「おはようございます」

女将の厚意で朝食も拵えてもらえたと聞きノボリとクダリが食事場へ向かうと、そこにはエプロン姿のキロがいた
2人より早く目覚め突然なのに泊めてもらったお礼にと手伝っていたようだ
ミナモの海で採れた新鮮な魚を使った朝食が並ぶ
昨夜の出来事がまだ忘れられないためか、キロは2人とあまり目を合わせようとしない
未だに頬が赤く見えた気がしてクダリは何度も目を擦った

「すみません、ありがとうございました」
「いえいえ、此方こそ大したお構いもできずごめんなさいね」

朝食を終えて船に乗るため早くにチェックアウトする
お礼を伝えれば女将は口に手をあてて笑った
ノボリとクダリが慌てて料金と笑顔を渡し、足早に船着場へ向かう
9時出航のそれに乗り込み船内の休憩所で待つ
キロを挟んで座っていたが空気がとても重い

「…飲み物買ってくる!」
「では無糖のコーヒーを」
「キロは紅茶でいい?」
「あ、はい」

笑顔でクダリが提案し一時的に場は和らいだが、それも彼がいなくなればすぐに戻る
どうしたものかとノボリが悩んでいるとキロが口を開いた

「すみません、でした」

顔こそ赤らめてはいないものの声は少し震えていた
ワンピースの裾をぎゅっと掴み俯き加減でいる
それを見てノボリは自分の手をそこに重ねた

「泊り込んでの勤務はお控えくださいまし」
「………」
「どうしても、と仰るのであれば、また執務室のソファーをお貸しいたしますから」

ノボリの提案に最初は困った様子を見せていたキロもそれならばと頷いた
仕事が好き。トレインが好きだと言い切る彼女らしい
ふとノボリは以前も浮かべた疑問を思い返す
ホウエンにはトレインが存在しない
移動手段は基本的に徒歩か自転車かポケモンかである
多人数が乗れる物は船もしくはロープウェイのみ
およそ電車とは無関係の地方で生まれた彼女が、何故此処までトレインに情熱的になれるのか
問おうとした時クダリが帰ってきて船もゆっくり動き出す

「あれホエルコ?」
「はい。この近海ではよく見れるんです」
「双眼鏡を持ってくるべきでしたね…」

船内の窓から遠くにホエルコの群れが見える
紅茶を飲みながら、キロは自分の故郷に近付いている感覚に高揚していた
1時間にも満たない船旅はすぐに終わりを告げ、懐かしい風が吹く緑溢れるトクサネへ降り立った

「ちょっと木が違う」
「本土とは形態が違うんです」

キャリーを片手に久方ぶりの土を踏む
キロの自宅へ向かう途中、色んな人が彼女に声をかけ懐かしんだ
島ならではの空気に不思議と2人の心も温かくなる

「此処が私の家です」

周囲と同じ茶色い瓦の家に案内される
庭の周りは木で囲まれており、容易に中を覗くことはできない
キロは数回チャイムを鳴らして返事を待つ
だが一向に扉が開く気配はなかった

「お留守でしょうか?」
「いえ、連絡………あっ」

しまった。とキロが小さく呟いた
実家に連絡しなればと思いつつインゴやエメットの襲来ですっかり忘れていた
内心焦りながらもキロはバッグから鍵の束を取り出す
十数個の鍵の中から的確に選び出し扉を開いた

「どうぞ」
「わー、お邪魔します」
「お邪魔いたします」

両親には後でまた連絡しようとキロはライブキャスターの電源をいれる
画面に表示された圏外の文字に気付かず、彼女も中へ入っていった
車輪についた泥を拭い玄関脇に置いて2人をリビングへ通す
テレビの上には少し埃が積もっていた
忙しい両親のことだから掃除もあまり出来ていないのだろう
それでもまだ綺麗なのは、近所の人が時折面倒を見てくれているからだ

「窓開けておきます。お茶淹れますね」
「マルチバトルの試合流れてる」
「勝手に点けてはいけませんよ」
「ああ、自由にくつろいでください」

人の家でも臆せずくつろぐクダリ
テレビから流れる内容もイッシュのそれとは当然違っていた
優秀なトレーナーの戦う姿を、報道陣が直接バトルして伝えている
仕事柄そういったものが気になる2人は真剣にそれを見ていた

「ポォォォゥ」
「ありがと。遊んでくる?」
「ポオォゥ…!」

お菓子を運んできてくれたサーナイトに微笑むと嬉しそうに鳴く
キロは手持ち全てを縁側から庭に放り投げた
ボールの開く音に気付いたノボリがそちらに目をやる
そこはまるで楽園かのごとく緑と花とポケモン達が沢山存在していた

「ブラボ――!地上の楽園でございます!」
「えっ、あ、すごい!」

ノボリの喜ぶ声にクダリも庭を眺める
湖並に透き通った水質の池や、本土と同じ木、またそれらやトクサネとは違う樹木、見たこともない花々
1つの世界が此処に確立されていた
サーナイトは庭に出てすぐお気に入りの木のもとへ向かい木陰で休まる
戸惑っていたアバゴーラはミロカロスに率いられ澄んだ水の中へ飛び込んだ

「母の趣味です」
「趣味!」
「元ブリーダーでしたので…ポケモン達が何一つ不自由なく暮らせるように、と」
「素敵なお母様でございますね」

キロのポケモンだけでなく見知らぬIDのポケモン達もいる
誰かから預かり此処で過ごしているのだろう
許可を得てノボリとクダリも手持ちを庭へ送り出した
初めて会うポケモンに狼狽えながらも人懐っこい子はすぐ仲良くなっていく

「ぼくも一緒に遊んでいい?」
「はい」
「やったー!バチュル、行こうっ」
「ちゅぎぃー!」

年甲斐もなくクダリがはしゃぐ
バチュルを肩に乗せて盛大に池にダイブした
それを潜っていたミロカロスがハイドロポンプで打ち上げる
一瞬でびしょ濡れになった弟に呆れていると、ミロカロスの尾が水面に叩きつけられ波がノボリに襲い掛かる
隣にいたキロは既に遠くへ離れ難を逃れた

「実に珍しいテンションで…」

普段は大人しく優美なミロカロスも興奮しているらしい
バシャーモやシャンデラにまで水タイプの技をかけようとしていて、2匹が慌てて逃げている
放とうとしているのはみずあそびのため喰らったところでダメージはないのだが
乗じてゲンガーも姿を消して悪戯を仕掛けていた
濡れてしまってどうでもよくなったのか、ノボリもそのままポケモン達と戯れる
キロはその隙に昼食の買い出しに向かおうとメモを残し家を離れた

「びしゃびしゃ」
「このままでは風邪を引きますね。申し訳ありませんがシャワーをお借りしましょう」
「うん。あれ、いない」

書置きを見つけたが待っていては本当に風邪を引いてしまう
ある程度はサーナイトが持ってきてくれたタオルでふき取り、勝手ながらもシャワーを借りた
手早く済ませてしまおうと2人一遍に浴びる
同時にあがって着替えを玄関のキャリーにいれたままだったことに気付き、腰にタオルを巻いた状態で取りに行く

「ただいまぁー…」

キャリーから衣服を取り出した瞬間、扉が開いた
長い黒髪を無造作に束ね、ハニーブラウンの瞳を飾り気のない眼鏡で隠した女性
所々に汚れが見える白衣と瞳が大きく揺れた








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