「チリーン!」

キロの嬉しそうな声に反応してクダリの視界から姿を消す
彼女の頬に空洞の身体を寄せますます音を響かせた
ノボリに腕を引いてもらいクダリが立ち上がる

「それキロのポケモン?」
「いえ、野生です」
「チリィーン…」
「ごめんね、全然来れなくて」

野生というわりにはキロと仲が良い
さながら手持ちのように愛らしく擦り寄っている
目を細めていたノボリの所にふらりとやって来たと思えば、ぴとり、と頬にくっついた
身体が揺れる度に心地良い音楽が流れ心を癒す

「すごい人懐っこい」

次はクダリの元へ行って掌に座り込む
おそるおそる撫でてみても逃げることも嫌がる素振りも見せない
それどころかもっともっととねだってくる
誰に対しても人懐っこいわけではないチリーンが、そこまで2人に警戒心を抱かないのを見てキロは首を傾げた

「お前さんを待っていたんじゃよ」
「正月と盆はいつもそわそわしながら、ずっと此処から下を眺めていたからねぇ」
「ところでどちらが本命なんじゃ?」
「やだね爺さん野暮ってもんだよ」
「…チリーン、おいで」

年寄りの話を聞き流してチリーンを呼ぶ
ちゅっと目元に口付ければ今までにないほど綺麗に振るえ鳴いた
キャリーからモンスターボールを取り出し見せる

「私は忙しくて毎日構ってあげられない。それでも、良ければ「チリィィ――ン…!」

自らボールのボタンを押して入り込む
暫くの間揺れが続き、そして音と共に治まった
手の中にあるボールを撫でて腰元にそっと戻す
お爺さんとお婆さんに別れを告げ、再びミナモシティへ向かった
まずはノボリの提案する美術館へ足を運ぶ

「あれ、博物館になってる…」

知らぬ間に美術館は博物館へと風変わりしていた
戸惑いながらも中に入り展示物を眺めていると、とある男性がキロに声をかける

「お嬢さん失礼。貴女はコンテストに出ていらっしゃいますか?」
「いいえ。母は時折出ていましたが、私は全く」
「おお!ではサオリさんをご存知ですかな?」
「…母の名前、ですが」

驚くキロの両手をしっかりと男性が握る
何度も感慨深く頷き、彼女を地下へと案内した
職員しか通れなさそうな場所を抜け保管庫と呼ばれるそこに通される
壁一面に今にも動き出しそうなポケモンの絵画が飾られていた

「実は以前サオリさんがコンテストで優勝した際描かれたものなのですが」
「すごい、グラエナかっこいい」
「エネコロロの可愛らしさも類を見ません。ブラボ――!」
「こっそり着いてくるの好きなんですか」

またしても後を追ってきていた2人を見つけキロが溜息を吐く
男性は館長であることを明かし、絵画を自宅に良ければ送らしてほしいと頼まれる
トクサネにある実家の住所を書きとめ渡した

「それにしても、本当によく似ていらっしゃる」
「あまり両親に似ているとは言われないのですが」
「いやいや、昔のサオリさんは本当に凄い。今度遊びに行っても宜しいかな?」
「――はい。母も喜びます」

自分の母親を褒められ嬉しいのかにこりと微笑む
故郷に帰ってきて心なしかキロの感情は穏やかになっているようだ
ゆっくりと展示品を見て周り、次はクダリの望むデパートへ行く
R9ほど品揃えは無いと念押ししてから入った
途端、クダリは足早にカウンターへ詰め寄る

「くじ引けるって聞いた」
「えっ、あ、はい!お客様がお持ちのポケモンIDとくじの番号が合いましたら、素敵な景品をお渡ししております…!」
「ほんと!やるー」

クダリの笑顔が花開くとカウンターの女性は頬を染めた
相変わらずのキラースマイルに遠くからキロは呆れの視線を送る
結果当たりはしなかったのだが、何故か木の実を貰って戻ってきた
嬉しそうにそれをバッグにしまいこみすぐさまエレベーターへ乗り込む
迷わず5階のボタンを押し、上昇していく

「5階には何があるのですか?」
「…ノボリさんには少し厳しい世界かもしれません」
「わたくしが?」

チン、と音が鳴って5階に辿り着く
1歩足を踏み入れた瞬間カラフルで可愛らしい空間が広がった
クダリは大喜びで棚に並ぶポケモンドールやマットを見ていく
何度来ても慣れない場所にキロは唇をぎゅっと結んだ
可愛い物が嫌いなわけではないが、こうもファンシーな世界は性に合わない
隣で呆然としてたノボリにクダリがピチュードールを突き出す

「見て見てかわいい。あっキロこれ何?」
「ジャンプマットです。…懐かしい」

サンプルを取り出して床に敷く
その上にキロが足を置くと勝手にぴょんと跳ねた
踏むことでマット内にある空気が押され、反動で身体を上げさせる物のようだ
これにはノボリも食いつき大の大人が揃ってジャンプマットで遊ぶ

「これ全部買う!」
「どこに置くんですか」
「部屋を片付ければ余裕でございます。いくつか執務室にも飾りましょう」
「はあ」

きゃっきゃっ喜びながら多数の商品を抱えてレジに向かう
あまりに膨大な量を持ってきたため店員に大丈夫なのかと尋ねられた
ノボリはさっと財布を取り出し中を確認して、カードを取り出した
きらきら輝くプラチナカードを見てキロの顔が青褪める

「ノボリまだプラチナ?」
「ゴールドに戻すか悩んではいるのですが、如何せん暇がなく…」
「いっそブラックにしちゃえば」
「その手続きの時間もございません。まったくこのくるっとマットでインゴ様とエメット様に一泡吹かせたいものですね」

さらりと行われる会話に店員も笑顔を凍らせる
キロは自分の預金と財布の中身、今月の給与明細を思い浮かべて遠い目をした
トレインが好きでそれに携われれば幸せだと思っていたがこうも現実を目の当たりにすると辛い
周囲の客も動揺しており、奥から役持ちらしき男性も現れしきりに頭を下げている

「キロ屋上で何かしてるって!」
「掘り出し物市、だと思いますよ」
「そっちでも買いたい。あ、でもカード使えないかな」
「特別に許可していただきましたよ。さあ、参りましょう」

荷物は全て宅配で送ってもらうようだ
案内されて屋上に向かうとデパートでは並ばない物が一同に会している
いくら壊しても戻るどろだんごなどを見てクダリの瞳がより一層輝きを増した
子供向けに作られているにも関わらず、すべり台にのぼっては滑り落ちていく

「全部買う」
「またですか」
「しかしこの板などは一体何に使うのでしょうか?」
「ああ…イッシュにはひみつきちが、」

キロは慌てて言葉を噤んだが遅かった
"ひみつきち"という甘美な単語に反応したクダリが笑顔のまま顔を近づける
まるで言葉の先を急かすように両肩を掴んだ
観念したキロがホウエンにはひみつきちと呼ばれるもう1つの部屋が作れることを説明した
それにはポケモンの技が必要で、場所もどこでも良いというわけではない
だが作れる場所は限りなく無限であり砂漠の中や水辺近く、木の上に茂みの中と多岐に渡る

「すごい、すっごい!ぼくも作る!」
「緑豊かなホウエンならではの文化でございますね…!わたくし何だか興奮してまいりました」
「…この板は穴を塞ぐためのものです」

端から端まで綺麗に買い占めた後夕食もそこでとり、デパートの店員達に盛大に見送られる
鼻歌交じりに進むクダリを見つめてキロは先が思いやられた








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