「クオオオオオゥ…」
「…こら、勝手に出てきちゃって」
「あなたは温泉より水のほうが良いでしょうね」

バッグの中のボールから出てきたミロカロスがキロに擦り寄る
その尾にあるうろこが太陽の光に反射してきらきらと虹色に輝いた
優雅に甘えてくるミロカロスを宥めながら、クダリの行った海の家に向かって歩き出す
古びたのれんを潜ると畳みの大部屋が広がる
クダリは右端の方で既にいちご味のカキ氷を食していた

「いつ着替えたんですか」
「さっき。暑くてムリ!水着かっちゃった」

白いパーカー、ラブカス柄の水色の水着、黄色のビーチサンダル
とても20代後半の男性が着るものではなかったが違和感無くクダリは着こなしている
ぼんやりキロが脳内でクダリにピンクの浮き輪を被せていると、その間にノボリは至極真面目な顔で彼女の体に水着を当てていた

「…派手なのは嫌です」
「ではシンプルに紺のスク水で」
「歳考えてください」

一瞬でも入る可能性を示唆させた体型が憎い
実際のところ背も体付きも所謂幼児体型ではないが、顔付きの所為で10代半ばに見られることは多い
彼女の中に残っている女性としてのプライドが刺激されたのかキロは店にある水着で1番露出の高いものを指差した

「すみません、これください」

自費で水着を買うキロの後ろでノボリとクダリが密やかにガッツポーズをする
伊達に一癖も二癖もあるギアステ職員を長年束ねていない
キロと出会って数ヶ月が経ち、少しずつ彼女への対応が攻略され始めている
もっとも、そんな攻略法を無視して好感度を跳ね上げているのが先輩整備士面々であるのだが、喜ぶ2人は当然知りもしない

「ノボリも水着買えば?」
「はあ…あなたと違ってアラサーのみっともない腹を見せるのは気が引けますね」
「肉つまむのやめて。おじさん、これちょーだい」
「待ちなさい。明らか嫌がらせでしょう」

適当にペリッパーの影姿があしらわれた黒の水着が会計されていく横の更衣室で、キロは買ったばかりの水着を広げて眺める
後ろでガッツポーズされて気付かないほど馬鹿ではない
だがそこで買うのをやめるには傷付けられたプライドが大きすぎる

聞こえればいいと思いながら盛大に溜息を吐き衣服を脱いでいく
上を脱ぎきったところで、目の前にある鏡に視線がいった
ぷに、と腹の肉を摘まんでみるとぽてっとした体型が余計気になる
心中でダイエットを決意し着替え終えると扉を開けた

「おつかれ!荷物あずかってくれるって!」
「はあ…ありがとうございます」

ノボリも着替えに行ったのか姿が見当たらない
貴重品などを小さい鞄に入れ替えコインロッカーにしまう
一緒に取り出しておいたサーモンピンクのシュシュで髪を束ね上げポニーテールにした
途端、上機嫌でビーチボールやパラソルを物色していたクダリが動きを止める
自分のパーカーを脱いでキロの肩にかけた

「それ、着てて」
「…こんなのより良いのたくさんいますよ」
「ぼくとノボリが嫌」

キロの水着はミロカロスをモチーフに作られたもの
水色とピンクを基調に虹色に輝くうろこを表現しているが、トップは単純に前で結んでいるだけ
肩紐もなく下手すれば取れてしまう
幸いなことにボトムは同系色の水色で紐ではないタイプだが如何せん上が心許ない
クダリの表情や声色を酌んでか、大人しくパーカーを羽織った

「お待たせしました」

先程の水着に加え、やや明るいオレンジのパーカーを着て青いビーチサンダルを履いたノボリが戻ってきた
日頃黒や灰色など暗色ばかり身に纏うノボリの珍しい姿に、じっと見つめる
雰囲気こそ違うがこう並ぶと双子独特の類似感がありありと浮かぶ

「少し安心しました」
「何が?」
「どうかしましたか?」

問いには答えず貸し出されているパラソルを持って砂浜に出る
外で待っていたミロカロスが主人の姿を見て嬉しそうに寄り添い、持っていたパラソルを咥えて砂浜を動く
後を追いかける形で海の家とは対角線上にある場所を陣取った

「クオオオオゥ」
「いいよ、いってらっしゃい」

頬に一擦りしてミロカロスが海へと飛び込む
大きな水飛沫が上がって近くの子供達に降り注いだ
歓喜の声を聞きながら3人揃って念入りにストレッチをする
ふとキロが辺りを見渡すと、やたらと若い男女が多く目に入る

「…些か人が多いですね」

時期だからかと首を傾げるノボリにつられてキロも考え込む
カイナのビーチはホウエンでも屈指の砂浜だが、例年家族連れの方が多くやってくる
元々大半の人間は海に囲まれて暮らしている為夏だからといって来ることはそうそうない
若い人はカナズミやキンセツなどの大都市に行くか、キナギやヒマワキに宿泊する

「ま、いいんじゃない。わー海ー!」

ナマズンの浮き輪を持ってクダリが海へと駆けて行く
確かに考えても無駄だと判断してノボリも後に続いた
シートに投げられたパーカーを見て、キロはボールからチリーンを呼ぶ

「荷物番頼める?」
「チリィーン!」
「ありがとう」

危なくなったら鳴いて知らせると約束してキロもパーカーを脱ぎ海へ入る
腰元まで浸かると息を大きく吸い込み潜った
ちょうど水中へやってきたキャモメが悠々と泳ぎ再び空へと戻っていく
人が多くポケモン達はどこか遠くにいるのか見当たらない
それでもいつもいるはずの姿が見えず、海面にあがっても遠くその先を見つめる

「気のせい…だといいんだけど」

地元トクサネですら変わった部分はある
子供の時に数回訪れただけだが、今日のカイナの海は記憶より僅かに尖って見えた
上空にある太陽が焼け付くような日差しを送ってくる
青く澄んでいた海も空もどこか別の世界の話のようだ








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