キャルキャルとキャモメの声が空に舞う
1羽が船の近くに寄り添い誘導するようにまた上昇する
潮風に髪を靡かせてキロは甲板に佇んでいた
遠くに見え始めた緑を、ホウエンだと告げる放送が流れる

「…そろそろかな」

白いレースのワンピースをはためかせ船内へ戻る
穏やかに揺れる中の一室に足を踏み入れた
他に比べて少し質の良いベッドに寝転ぶ者に近寄る

「クダリさん、もう着きますよ」

返事は無かったが微かに頷いた
目元は濡れた布で押さえられている
遡ること1日前、仕事を全て終えイッシュから出発した3人は船に揺られてホウエンを目指していた
最初こそ船にはしゃいでいたクダリだったが、長期の揺れには耐えれなかったらしく船酔いで倒れてしまった
キロとノボリは逆に乗船直後が危なかったものの進むに連れて慣れたようだ
今ではこうして立場が逆転している

「の、ぼり…は…?」
「そういえば見ませんね」

布を退けてクダリが尋ねる
片割れが潰れたことで基本的に面倒はノボリが見ていた
少し温くなった布をキロは取り上げ桶の水に浸し絞る
もう一度あてながらノボリの行方を考えていると、扉が勢いよく開いた

「見てくださいまし!外に、外にホウエンがございます!!」
「…ノボリ、うる、さい…」
「ああ、失礼いたしました。しかし大変素晴らしい眺めでございます!」

船員に頼み込んでマストに登らせてもらい上からホウエンを見ていたようだ
望遠レンズを手にはしゃぎまわっている
普段とは対照的な様子にキロは呆れながら到着を待った



『お足元お気をつけください。ホウエン、ミナモシティです』



「ホウエン!すごい、ホウエンだ!」
「ブラボー!なんて美しい町並みでしょうか!!」

陸に足をつけるなり元気になったクダリ達からキロは瞬時に距離をとる
船に乗っていた人々は勿論、ミナモに住む住民達がじろじろ双子を眺めた
その様子にキロは自分が初めてイッシュに着いた時を思い出す
初めて見たのは倒れそうなほど高いヒウンの高層ビル
道が分からず聞こうとしても足早に去っていく人々
何もかもが高く、怖かったことを覚えている

「パンフある!」
「わたくし既にプランは考えております。まず美術館へ向かいそれからコンテスト会場へ「デパート行く!ぼくポケモンのぬいぐるみとかマット欲しい」

行き先について喧嘩が始まる
長身でイケメンの双子がつまらない内容で騒ぎ立て、ますます人目を引く
サブウェイマスターのコートや制帽が無くとも目立つ2人にキロは頭を抱えた
自分の荷物が入ったキャリーを引っ張り離れた位置から呼びかける

「トクサネ行きの船の最終時刻、22時30分までご自由にどうぞ」

現在昼の11時18分
半日近くは時間がある
それだけを言うとキロは1人すたすた歩き出した
目指すはミナモの向こう側、121番道路を抜け122番水道の途中にある送り火山
ミナモで買った花束を手にそこへと向かう
途中の水道でミロカロスに乗ろうと出した時、彼女が顔を上げて綺麗に鳴いた

「ミロカロス?どうしたの」
「クオオォォォゥ…」

キロに擦り寄り後ろをじっと見つめる
つられて振り返れば草陰が僅かに動いた

「…キャリー出しっぱなしですよ」
「あ。バレた」
「まったく、あなたは本当に…」
「キロ、ぼく達もついてっていい?」

ダメと言ったところで来るのは目に見えている
キロは頷いてミロカロスに腰掛けた
3人を乗せて水上を進んでいくと送り火山が姿を現した
ヨマワルがうろつく中を進み、1度外へ出て山頂に向かう

「タワーオブへブンみたい」
「どこの地方もやはりあるのですね」

墓石の前で泣く人を横切り、キロは黙々と歩みを進める
霞が視界を遮り自分の足すらおぼろげな世界
前を行く彼女の姿を見失わないよう、ノボリとクダリは必死に後を追った
そしてホウエンが見渡せる山頂に辿り着いた

「お久しぶりです」

先に着いていたキロが誰かに挨拶している
頂上にはお爺さんとお婆さんが何かの祭壇のような物を守るように居た
キロを見て笑顔で迎え入れている
ノボリがふと周囲を見渡した
内部と違い墓石が金や銀で出来ており、どこか切ない声も聞こえる

「あの子は向こうでようやく安心して眠れたようだねぇ」
「…はい。今日は祖父と祖母の子達に会いに来ました。長らく訪れてなくてすみません…」
「キロ!此処?」

いつの間にかクダリがとある墓石の前でしゃがんでいた
それに対して老人達は目を見開く
キロも驚いた顔をして彼の傍に駆け寄った
手持ちの種類も祖父母の名前も告げていないのに、クダリが見つけた墓石は紛れもなく祖父母の手持ちのポケモン達

「よくわかりましたね」
「なんとなく?」
「昔からクダリはそういった勘が強かったですから」

花束から1輪ずつ抜き取り添えていく
色とりどりの花が凛として活き活きと咲き誇り、より一層この場の"死"を引きたてる
墓石の前で手を合わせキロは瞳を閉じた
本来ならば此処に眠れるはずだった彼を思い出して胸の奥が痛む

「大きくなったものじゃ」

墓参りを終えたキロにお爺さんはしみじみと呟いた
最後に此処へ来たのは4年前
彼女がまだ10代で、そしてバクフーンを亡くしたばかりの頃
ごめんなさいと泣き縋る姿が今でも鮮明に思い出せる
それに比べて今の彼女がなんと綺麗に笑うことか

「貴方達も只者じゃないねぇ。どこから来たんだい?」
「イッシュから参りました。彼女の、…上司でございます」
「わっ、これ綺麗」
「クダリ触ってはいけませんよ」
「うん!」

祭壇に捧げられた藍色と紅色の2つの珠
じっとそれらをクダリは見つめる
深い藍色はキロの瞳によく似ていた
余った花を他の墓石にも分けていく彼女へ視線を向ける
タワーの鐘より小さく、しかし澄んだ音が響いた

「え、わっ」

微かだった音が次第に大きくなり気付けば目の前で鳴る
驚いた拍子に後ろに倒れるとゆらゆら赤と水色の布地が舞う
綺麗な音色を携えてチリーンが漂っていた








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