「クダリさん?のお仕事ってどんなことをするんですか?」
「あ、はいっ。えっと、基本的には電車に乗って、バトルして、あとは普通の鉄道員と同じです」
「面白そうですねぇ。バトル強くないと出来ないんでしょう?」
「強い…のもそうだけど、楽しいからぼく達してる。あっ、してます!」
「ちゅぎぃー」

バチュルがとてとてとやって来てクダリの膝上に乗る
見慣れないポケモンに対する反応は夫婦で真逆だった
見つけるなり顔を寄せ観察し始める母親と、逃げるように距離を取った父親
外国恐怖症は人だけでなくポケモンにも反応するようだ

「4V1Uの性格一致に加えて無駄のない努力値振り…っ。はあはあ、この子は良い子に「サオリさん戻って!!」あらっ、いけない。ごめんなさ…っキロ!貴女でしょうこの子の毛繕いしたの!」
「きゃっ、あ、はい」
「ブラシの様子はちゃんと見た!?道具にも気を遣わなきゃダメよ!」

毛並みを見るなり豹変した
洗面所に駆け込みブラシを数本持ってくると、目にも留まらぬ速さで毛繕いを始める
速いが丁寧で且つ素晴らしく気持ちよいらしい
バチュルの目がとろーんとして最後には閉じられてしまった
出来上がったバチュルの毛は輝いてるようにすら見える

「すごい!バチュルすっごい綺麗!」
「完璧…ああ、美しい…」

元ブリーダーとは伺っていたがこれほどとは思っていなかったノボリが目を丸くする
慣れているキロは平然とテーブルに夕食を並べる
ミートドリア、ミネストローネ、南瓜のサラダにホタテのバターソテー
キロの両端にノボリとクダリが座り対面して両親が座る

「いただきます」
「いっいただき、ます」

父親だけがワンテンポずれて手を合わせた
出来合いやレトルト以外の料理は久しぶりだと感動しながら母親がミネストローネを口に運ぶ
途端顔を輝かせて賛辞の言葉を送った

「美味しいわ!キロ、洋食も作れるようになったの?」
「それはノボリさんが。私はサラダしかしてない」
「全てわたくしがすると申し出たのですが…」
「お客様にさせられません」
「サラダ美味しいよ。キロの手料理」
「適当です」

きゃいきゃいと騒ぐ3人を母親はじっと見つめる
上司と部下。簡潔にそれだけ紹介されたが納得はできない
自分達の娘がそう簡単に人に心を許さないのは知っているし、許していない人間にこれほどまで優しい眼差しを向けるはずがない
母の、女の勘で気付いた彼女はにこりと微笑んで静かに食事を続けた
観察することは誰よりも秀でている

「あ…お母さん、」
「ノボリさんとクダリさんにも泊まっていってもらってね。どうせ私達家にあまり居れないし…この辺ホテルも民宿も少ないでしょう?」
「えええええっ」
「えええ、サオリさんそれは、」

自分達は滅多に家に帰れない
そんな家に愛する娘と上司とはいえ見知らぬ男2人
戦々恐々とする旦那に母親は少し呆れた視線を寄越した
どうやらキロのあの視線は母親譲りのようだ
提案に驚いたのはクダリとノボリもだったが、キロだけは相変わらず淡々とホタテを食べ進めている

「元々そのつもり」
「連絡し忘れてたんでしょう?仕方のない子ねー。そっちも忙しいの?」
「そう、ね。でも良い職場だから後悔はしてない」
「あのわたくし達は別にこの際野宿でも、」
「ダメですよ!部屋は沢山ありますし、ポケモン達だって庭を気に入ってくれたようですから、ねっ?」

パチン、と母親がウインクしてみせた
彼女も身形を整えれば歳より数段若く綺麗に見える
思わずどきっとした2人に気付かず、キロは父親を眺めた
料理は好みだったらしくそれに文句をつけることはないが外国恐怖症と愛娘掻っ攫い疑惑によってノボリとクダリに対する評価は低そうだ
夕食を終え洗い物を母親とキロが並んで行う

「今日送り火山行ってきた」
「…そう。ありがとう」
「どういたしまして。あ、チリーン一緒に帰ってきたの」
「チリィーン!」

割って入ってきたチリーンに母親が驚く
庭から戻ってきたアバゴーラも一緒に紹介された
大事な娘がスクールを辞めてしまったことは先生から聞かされ勿論知っている
でも何故辞めてしまったのか、理由までは両親ですら知らない
ただあれほど好きだったバトルを一切しなくなり、ポケモンをボールに入れ持ち歩くことすら拒んでいた

帰郷する度に表情は暗く重く
夜中に1人泣いている姿を見たこともある
幼少期に構ってあげられなかった反動から、何事も自分だけでどうにかしてしまう娘が心配でしかたなかった
それが今では新しいポケモンと一緒に頼れる人と共に歩んでいっている

「子離れ、しなくちゃね…」
「何か言った?」
「デザート用意しなくちゃと思って!」
「お母さん甘い物好きだから…あ、」

リビングにキロが向かいノボリとクダリが何か箱を手にやってくる
つまらない物ですが、と前置きしてそれが渡された
包装紙を丁寧に剥ぎ蓋を開けば可愛らしいユニランを模したゼリーとクルマユ饅頭が並んでいた
爛々と輝く母親の瞳にキロは小さく笑う

「お茶を煎れてさっそくいただきます!キロ、貴女はその間お風呂入っちゃいなさい!」
「はい、…ありがとうございます」
「いえ喜んでいただけて何よりでございます」
「あ、これゼリーに合う紅茶」

小声で2人に礼を告げてからキロは風呂場へ向かう
衣服を脱ぎ捨て湯船に浸ると花の香りが漂った
誰かが入浴剤をいれたらしく、ピンクのお湯がキロの身体を包む
30分ほどかけて入浴しあがると父親以外の3人が何かを囲んで眺めていた
傍に寄り上からそっと覗き込む
そこには幼い自分の写真が貼られたアルバムがあった

「何してるんですか」
「キロかわいい!」
「見せてほしいって言うから、つい。本当にこの頃のキロは可愛くて私達の後ろを必死についてきてたのよ」
「…昔の話です」

自分があまり覚えていない頃の話は恥ずかしい
冷蔵庫からサイコソーダを取り出し喉を潤す
父親の姿が見えないことに気付いてキロは何気なく2階のベランダを覗いた
大きな天体望遠鏡を覗く姿を見つけ隣にしゃがみ込む

「何か見えますか?」
「…懐かしいなぁ。小さい頃よくそうやって起きてきてたんだぞ」
「それはうっすら覚えてる」

9時にはもう寝なさいと祖母に言われ部屋でラルトスと一緒に眠っていた
窓から物音が聞こえてそっと見れば、父親が目を輝かせて望遠鏡を覗いている
星みたいにきらきらしていた瞳が大好きでこっそり近寄りよく驚かせた
なにかみえますか、と聞けば抱えて見せてくれた

「宇宙は凄い。空は凄いんだ」
「うん」
「ああでもイッシュには古代の城なんてあるんだろう?それも見たいなぁ」
「うん、良い所」

少しずつ父親の声が震えていく
キロは気付かないフリをして彼の話に頷く
休みの日に行ったカイナの海で日焼けしたり、ムロの洞窟で父親が迷子になったり
他愛ない会話が繰り広げられ星空が瞬く

「此方にいらしたのですか」
「ノボリさん」
「髪を乾かさないと風邪を引きますよ」

ノボリが窓から顔を現す
角度的に父親は見えないらしく、いつものノボリの表情だった
サブウェイマスターでも余所行きのものでもない、普通の男の人
それに答えるキロの顔も娘から普通の女の人にかわっていた
ノボリの背後からクダリがバチュルを頭に乗せ覗き込む

「キロの隣の部屋借りるね!」
「布団ありましたか」
「来客用のをお借りしました」
「ふかふか。…キロも一緒に寝る?なん「いいですよ」
「「えっ」」

言った本人とノボリが固まる
慌ててクダリは頭と手を横に振った
昨夜の出来事があったというのに了承するなんて、そもそも無かったとしても彼女の性格からして了承されるわけがないと踏んでいたが為に相当焦っている

「嘘!冗談、おっおやすみ!」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみなさいまし!」

引っ込んだ双子にキロは心中で笑った
慣れない冗談を言ってみたつもりだったのだが、なかなか難しいものだ
流石に髪を乾かしきらない状態できたのは不味かったのか少し身震いする
立ち上がって中に戻ろうとした彼女を父親が呼び止めた

「キロ、…バトルは要らないか?」

望遠鏡から顔をあげた彼の瞳は遠くを見ていた
それは娘に尋ねているというよりは自分に聞いているようで
扉から手を離しキロは父親の頬を人差し指で軽く押さえた

「ポケモンがただ傷付くことは、今でも私は要らないと思ってる」

無意味に傷付くことの罪
バトルだけが全てだとは思えない

「でもバトルでしか得られない何かもある。それ以外でしか得られないものも。…大切な人を守る為なら、私はボールを握り指示を出します。スクールを辞めてもそれは変わらない」

にっこり微笑むキロは祖母によく似ていた
重ね合わせて懐かしみ、父親は薄紫の髪を撫でる
髪の毛をちゃんと乾かすようにと告げれば良い返事がかえってきた
亡くなった自分の母親がどこかで笑っている気がした







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