ノボリが目覚めると時計は9時を指していた
認識した途端脳が覚醒し布団から飛び起きてクローゼットからシャツを取り出そうとし、止まる
習慣とは怖いものだと溜息を吐いた
目の前にはクローゼットなど当然存在せず、大きな窓から朝日が差し込んでいた
階下に向かえばサーナイトがにこやかに朝の挨拶を告げる

「おはようございます。おや…」

リビングのテーブルには朝食と書置きが残されていた
既に仕事に行った両親からまだ眠る3人へあてられたもの
トクサネから出てどこかに遊びに行くならばこれを使いなさいとモンスターボールも添えられていた
メモとボールを交互に見比べているとキロが起きてくる

「お母様が何やら残していかれたのですが…!」
「…ああ、この子ですか」
「―――ッ!」

ボールを手に取り庭に向かう
その格好は薄いタンクトップ1枚に短いスパッツ
ブラの紐が見えないことにノボリは動揺して一瞬で距離を取った
風呂から上がってきた時はバスタオルを肩からかけていたため気付かなかった
イッシュでも自宅では半袖半ズボンのキロだが、暑いホウエンではこれが普通のようだ
キロは何も気に留めずボールを投げる

「ボオッオォォウ!!」
「トロピウス、久し、」

2mある高さから首が大きく降りてきてキロを掬い上げる
腹から持ち上げられ慌ててキロが首にしがみ付いた
愛情表現なのかそのままぶんぶんと左右にまるでジェットコースターのように振られている
制止の声をあげていたキロも途中から無言になり顔が青褪めていく
我に返ったノボリが急いでトロピウスを戻し落ちてきたキロを抱きとめた

「何とも無邪気なお方で…」
「すみません、少し、酔いました」

顔色が優れないままぐったりとノボリに凭れこむ
抱き締めておいて後悔する
3分ほど待っていると腕の中のキロが小さく身じろいだ
酔いが治ったのかいつもの表情、ではなく瞳が確実に焦りの色を表していた
キロが口を開こうとするとマッスグマがその身体に突撃をかました
当然ノボリも巻き添えを喰らい庭に押し倒される

「グマアァァァ!」
「痛い…退いて、ほら」

本来ならば急停止できるポケモンなのだがどうやらこのマッスグマは止まれないらしい
キロ達から降りてまた突っ走り、今度は池に盛大に落ちた
それをミロカロスが引っ張り上げるのを確認してキロは溜息を吐く
息を吐いた唇がぐっと塞がれた

「んっ、ふ…っぁ」

隙間から洩れた自分の声に耳を塞ぎたくなる
入り込んできた舌が絡んで息苦しい
池で遊ぶものとは違う水音が届いた

「目覚めるパワー」

2人の近くに屈み込んだクダリがその手にあるフライパンとおたまで派手な音を鳴らす
緩んだ隙にキロは離れて無言のまま室内へ走っていく
以前寝転がったままの兄を覗き込んでクダリは笑った

「へーんたーい」
「…返す言葉もございません」
「気持ちは分かるけど、我慢大事」

腕を引かれてノボリは起き上がる
のろのろとリビングに行き重たい空気のまま朝食をとる
キロの服装はいつの間にか半袖パーカーとショートパンツに切り替わっていた
母親が作った味噌汁を啜りながらテレビに目を向ける

『今回は此処ジョウトにあるエンジュシティに来ています!見てください見事な街並みです。ポケモンセンターやフレンドリィショップも屋根の色を変えております』
「あちらも綺麗ですね」
「エンジュの舞妓さんちょっと見たい」
「ポケモン勝負も強いと聞いてはおりますが」

紅葉にはまだ遠いが薄らと色づき始めた木々の中をニュースキャスターが歩いている
そしてジムの前で立ち止まり、門から出てきた人に声をかけた
紫のマフラーに同色のバンダナで押さえる金髪
カラン、とキロは思わず箸を落とし画面に見入る

「マツバ、くん」
「…キロ知り合い?」
「あ…祖父の実家がエンジュで、昔遊びに行っていた時に出会った男の子だと思うんですが」
「グオオゥ!」
「ゲンガーが反応するってことは同一人物なのかな。ジムリーダーになってたなんて知らなかった」

テレビの画面にゲンガーが張り付く
一瞬、初恋のような暖かい色を見せた瞳にクダリは不満げに鼻を鳴らした
ニュースキャスターの黄色い声すら耳障りに感じる
強いだのかっこいいだの自分にも投げかけられる言葉が忌々しく思えた

「クダリ行儀が悪いですよ」

姿勢を崩して食べる弟に注意する
見るからに機嫌が悪くなっているがどうしようもない
いくら彼女が好きだからといったって、過去にまで嫉妬していては身が持たないからだ
それに彼は此処から少し離れたジョウトの人間でイッシュに帰ってしまえば会う手立てはない
テレビを見るまでキロが思い出さなかったのだから向こうだって忘れているだろう

知らないことを知るというのは楽しくもあり辛くもある
アルバムの中のキロは今よりももっと無邪気に笑っていた
10歳を境に写真は当然激減し、表情はどんどん硬いものになっていく
透明だった少女が汚され落ちていくようだった
自分には灰色がよく似合うとキロが言っていたのをノボリは思い出す
白でも黒でもない、真ん中のどっちつかず

「うわ、エメットからだ」

ライブキャスターの鳴る音でノボリは意識を取り戻す
キロのそれとは違って2人のライブキャスターは他地方でも対応できるよう組み替えられている
表示された名前を見て嫌そうにクダリが通話ボタンを押した
画面が映し出され陽気な声が通る

『Hi,キロ!どう?元気してる?』
「エメット何の用『キミにはナイよ。ボクはキロに挨拶しにきただけ』

彼女のライブキャスターでは繋がらないから此方にかけたのだろう
相変わらず歳不相応に自由奔放なエメットにノボリはこっそり溜息を吐いた
初めて見たキロの私服を一通り褒めちぎっている

「先輩方はどうですか」
『ン?ああ、普段通り仕事してるよ。だから気兼ねなく遊んでおいで!帰ってきたらボク達とも遊んでもらうけど!』
「もういいでしょ、切るよ!」

返事は待たずにクダリは電源ボタンを押してライブキャスターそのものを落とした
そしてノボリのを勝手に取り出しそちらも同じように電源を切る
キロはふと浮かんだ疑問を素直に口に出した
エメットのライブキャスターは以前彼自身が踏みつけて壊したはず
なのに何故彼の名前で通話が繋げられるのか
問いかけにクダリは珍しく眉を思いっきり寄せて答えた

「ライキャス、いっぱい持ってる。アレは女の子と連絡取る用。今のは仕事用」
「お金持ちですね」
「だからキロ絶対エメットに教えちゃダメだから」

既に番号を教えてしまったことは黙っておいた
一時的とはいえ上司であり仕事するうえで使えないのは不便だ
キロは自分が教えてもらったのは仕事用だと思っているが、実際にはエメットの個人的な親しい友人や家族にしか教えない貴重な方である
そうとは知らない彼女は暢気に朝食を食べ終えた

「グオオゥッ!」
「ゲンガーテレビ叩くのはやめて」
「グオッ、グオオオウ」

番組はまだ続いており各地方のジムリーダーが自分の町を案内するといった内容だった
やけた塔に舞妓さんの踊り場、奥までは見せられないがすずねの小道に繋がる屋敷内部
懐かしいからか諌められてもゲンガーはテレビに過剰反応する

「エンジュに行きたいの」
「グオゥ」
「…あの「ダメ!」

ホウエンに帰る以上にジョウトに向かうのは難しい
3日ほどで良いから自由な時間を貰えないか尋ねようとしたキロの言葉を遮ってクダリは拒否した
声に驚いたゲンガーが振り返り、キロとクダリを見比べる

「少しで良いんです。それでも」
「ダメ。ぼく達ホウエンに旅行に来たから、ジョウトは行かない」
「私とゲンガーだけで構いません」
「キロが此処にいてゲンガー1匹ならいいよ」
「…元々行き先は自由じゃないですか」
「ホウエンで良いってキロも同意した」

キロの機嫌も徐々に悪くなっていく
それまで静観していたノボリが口を開いた

「わたくしはジョウトへ行かれても構いません」
「ノボリ!」
「この旅行は会長様が彼女に差し上げたボーナスで、我々はあくまでもオマケです。そうでしょう?」
「……ッ、もういい、知らない」

中途半端に食事を残して走り去る
おろおろするゲンガーとその傍にいたキロにノボリは近寄り頭を撫でた









「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -