけると、小さな唸り声が聞こえた
水を飲み込んでしまったようだが意識はある
メノクラゲ達を蹴散らしたミロカロスが水面に顔を出した

「ありがとう。この人を岸辺まで運んで」

自分が運ぶよりよっぽど速い
落ちないように女性を乗せるとミロカロスは一声鳴いて進みだす
後を追いかけようとキロも足を動かした

「きゃ、…ッ!?」

息を吸い込む間も無く再び海中深くに戻される
右足には無数に絡まる触手
ぞくっと背筋に悪寒が走った時には彼女の周囲を覆う形で触手の壁が出来上がっていた
頭上でミロカロスの鳴き声が聞こえるが返答のしようがない

一旦引いたと思われるメノクラゲ達がボスであるドククラゲを連れて戻ってきたのだ
ただ触手を絡めるだけではなく、足に圧力をかけてくる

「っ、ぐ…」

大きな波が立った時に押し寄せる感覚が水中にも伝わる
恐らくミロカロスが急いで女性を岸辺に連れて行っているのだろう
そこまで向かって此処に帰ってくるまで、速くて2分はかかる
既に酸欠でぼんやりし始めた頭を必死に回す

メノクラゲの触手ですら水中で引き剥がすことは不可能だった
80本も持つドククラゲでは絶望的だ
キロは咄嗟に触手を掴みそこに思いっきり爪を立てた

「ブオオオォォォォン!」

数本の触手がキロの腹まで捕らえそのまま海上へ持ち上げる
赤い珠が光り海面から3mほどまで上げられると勢いよく振り下ろされた
水飛沫が大きくあがり背中から落とされる

「が、ぁ…ッ!」

よほど怒っているのか間髪入れずにもう1度落とされた
骨が軋むような音が聞こえる
痛みに無意識の声が漏れ、海水に紛れて涙が出た
3度空中に上げられるもその頃にはキロの四肢はぐったりと放り出されていた

「キロ!」

霞む意識の中名前が呼ばれる
薄く開いた視界にミロカロスや水上バイクが映った

「――…こない、で」



わたしだって、ひとりで



再び痛みを感じる前に彼女の思考は深く沈んだ








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -