ダイゴが昔話をすればノボリとクダリは今の話を伝える
整備士になったと聞いて彼は驚いた

「意外な職業に就いたね。どうして?」

ほんの一瞬、彼女の動きが鈍くなった
瞳を伏せ考え込んでから口を開く

「私が疲れてトレインで寝過ごした時、サザナミタウンという町に着いたんです」

折りしもその日はバクフーンをポケモンセンターに連れていった翌日
彼の命のカウントダウンが始まっていた時
ショックで電車内に1人呆然と乗っていたキロはいつしか眠り、終点まで行ってしまった
駅員に起こされ降りた先に広がっていたのは、太陽の光を浴びて輝く海
此処トクサネとよく似たそれを見て思わず泣き崩れた

「すごく海が綺麗で、もっと色んな所を見たいと思って」

帰りたい。あの日に帰ってしまいたい
そう叶わぬ願いを想い泣き続けるキロの傍にバクフーンやサーナイト達が寄り添う
慰めてくれる姿に自分こそがそうあらねばならないことを思い出し、スクールを辞めて息を引き取るまでトレインに乗ってイッシュ中を見て回った

電気を放ち続ける洞穴にも、人と森が交錯する町にも
見上げるほど高いビルの街並みや夏でも寒い冷蔵コンテナ
砂嵐が吹き荒れる場所、下を電車が駆け抜ける橋、倉庫にあるカフェ

「私を運んでくれたトレインに恩返しがしたくて整備士になりました」

最期の時を輝かせてくれた彼らに最大級の感謝をこめて
自分にある残りの生涯をトレインに捧げようと決めた
あの日運んでくれた小さな奇跡を、自分が整備した電車が他の誰かにも魅せてくれるなら
それほど嬉しいことはないとキロは思う
微笑む彼女を見てダイゴは優しい笑みを浮かべた

「それなら頑張ってる可愛い妹にコレをあげるよ」
「フエンの温泉チケットですか」
「期限が近いんだけど僕は行けないから。ちょうど3枚あるし近年では珍しい混浴だし」
「キロ今すぐ行こうすぐ行こう!」
「さあっトロピウス参りましょう!」
「なんてこと言ってくれたんですか」

混浴に浮かれた2人に視線は向けずキロはダイゴに文句を言う
失言だったと謝るダイゴはお詫びにモンスターボールを1つ取り出し庭へと投げた
メタグロスが堂々と現れる

「トロピウスだけじゃ疲れた時飛べないだろうから、彼を使うといいよ」

キロの手持ちに空を飛べるポケモンはいない
クダリが持っているアーケオスでは精々2人が限度
礼を述べてメタグロスのボールを受け取った
意気揚々と温泉に行く準備を始めた双子にキロは呆れながらも自分の着替えを纏める

「楽しんでおいで」

トロピウスに乗り込む前にキロの頭をくしゃりとダイゴが撫でる
朧気な記憶の中同じことを昔もよくされていた

「日帰りが無理だったら連絡をおくれ。そしたら僕が此処を見てるよ」
「うん、ありがとう。行ってきます」
「気をつけて!」

トロピウスが勇ましく鳴き背中の葉っぱが大きく羽ばたく
3人を乗せてふわりと空へ舞い上がり進む
手を上げて見送るダイゴがどんどん小さくなっていき、眼前にホウエンの海と緑豊かな陸が広がった
空から見る機会の少なかったキロが子供のようにはしゃいだ声をあげた

「イッシュも空から見ればまた違うのでしょうね」
「今度アーケオスで飛んでみる?」

ぐんぐんとミナモの街並みが近付いてくる
キロは背からトロピウスに指示を出し、キンセツ方面からフエンタウンへと向かう
ガイドブックを見ていたノボリがそれに首を傾げた

「古代塚や砂漠遺跡を突っ切れば宜しいのでは?」
「砂嵐が酷くてトロピウスじゃ無理です。フライゴンかネンドールのような耐えれる子に乗って、且つ私達も道具がないと通れなくて…」
「ボオッオォォゥ…」

砂嵐と聞いてトロピウスも嫌そうに鳴いた
彼女の説明で納得したノボリはまたガイドブックに目を落とす
やることがないクダリは空からの街並みと雲を交互に見比べていた
白い雲が1つ高速で過ぎ去っていく
気付いた時にはもう穏やかな空へ戻っていた

「あれ…?」
「降ります。しっかり掴まっててください」
「わっ」

葉を動かす速度を落として緩やかに降りていく
小さな町フエンタウンにトロピウスは無事着陸した
温泉に訪れる客が多く皆浴衣に身を包んでいる
トロピウスをボールに戻して一行はポケモンセンターへ向かった
平日の昼間だが癒されたい人が整理番号札を貰っている

「いらっしゃいませ!わっ、若い人なんて珍しいですね!」

温泉への入り口で赤い髪を揺らしながら女の子が出迎える
確かに周囲は老人が多く、20代の訪問客は少ない
キロを見つけて喜ぶ彼女を見て近くにいたお爺さんが笑った

「アスナちゃんや。もう気張らんでええのかぇ?」
「その話はよして!あたしはあたしらしく生きるって決めたんだから。ああっ、えっとお客さん達は3人ですよね?」
「はい。しかしご盛況のようで…」
「えへへーガイドブックに載ったら足を運んでもらえるようになって」
「ああ、此方のですか」

ノボリが持っていたガイドブックを見てアスナは頷く
彼女が動くたびに赤髪が綺麗に揺らめいた
そして活発そうな唇が弧を描き、掌で口元を隠してこそこそと3人に話をもちかけた

「実は今フエンタウン活性化でとあるキャンペーンをしていまして」
「はあ」
「温泉と聞くとご年配の方ばかり来て、若い人がなかなか足を運んでくれないんです。勿論きてくれるだけ有難いんですが、ジムリーダーのあたしとしてはもっと沢山のトレーナーに来てほしくて…そこで考えたのが此方!恋人と一緒に入れる個別温泉!あたしとバトルした後は心行くまで温まって、くんずほぐれつ、是非ともフエンで1泊してまた来てほしいと!」
「予約はできますでしょうか?」
「入れるなら今日此処泊まる」
「…何を勝手に「ありがとうございまーす!」

両手をあげてアスナが喜びすぐさま予約の紙を差し出す
邪魔をしてくるキロをクダリが押さえ、その隙にノボリが丁寧な字で申し込んだ
料金は少々高くつくが通常の温泉より早く順番は回ってくるし人目を気にせずゆっくりできる
専用の札を渡しアスナは元気よく去っていった

「最低です」
「他の方々が居られる場で混浴よりマシでしょう」
「露天風呂だけが混浴で、中は普通なんです」
「それじゃぼく達一緒に入れない」

入らなくていいというキロの意見は却下され、ポケモンセンター付近の茶屋で売られていたフエンせんべいを貪る
緑茶を啜りながらどうやって混浴を回避するかキロは考え込む
完全に温泉という名の混浴にひた走っている2人の興味を逸らすには、電車若しくはそれ相応の珍しい物が必要だ
ふと遠くに見える煙突山に目を向ける
山に向かって動くロープウェイを見つけてキロは立ち上がった

「時間ありますし、煙突山に行きませんか」

イッシュにはないロープウェイならば少しは興味を抱いてくれる
そんな彼女の考えとは反対に、クダリは5枚目のフエンせんべいを食べながら面倒くさそうに首を横に振った

「フエンから煙突山行くの大変」
「1度段差を降りてロープウェイで上がり、そこからデコボコ山道を経由…少々時間がかかりすぎますね。うっかり順番を飛ばされてしまっては困ります」
「此処でのんびり待つのが1番!」

フエンタウンのページを見ながらノボリが尤もな意見を述べた
せんべいが気に入ったのかクダリも動く様子が見られない
此方の魂胆を読んでいるかのような返答にキロは頭を抱えた
店先で緑茶を飲むノボリ達を通りかかった老人が不思議そうに眺める

「お前さん達旅行者かい?」
「ええ」
「よく此処まで来たねぇ」

顔立ちが整い足も長い2人が似合わない緑茶やせんべいを食べていればいつもより人目を引く
1人の老婆が話しかけたのを皮切りに、他の老人や近所に住む子供までもが取り囲んだ
巻き込まれたくないと速やかに離れたキロの傍で女子高生達が双子を指差し騒いでいる
かっこいいとはしゃぐ女の子につられてぼーっと客観的に眺めた

「かっこいい、か…」

彼らの容姿が優れていることは理解している
ただそれだけで大喜びできるほどテンションは高くない
幼い頃からダイゴという美形に慣れすぎた所為も少なからずあった
暗闇の中手を繋いで帰る光景を思い出す

左手はラルトスと繋ぐ
右手は隣に並ぶ彼と繋ぐ
彼の右手は誰とも繋がれず、隣をふよふよと何かが漂う
自分の傍にも同じ何かが漂って闇夜で笑う
その声に驚けば"だいじょうぶだよ"と手を握る力が強くなった

「――…」

先に進み出て振り返った顔は自分と同じ高さにある
そこで暗闇に飲み込まれたかのように記憶は途切れて思い出せない

「…ダイゴお兄ちゃんじゃない」

彼は自分より年上なのだから
いくら子供時代とはいえそれなりに差はあるはず
首を傾げるキロの両肩に背後から手が置かれた








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