「きゃっ、きゃああああああ!!!」
「お待ちくださいまし!わたくし達変な者では、」
「ノボリ今の格好じゃ説得力皆無!ええっと、サーナイト、サーナイト助けて!!」
「えっサーナイト!?ああん我が娘のサーナイトじゃないの!サーナイトあの痴漢共にサイコキネシスよ!!」
「ポ、ポオオォォゥ…!!」

サーナイトが勢いよく首を横に振る
何とかして伝えたいのだが、どうにも上手くいかない
混乱を極める現場にキロが帰宅した
タオルだけの双子に取り乱す母親、そして困り果てるサーナイト
頭痛がキロを襲いばさりとその場にスーパーの袋を落とした

「お母さん…」
「ああっキロきちゃダメよ!何このイケメン痴漢はイケメンだからって何しても許されるとでも思ってるの!?」
「お母さん」
「しかもキロがいる日を狙ってくるなんて不届き千万!!こうなったら私のルナトーンで「お母さんってば」

ぺち、と母親の頬を緩く叩く
そして優しく包み込み自分の方へ顔を向けさせた

「お帰りなさい。あと、ただいま。詳しくはまた話すから、どうか寝て」
「キロ、貴女…!」
「誘いなさい、さいみんじゅつ」
「ポォォォゥ!」

今度はきちんと技を発動して女性はすぐ眠りに就いた
ようやく治まった騒動の発端にキロは眉を寄せる
貫く視線を向けられた2人は身体を強張らせた

「昼は親子丼にします」
「は、はい…!」
「了解です、キロ!」

バシャーモに母親を寝室へ頼んでキロはさっさと台所へ向かった
サーナイトに慰められつつ衣服を着込み、こっそり様子を覗く
後姿だけでは判別がつかないが決して機嫌が良いとは思えない
昼食は宣言どおり親子丼と吸い物が出された
ソファーはあるが地べたに座り込み黙々と食事がかわされる

「…はあ」

キロがこれ見よがしに溜息を吐いた
びくっと肩を揺らしたのはクダリ
ノボリは当然のことだと重く受け止め箸を置いて深々と頭を下げた

「申し訳ございません。まさかお母様がご帰宅なさるとは…」
「いえ、私も連絡し忘れていましたし、昼間に帰ってくるとは思っていなかったので」

宇宙センターに勤務している母は実に不規則な生活を送っている
ノボリやクダリの方がまだマシだと思うくらい、いつ寝ているのかそもそも睡眠という言葉が存在しているのか分からない
普段温厚で優しい母が確かに見知らぬ男が上半身裸でいればパニックは起こすだろうが、問答無用でポケモンに攻撃を命じることはまず、ない
そんな結論に至るあたり、加えて数年ぶりに会った娘の存在に目が行っていないあたり何日か徹夜しているのは明々白々だった

「母は記憶力が良いのでおそらく覚えていると思いますが、まあ気にしなくていいです」
「逆にこっちが気にする…」
「土産とは別に侘びの品をご用意すべきでしょうか…」
「気遣わなくて大丈夫です」

逸早く食べ終えたキロが食器を片付けに行く
そのままリビングには戻らず母親の寝室を覗いた
眼鏡はちゃんと机に置かれぐっすり眠っている
久しぶりに見る母親は以前より小さく感じて、傍らに座りじっと見つめた
数分経ってキロは部屋を後にし、ライブキャスターを確認する
圏外の文字に改めてホウエンへ帰ってきたことを感じた

「ポケナビ…」

自分の部屋へと足を踏み入れる
そこは以前と変わらず、ずっと子供のままだった
背が壊れるまで読み漁ったポケモン図鑑の本や木の実の育て方
此方のスクールで使っていた教科書に祖母が繕ってくれたラルトスのクッションカバー
大きいと思っていた箪笥を漁れば古びたポケナビが出てきた
電池を換えて起動させると画面が光った

「かわいい、それ」
「ライブキャスターやCギアのような物ですか?」

リビングへ持っていけば双子が興味深そうに眺める
キロは頷いてポケナビを操作し、とある電話番号へ発信した
数回コールが鳴り響きくたびれた男性の声と繋がる

『はい、どちら様で…?』
「お父さん、私。連絡し忘れていたんだけどホウエンに帰ってきたの」
『へっ!?え、キロっわあああああ…!』
『きゃーっ!セキトさん大丈夫ですか!?』
「…暫くはこっちにいるから、お仕事無理しないでね」
『いいいい今すぐ帰る!帰るったら帰るよもう!!』

何かが散乱する音と女性の悲鳴が聞こえた
そそっかしい父親のことだから驚きのあまりこけたか物を崩したかしたのだろう
一方的に切れた通話を終了させてポケギアの画面をキロは柔らかい布で拭く
ふと隣を見れば少し緊張した面持ちの2人がいた

「お父様もご帰宅なさるのですか…」
「ノボリ、お腹いたい」
「我慢なさい。わたくしも胃が少しキリキリしているのです」
「薬ありますが」

頭を傾げるキロに2人揃って首を横に振った
交際していないとはいえ好きな女性の父親に会う
それは男にとってかなりの苦行だ
電話の様子からして1人娘であるキロを溺愛しているのは見てとれる
ただでさえ母親との初対面は最悪なものなのだから、此処で名誉挽回しておかないと追々困るのは自分達だ
互いに真面目になろうと頷き服装を整えた

キロの父親が玄関に飛び込んできたのは、そこから6時間経った夕飯の時刻
日に当たれば紫に光る短い黒髪をぼさぼさに振りまいて、やはり飾り気の無い眼鏡をかけ白衣で帰ってきた
母親もよく寝たと目覚めてきた良いタイミングで帰宅した
息を荒げ蒼い瞳を揺らす旦那を見て母親は疑問符を浮かべる

「あなたどうしたの、今夜も泊り込みじゃ」
「サオリさん暢気だね!だだだだってキロが、キロが家にっ」
「おかえりお父さん。おはよう、お母さん」
「…夢じゃなかった――!キロ―――!!」
「痛いです。苦しいです」

どこかで見た光景にノボリは口許を緩める
両親に目一杯抱き締められて彼女も満更ではなさそうだった
口では痛いと言いつつも無理に押し退けたりはしていない
それを横目で見つつミネストローネを作っていたノボリと母親の目が合った

「…ということは、あれも、夢じゃ」
「お母さんお父さん紹介します。こちら、」
「結婚は許さない。おおおお父さん結婚なんて許さな「上司のノボリさん」
「えっ、上司?あらー…」

驚いた顔をする母親にノボリは火を止めてから近寄った
姿勢正しくきっちりと頭を下げて挨拶をする

「先程は大変失礼致しました。わたくし、イッシュ地方のギアステーションで働いております、サブウェイマスターのノボリと申します。此方名刺でございます」
「あら、ご丁寧にすみません。キロの母です、いつも娘がお世話になってます」

挨拶を返す母親と違って父親は未だにキロにひっついたまま離れない
正確に言えば彼女を盾にして何かに震えている
不思議がるキロが父親に尋ねようとした時、玄関の扉が勢いよく開いた
笑顔のクダリがスーパーの袋を引っさげて入ってくる

「トマト買ってきた!」
「ひいいっ!」
「あ、すみません。お金…」
「えっいいよ。それよりオマケにズッキーニ貰った」

頼んだトマトより他の野菜の方が多く入っている
人懐っこさと笑顔の成せる技か、スーパーや個人店の主婦達を落としてきたようだ
クダリの登場によって父親が更に脅える
両親に気付いたクダリが慌てて顔を改めぴしっと頭を下げた

「こ、こんばんは!さっきは本当にごめんなさ、失礼しました。ぼくサブウェイマスターのクダリ、です!」
「よく似ていらっしゃるけれど…」
「クダリとは双子でございます」

母親の方は既に打ち解けてしまった
おそらく彼女の頭の中では痴漢事件はなかったことになっている
大人の対応をしてもらえたことに感謝して、ノボリは父親の方を眺めた
先程から一切此方を見ようとしてくれない

「あの…」
「ひっ、あ、すっすみませ…っ」
「ごめんなさい。セキトさん外国恐怖症なの」
「初めて知った。宇宙センターにも居るんじゃ」
「仕事は平気なんだよおおぅ。あああ背が高いの怖い、イケメン怖い」

見れば確かに母親と父親の身長の差は殆どない
180を越える2人がどうしても見下ろす形になる
しかし顔立ちに関しては今でこそ髪も髭も乱れているが、整えれば彼もそれなりに良いはずだ
ハブネークとザングースに睨まれたジグザグマのような父にキロは小さく息を吐く

「お父さん晩御飯作るから離れて」
「ええっ」
「私も手伝うわ」
「もう終わるから大丈夫。お母さんお願い」

自分に縋りつく父親を引っぺがして渡す
台所では引き続きノボリとキロが夕食の準備を行い、リビングでは風呂を済ませた両親とクダリが茶を啜る
父親ほどではないが身体を強張らせているクダリに母親が笑いかけた







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