俯く彼女の顎を持ち無理に上を向かせる
戸惑いと悲哀と後悔が渦巻く瞳にそっと口付けた

「心配要りません。扱いには慣れております」

僅かに微笑みそう告げるとクダリの後を追う
長年一緒にいる弟が行きそうな場所などすぐ分かる
玄関で靴を履き庭の外周をまわってその先、あさせの洞穴が見える浜辺でクダリは膝を抱え顔を隠し蹲っていた
砂を踏む足音で分かったのか近くに寄れば低い声が帰れと紡ぐ

「まったく…いつまで拗ねているのですか」
「…」
「気持ちは分からなくもありませんが」

隣にノボリも座って海を眺める
キャモメの鳴き声が潮風に乗って流れる

「ぼくキロのこと本気、すっごく本気」
「わたくしもです」
「別に結婚とかいい。でもキロはぼくとノボリのだって言いたい。居なくなったら、怖い」

怖い。という言葉にノボリは心中で同意した
彼女を例えるなら今眼前に広がる海を形成している水
ほんの僅かな隙間に入り込んで浸透する
その癖本人は何事も受け入れているようで拒絶し、最後には乾いて消えていく
無理に入り込んだそれはぽつんと取り残される

彼女に満たされつつある心が干からびた時
一体自分達はどうなってしまうのか
今までのように2人いれば構わない世界が訪れるとは到底思えなかった

「もっと好きって言いたい。ぎゅってしたいし、キスもしたいし、…できるならセックスもしたい。でもキロが嫌ならしない。しないけどそれなら何かが欲しい。じゃないとぼく涸れちゃいそう」

キロが太陽のように明るい女の子だったならば
万人に慕われていても仕方ないと諦めれる
そうじゃないからこそ、手の中に閉じ込めておきたい衝動に駆られる
人目に触れさせれば誰かの心に入り込んでしまうのだから
自分達以外をその心地良い色に染めてほしくない

「ですがわたくし達は彼女より5つも年上です」
「…うん」
「パーティーの時群がる女性に数歩離れて適切な対応をしておりましたでしょう。見習わなければなりません」
「わかってる。キロ悪くない、ぼくが我儘すぎるだけ…」
「1人で謝れますか?」

頷くクダリの腕を引っ張り一緒に立ち上がる
砂浜を歩いて家に戻ろうとし足を止めた
そこには裸足のままのキロが立っていた
海から吹き込む風が薄紫の髪を揺らし、隙間から覗く表情は少女のように見えた

「あのねキロ…っ」

謝ろうと叫ぶクダリ目掛けてキロが走る
砂が蹴り上げられ2人の腕を取り無言で足を速める
行く先には青い海が広がっていた

「お、お待ちくださいま…!」

波打ち際まで一切此方を見なかった彼女が振り返る
蒼い瞳が綺麗に輝いてまるで宝石のようだと思った瞬間、キロは腕を持ったまま飛び込み、3人揃って押し寄せる波に飲み込まれた
逸早く海面から顔出したのはクダリだった
息を吸い込む間もなかった為少量の海水を飲んでしまい咳き込む
次にキロが現れ泳いで近寄りまた海へと引きずり込んだ

「ちょっんぐ」

冷たい水の中唇だけがあたたかい
それが塞がれているからだと気付くより早くキロは離れて浮上していく
びしょ濡れになった髪を撫でつけるノボリにも近寄った
察しのいい彼が息を吸い込もうとしたのを見計らってそれを邪魔するように口付ける
離れたと思えば顔面にパーカーが放られる
今朝のタンクトップ姿でキロはもう一度潜った
入れ違いにクダリが口許を押さえて上がってくる

「あれキロは、」

30mほど離れた場所からキロはホエルコと一緒に顔を出す
その背に乗り上がって2人を見る
水を吸った布地が身体に張り付いてラインを露わにする
顔や腕には髪が纏わりついていた

「……」

野生のホエルコを上手く誘導して傍にやってくる
小さく紡がれた2文字は波と一緒に押し寄せ届いた
顔色は変えずに、でも確かにキロは好きと言った

「もっ、もういっかい」
「…」
「是非もう1度」
「…2人が、好きです」

僅かな抑揚すら愛しく思える
冷め切った身体を温めるようにホエルコから降ろして2人はぎゅっと抱き締めた
海水と体温が交じり合って不思議な感覚に陥る

「でも付き合うとかは、できません」
「理由をお聞かせくださいまし」

ただ一言"できない"だけでは納得がいかない
何を理由に、何を根拠にできないと告げるのかが知りたい
少し身体を離してキロが顔を上げた

「クダリさんはできるならどちらも受け入れてと言いました」

ノボリが弟に目をやれば頷いた
その件に関してはノボリも咎める気はなく、むしろ同意する
キロがどちらかを選ぶならそれも残酷だが仕方のないこと
両方受け入れてもらえる努力が、或いは自分に惹きつけるほどの魅力が足りなかっただけ
哀しみはするだろうが怨むことはなく互いに祝福できる

「私は、怖いです」

彼女の前髪からぽたりと滴が落ちる
まるで涙のように水面に波紋を作り広がって消えた

「世間の目も、ずっと3人一緒にいれるかわからない未来も。今私を好きだと言ってくれる2人がどちらもいなくなってしまった時、私はきっと他の人じゃ満足できません」

淡々と述べているはずの声が僅かに震えた
自分達さえ良ければなんて考えも未来永劫続く約束はない
夢物語ばかり見てなんていられなかった
その瞳はいつだって現実を見つめ、生きてきたのだから

「…なんだ、よかった…」

クダリがぽつりと呟いた
そしてキロとノボリ両方を強く抱き締める

「それなら頑張る。キロの不安全部無くして、君がいいよって言うまで…言ったその後だって頑張る」

結局、抱えている気持ちは一緒
いなくなったらという"if"の概念は彼女だって持ち合わせている
自分達が不安になるのと同じ思考で生きている

「そんなの不確定じゃないですか」
「では約束は致しません。代わりに貴女様ごと守りましょう」

守り守られ、波に漂うようゆらゆらと
暫くの間大人しく抱き締められていたキロが一度瞳を閉じてキッと2人を睨みあげた
それは拒絶ではなく何かの決意を携えていた
これほどまでにゆっくりと、それでいて時が早く感じたことはない
彼女が発した言葉を飲み込みきれずノボリは思わず問い返した

「ですから、…触るぐらいならどうぞお好きに」
「え…っ?」

今度はクダリが問い返す声をあげる
3度言う気は無いようでそれっきりキロは口を噤んだ
唐突な発言を脳内で噛み砕いていく
意外にも先に理解したのはクダリの方だった
但し途端に顔を真っ赤にさせて、まだ悩む兄を放り出し海に潜る
その様子を見てから30秒後ノボリもわかってしまった

「あっ煽るのはほどほどに、」
「そういう女に見えているなら心外です」

いつぞや自分が告げたことをキロはこれ見よがしに返す
息が切れたのか遠くでクダリが顔を出し、また半分沈めてぶくぶくと泡を立てている
地下に籠りっぱなしで血色の悪い肌がまだ赤い
1人逃げ出した弟に倣ってノボリも逃げ出したかったが、此処で2人揃ってどこかへ行けばキロは金輪際この事を話題にしない気がする
葛藤の末ノボリは海水を掬って顔を洗った
塩水が目に入り予想外に痛くて小さく悲鳴をあげる

「何してるんですか。真水で洗い流さないとダメです」

呆れたキロが腕を引いて砂浜に設置されている水道に案内する
ノボリが顔を洗っている間、キロはもう一度海に戻りいつまでもあがってこないクダリに声をかけた
曖昧な返事だけが投げ返される
背中で彼女の声を聞きながらクダリは悶々と考え込んでいた

「それって、やっていいってこと、なのかな。触るだけ…?あれ、どこまでオッケー…?」

独り言を呟きながら泳ぎ続ける
着衣のまま入ったためどんどん水を吸って重くなっていく
さすがに危ないと思い岸に戻ってきた
海水を洗い出したノボリがそちらを見る
1人キロだけが平然としていて、帰ってシャワーを浴びようと促した








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