「キロ!」
「いたっ」

ぽこん、と可愛い音と共に頭にビーチボールがぶつかる
投げたであろうクダリが笑顔で手を振る
自分の近くを漂うボールを取ると精一杯の力で投げ返した

「上手。あのね、見て」

人が寝れるほどの大きさのマットにデンチュラが乗ってうろうろ動き回っている
なかなか見る機会の無い海に興味があるのか、前足をちゃぷちゃぷ海水につけては濡れた毛をクダリに見せにくる
念の為流されないようマットには取っ手があり紐はしっかり持たれていた

「危ないですよ。引っくり返ったら泳げないんですから」
「現に先程溺れておりましたよ。クダリの後をついていったものですから」

弟から奪った浮き輪をビート板代わりにしてノボリが波に揺られる
チリーンと共に留守番させるつもりが、あまりに楽しそうな主人の声に反応して入ってしまいすぐ足がつかなくなったようだ
持ち主に似ている面を見せるデンチュラにキロが顔を寄せる
濡れた両前足がぺたりと頬に引っ付いた

「…こまったさん」
「チュギラッ」

そのまま額にキロが口付けると嬉しそうに鳴いて足が頬をくすぐる
ハートマークでも飛びそうなほどいちゃつく1人と1匹を見てクダリが小さく頬を膨らませた
人間とは線引きをしっかりするくせに、ポケモンとは野生だろうと人の手持ちだろうとすぐ仲良くなってしまう

「凄い顔してますけど」

寂しいような哀しいような嬉しいような複雑な感情がクダリの顔にありありと出ていた
慣れているデンチュラはキロから主人に移動して前足を寄り添わせる
一方で彼女は視線を少し流しただけでまた水中に潜った
そして今度は波に揺られうとうとし始めているノボリの傍に顔を出す

「寝たら危ないですよ」
「――…ああ、いえ…すみません、つい気持ちよくて…」

上半身を浮き輪に預け目を閉じかけていたノボリが頭を振る
眠気覚ましがてら何か飲み物を買ってくると言って岸に上がる
やや足取りが覚束ないものの、水中で寝られるよりはマシだと見送る
しかし10分経っても帰ってこずキロとクダリが顔を見合わせる

「おそい」
「迷子になる距離でもないですし…見に行きましょう」

ミロカロスを呼んでデンチュラとチリーン3匹パラソルの下に寄り添わせ砂浜を歩く
ビーチ内に自動販売機は無い為、そこかしこに並ぶ海の家を1軒1軒訪ねる
3軒目を覗き出て来た所で男の喜ぶ声が聞こえた

「ああ―――!本当にいらした―――!!」
「へ、うわぁっ!」

小太り気味な男性がクダリ目掛けて突進する
不意のことで支えきれず諸共砂浜に倒れこんだ
クダリの腹に乗っかり両手を持ってひたすら喜び謝る男性にキロが尋ねる

「すみません、どうかされたんですか」
「どうもこうもありませんよ!いや本当に助かりました。ステージは此方ですので!!」
「おもい。ステージって何?ぼくそんなの行かない」

妙にリアクションの大きい男性と突撃されて不機嫌なクダリでは会話が進まない
キロが無理に割り込み問いただしたところ、ビーチ中央にあるステージを指差された

「本日水着美女コンテストをしておりまして!景品に賞金3万円とバーベキューセット、それからイケメンからのハグキスを予定しておりまして!」
「いやな予感しかしないからぼくパス」
「そう言わずに!!本当はミクリさんがいらしてくださる予定だったのですが、ルネシティで何やらトラブルがあったそうで……しかしどこを探しても万人が納得するイケメンが居らず、頭を抱えておりましたところ遠い地方でご活躍されているサブウェイマスターのお2人がいらしていると聞きまして探していたのです!!!」

聞けば聞くほどクダリの機嫌が悪くなっていく
ひとまず男性を退けて笑顔の消えたクダリを宥める

「…ごめんなさい。私達休暇で来ているので、仕事は…」
「そこをどうか!人助けだと思って!!」
「やだ。ぼくはキロとノボリと遊ぶために来たの!むこうお休み無いの!知ってる?てつどういん24時間体制で、バトルもするし、おきゃくさまの安全運転もぜったい。長いお休みなんて何年ぶりか!」
「クダリさん痛いです」

キロをしっかり抱き締めたまま反論する
ただでさえノボリが見つからず虫の居所が悪い彼にお願いなんて無謀にも程がある
優秀な部下達ならばその辺りを見極めるが、初対面の男性にはさすがに分からない
暫くの間必死に頼み込む男性の後ろからノボリが現れた

「クダリ、何を怒っているのですか」
「!聞いてノボリあのね!」
「コンテストの件なら伺いましたよ」

どうもこの男性に捕まっていた為遅くなったようだ
妙に冷静なノボリに触発されクダリも少し大人しくなる
それでもイエスと言う気にはなれず首を横に振った

「100歩ゆずって出るだけならいいよ。でもハグもキスもやだ」
「しかしそれでは…!」
「わたくし達大切な方がいますので」

そう告げると2人して同時にキロの頬に口付ける
ここでようやく男性の視線が彼女へと移り変わった
単体で見ればそれなりの見た目
だが長身で外国のような顔立ちの2人と並ぶと幼さが残る

「…ハグぐらいならいいんじゃないですか」

途中から傍観していたキロが口を開く
渋り続けるクダリの口角に唇が寄せられすぐに離れた
あまりに珍しい出来事に不機嫌さは一気に飛んで代わりにハートマークを撒き散らす
何故か自分にもとせがむノボリの口角にもキスされた

「それでいいなら2人共出ますよ」
「も…勿論です!ハグだけで結構ですしお礼も出しますので!!」
「ぼくもう充分おれいもらったー」
「引き受けてみるものですね」

上機嫌な双子を一瞥してからキロは踵を返した
必要なのは2人であって自分ではないし、置いてきた荷物やポケモンが心配だ
それをこの兄弟が見過ごすはずはなく、すぐに腕を掴まれた

「キロも出て!」
「嫌です」

自ら晒し者になる気は全くない
彼女は誰よりも自分のことを客観的に見れる
悪くはない。ということもきちんと自覚している
但しイッシュに来てからというもの根本的に足の長さや顔の大きさが違う人種がいることに充分打ちのめされた
そしてそういった人々はイッシュに限らず他の地方にも存在しているということも知っている

「観客席にはいますから」

それだけ言うと腕を振り払って歩いていく
大人しく主人達の帰りを待っていた3匹に近付くと、少しの間パラソルの下で休む
ほんの少し憂鬱な感情を振り払って片付けを始める

「ミロカロス持ってくれる?デンチュラはこっち。チリーンは大丈夫、見張りありがと」

パラソルをミロカロスに、衣服の入った袋をデンチュラに持たせ自分はボートと浮き輪を持つ
海で遊んでいた人達がぞろぞろとステージがある方へ集まっていく
流れに逆らわず行くと先程の男性が司会者として立っていた
同じくステージに上がっているクダリを見つけてデンチュラが嬉しそうに鳴く

「ごめんね、後で会わせるから…」

人の声に紛れて鳴き声は届いていないらしくクダリは此方を見ない
向こうで用意されたと思われる白と黒のパーカーを着ていた
やや面倒くさそうな表情をする弟の背を兄が軽く小突いている

『今日の審査員にはイッシュ地方でサブウェイマスターを務めていらっしゃるお2人にも来ていただきました!!』

クダリが愛想笑いを浮かべノボリが頭を下げると同時に、ステージの後ろに張ってあるスクリーンに動画が流れた
以前バトルサブウェイの宣伝用に作られたバトル動画なのだが、今よりも少し若い
存在は知っていたものの2人が頑なに見せてくれないので初めて見るキロは小さく感嘆の声をあげた








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