薄紫の髪を鏡越しに眺める
風呂からあがって真っ裸の自分の傍で心配そうな声が鳴く
キロは瞳を閉じ頭を振って、何でもないと頭を撫でた
少しばかり大きい作業着に身を包み安全靴の紐を締める

「行ってくるね。あとはお願い」

手を振る彼らに挨拶をして輝くライモンの街並みを走り抜けた
昼夜問わずに煌く街。まだ昼間だというのに電光掲示板は忙しなく動く
ライモンシティに来てからもう数週間経つというのに、未だにこの派手さに慣れなかった

休日だからか行き交う人々は家族連れや恋人同士が多い
ギアステーションに辿り着くなり、キロは盛大に肩を落とし口を真一文字に結んだ

「挑戦者!?はいはいもうちょい待ったってなー!」
「カナワタウン行きですか?ええと、たしか…」
「ソッチ危ナイ。白線ヨリ下ガッテ下ガッテ」

鉄道員達が走り回る
大型連休ではない、ただの休日ですらギアステーション内は大惨事だ
バトルトレインへの挑戦者も多いらしく、無線は入り乱れる
耳元の煩わしい装置に若干の苛立ちを覚えつつキロは無言で整備に取り掛かる

次から次へと運ばれ出て行くトレイン
5分もお客を待たせてはおけないが、不備や破損で事故が起きることは許されない
車内点検に破損箇所修復、代走車の手配、ポケモンも人も駆けずりまわる

「キロ!マルチは!」
「終わりました!次スーパーシングル向かいます!」
「頼む。それが済んだら何か飲み物買ってきてくれ!」

日差しも強くなり始めた季節
太陽光は届かないとはいえ気温は上がり、風通しの良くない地下が冷めることは殆どない
キロが視線を向けた先には疲労を隠しきれない表情があった

懸命に手足を伸ばして走る
1分1秒でも早く、安全にトレインを運行する
座席の隙間にある落し物を拾いつり革の汚れを確認し、バトルの最中壊れたであろう窓を瞬時に外して付け替える

「車内点検終わりました!」
「本部との接続も問題ありません。スーパーシングル運行できます!」

他の整備士と共にトレインから降りる
すぐに動き出し挑戦者達が待ち構えるホームへ消えていく
息を吐く間もなく、キロは地上へと向かう

ホームにも存在するがこの人の多さで万が一品切れになられては困る
そう思い外に出ておいしいみずやサイコソーダを目一杯買い込んだ
暑さにやられている人やポケモンに配っていく
無くなればまた地上に行き、買い、渡し、何往復か続けた後、また点検、整備、確認、出発

「おうキロ、休憩とっていいぞ」
「あ…これが終わればいただきます」
「大丈夫か?」

チームリーダーが心配そうに覗き込む
カナワと違って空気の入れ替えが悪い
平気ですと答えるには少し厳しいものがあったが、それでも無理をしているのは皆一緒だった
キロは頷きポケモンに引っ掛かれた外装を見つめる

「剥がれていますね」
「また塗ってもらうか」
「頼んでおきます」

チェック紙に必要事項を記入する
休憩室に向かったキロを見送り、チームリーダーは剥がれたという外装を見つめた
確かに大きく抉られてはいるが元々の車体の色と相俟って気付きにくい
此処まで細かく見つけれる才能に感心の声を1人あげた





「失礼します」

休憩室の扉を開くとソファーに1人鉄道員が寝転がっていた
その身体には毛布がかけられ、目には覆い隠すように布が当てられている
どうやら体調を崩しひとまず此処に運ばれたらしい
そっと布に手が伸びて消える。水に浸し絞り直されたそれが再度当てられ、職員は小さく唸った

「あ…」

身じろいだ時布がずれ、同時に職員が目をあける
視線が合うとキロは思わず声を漏らした
ぼんやりとしていた職員も意識が覚醒するにつれ息を飲む
彼女を殴った人だった

「…っあの!ひぃっ!?」

職員が意を決して口を開く
その頬に布よりももっと冷えた缶が当てられた
手の内に納められ見れば、おいしいみずと書かれている
キロは渡すなり向かい側のソファーに座り弁当を広げた

「それに食塩と砂糖を入れて飲んで下さい。熱中症であればより効果的ですから」

事務的に伝えると黙々とご飯を口に持っていく
困惑している職員の耳に、カリカリカリと何かが扉を引っかく音が届いた
キロもそれに気付いたのか弁当を置き扉を開ける
ころり、と向こう側から転がってきたのはバチュルだった

「あ、もしかしてそれ、」

白ボス。つまりはクダリのものではないか
そう言おうとした職員は口を噤んだ
いや、言葉を発することができなかった

「おいで。ふふ、可愛い。おなかすいた?ポロックあるよ、食べる?」
「ちゅぎぃー…」
「君はおっとりしてるね。ならこれあげる」

ごそごそと青く四角い物を取り出しバチュルに与える
初めは不思議がっていたバチュルも、一口食べるや否やすぐに平らげた
もっともっととねだるようにキロにひっつく
それに対してくすぐったそうに笑う彼女を、職員は先日と同一人物と捉えきれなかった

「それ…何ですか」

問いかけにハッとしたキロが慌てて顔を戻した
少し恥ずかしそうにソファーに戻り、テーブルの上にケースを置く
先程と同じように四角い様々な色の物体が入っていた

「ポロックです。ポケモンのお菓子です…」
「えっお菓子!?」

ガタン!と扉が勢いよく開いた
突然入ってきたクダリに思わずキロは悲鳴をあげる
慣れているとはいえ流石に驚いた職員も、上擦った声でクダリを諌めた

「ボス止めてくださいよ!心臓に悪い!」
「お菓子って聞こえた。ぼくのバチュルも此処にいるし、来ても何も悪くない」
「ぼくのバチュ…、お返しします」

自分の掌に乗って擦り寄っていたバチュルを無理矢理引き離し差し出す
クダリはそれを見てきょとんとした
そしてバチュルを無視して卓上のポロックケースを見つめる

「これ、食べていい?」
「ポケモン用です」
「バチュル…美味しかった?」
「チュギィッ!」
「そっか!アハ、じゃあぼくも!」

制止の声も聞かずケースを振って出てきたものを口に含む
暫くしてクダリの顔が輝いた
キロの両肩を掴みぐいっと顔を近づける

「これすっごく美味しい!もう1個ちょうだい!」
「…いやそれポケモン…」
「!……なにこれ苦い…」

更に食べ進めると一転して笑顔のままクダリが泣き出す
間近でその様子を見せられ、キロは思わず固まった
バチュルの鳴き声で意識を戻すとポロックケースの中身を確かめる

「最初に食べたのは甘いモノです。次に食べたのは苦味の強いモノ」
「何で味違うの…全部甘くていいよ…」
「知りません」

抗議するクダリをすっぱり切ってケースの1番上にあったポロックを取り出す
それは黄色い物であり、バチュルに近付けると少し嫌がる素振りを見せた
クダリの興味がそちらに移る

「バチュル、嫌がってる」
「おっとりは酸味が嫌いです。…特攻上げの防御下げか…」
「あっ!」

何気なく呟かれたキロの言葉にクダリが笑う
面倒くさそうに顔を上げた彼女もすぐに自分の言動を思い出し、顔を瞬時に青褪めさせた
傍らで見ていた職員曰く、対照的過ぎて白ボスが生気を吸っているようにも見えたそうだ

『あーあー!ボス!白ボス!アカンで無理やって、また1人倒れてもうた!』

無線からクラウドの悲痛な声が聞こえる
どこか楽しそうな顔を残したまま、クダリは真面目な声で状況を尋ねた
鉄道員よりもトレインに待機するトレーナーが、巡回させているとはいえ持たないらしい
特に子供に無理をさせるわけにもいかず大人が穴を補えばその分疲労が溜まる

「わかった。1人戻ったからすぐそっち行く」
『頼んます!あああトトメス死ぬな!一蓮托生や!』
「ぼ、ボスすぐ行きましょう!」

横になっていた職員が慌てて起き上がり制帽を被る
キロから離れたクダリの顔も、いつの間にかサブウェイマスターのものになっていた
唖然とする彼女の手の中を指差しクダリが微笑む

「大事な子。預かってて。終わったら迎えに行く!」
「えっとごめん!ちゃんとまた謝りに行くから、君も仕事頑張って!」
「あのっ!」

颯爽とコートを翻し2人は行ってしまった
取り残されたキロは未だ掌にしがみ付くバチュルに視線を落とす
蒼い瞳と目が合い、力無く毛並みを撫でた

「…バトルなんて、」

ぽたりと落ちた涙をバチュルだけがじっと見つめていた







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