気が重い。だけど行かなきゃいけないのが社会人
こんな思いをするならば波風立てなければ良い話というのは重々承知
更衣室に荷物を置きに入る
先輩達数人が着替えていたので、素早くロッカーに放り投げようとした

「おーっす。壊れてんだぞ、何してんだ」
「あ…忘れてました」
「それ班長に渡してきな。あと何か呼ばれてたぞ」

サッと血の気が引く
多分、いえ絶対に昨日のことだ
チームリーダーに荷物を預けてホームに行くよう促された
ついでに停まるトレインの様子も見てきてくれと言われたから、それ以外のことがメインだと理解する
向かったのはシングルトレインが停まるホーム
ぼーっと待っていれば鉄道員が1人走ってきて、トレインが停車したのを確認してからその中目掛けて私を押した
盛大に床に倒れこみ起き上がる頃には扉が閉まって発車する
ギアステーションにやってきた時、同じことをされたな。なんて懐かしく思っていられない
あの時と同じように操縦席まで行って止めようと車両の扉をどんどん開いていく

そして、7両目

「Thank you for riding theBattle Subway today.I am the Subway Boss Ingo.I will choose the destination based on your talent.Do you understand Pok´emon well?Can you hold on to your principle?Will you go on to victory or defeat?All aboard!!」

黒いコートを着こなし滑らかな発音でインゴさんが台詞を言う
その佇まいは誰が見てもサブウェイマスターそのもので、風格溢れるものだった
固まる私に向かってこつこつと靴音が近寄る
彼の顔をようやく認識した時には、ちゅ、っと頬にキスされた

「え…」
「少し、いえ…どうにもワタクシ人のモノを欲しがり手に入れれば捨てる傾向にあるのですが」
「それはとても迷惑な性癖ですね」
「今回ばかりは大真面目になってみようと思いまして」

掌を取られて甲に口付けられる
背が高くイッシュの人とは顔立ちが違う彼がやると、とても様になる
ただ甲から指先、手首、返して腕と唇が登ってきたので慌てて振り払った
それを彼はとても楽しそうに、バトルしている時のノボリさんのように目を細ませた

「Ah…ちなみにアレも本気のようです」

バッ!と視界が黒に奪われて次に見えたのは白い世界
最初インゴさんが居た場所に、エメットさんがモンスターボールを手に立っていた

「I am Emmet. I am a Subway Boss. I like Double Battles.I like combinations of two Pok´emon.And I like winning more than anything else.So let's start a great battle in which every Pok´emon uses various moves.」

インゴさんに較べてその言葉は稚拙な単語が並んでいたけれど
瞳は昨日までの彼とは全くの別人
本気。そう、本気のクダリさんと同じ
再び響く靴音に我に返って後ずさろうとしたけど、後ろに移動していたインゴさんに阻まれた
そして彼がしたのとは逆の頬にエメットさんもキスをする

「…期待ハズレチャンに、期待するなんてバカって思われそうだケド」

手の甲にも軽い口付け1つ
そして耳元に顔を寄せられ囁かれる

「I think about you all the time.This is the way of showing you how much I care for you. 」

コートのポケットからライブキャスターが取り出された
何を、と思った瞬間それが床に落とされ白い靴が勢いよく踏みつける
液晶や部品がバラバラに砕け散って壊れた
驚く私の頬をエメットさんが包み込む

「キロ…『何してるのエメット!離れて!ていうかトレインから飛び降りて!!』…Shit!」
「あ、クダリさん」
『なんでキロそんなに落ち着いてるの…獣2匹と檻の中なんて危険!』
「獣…私にはレパルダスとチョロネコがいるようにしか見えないですね」
「Eh?」

トレイン内放送を使って泣き喚くクダリさんに向けて言ったのだけど、エメットさんとインゴさんの動きの方が止まった
その隙に2人から離れて操縦席でトレインの停止ホームを選択し近場で停めさせた
自動で開く扉から出ればノボリさんがとクダリさんが血相を変えてやって来た

「無事でございますか!?もう今日という今日は我慢できません。インゴ様、エメット様面貸してくださいまし」
「オヤ珍しく盾突きますね」
「堅物真面目クンがウルサくて期待ハズレチャンも困るよネ」
「ノボリさすが!2人ともボール出せ、ぶっ倒す」

怒るとノボリさんとクダリさんって口調が少しおかしくなる
私のことより怒りに心捉えられているからか、ノボリさんの抱き締める腕の力がとても痛い
長身4人に囲まれて威圧感と圧迫感も凄い
火花が散っている最中次はどう抜け出すか考えていると向こうから先輩が駆けてくるのが見えた
相当焦っているらしくブレーキをかけずに此方に突っ込んできて、私だけ掻っ攫っていく

「先輩轢きました」
「それどころじゃねーよ!キロお前何したの何やったのお母さん怒らないからちゃんと言いなさい!!」
「…?特に何もしていません」

怒らせたことはどうやら大丈夫だったみたいだから、もう私は何もしていない
先輩に轢かれた或いは押されたクダリさんが若干怒りながら追いかけてきた

「ねえ、どこ行くの」
「凄い美人なお姉さんがキロの名前呼んで叫んでるんですよ!」
「あ。クダリさん、エメットさん呼んできてください」
「やだ!」
「お願いします。じゃないと私が殺されるかもしれません」
「…そっちのがやだ。あーもうっ!」

クダリさんが白いコートを翻して呼びに行ってくれた
さて、問題はエメットさんが来るまでに私が無事でいれるかどうか、かな
担がれたまま運び込まれたのは案の定、クラウドさん達がいる執務室
170はあろう長身モデル体型の金髪美人が他の人に当り散らしている
扉の開いた音に気付いて私を見つけるなり、鬼の形相で近寄ってきた
それを必死にトトメスさんとかが押さえ込んでくれてる

「こんにちは。エメットさんならもうすぐいらっしゃいますので、おかけになってお待ちください」
「あああああキロちゃん火に油注ぐ天才か!」
「ッ、私エメット話二来タノト違ウ!」

良かった。どうやら此方の言葉をある程度は喋れるみたい
私が向こうの言葉をできるといったってたどたどしいものだし、早口で捲くし立てられたら何言われてるかわからない
安心したのでとりあえず私はコーヒーを淹れた

「どうぞ」
「アナタ何!私モデル、女優モスル。カミツレダッテ知リ合イ!」
「キロです。ギアステーションで整備士をしています」
「ソンナノニ負ケテナイワ!」

そんなの、という言葉に自分の眉が軽く寄ったのがわかった
私はこの仕事に誇りを持っているし職業に優劣なんて存在しないと思っている
でも言ったらクラウドさんの胃痛を酷くするだけだから噤む
自分で淹れたコーヒーを飲んで彼女の言い分を聞いているとエメットさん達がやって来た

「…Wao」
「アナタが仕出かしたことですから、ワタクシは一切関与しません」
「まさか来るとは、ネ」

予想よりは平和な修羅場だったのかインゴさんは落ち着いている
エメットさんの口角が一瞬ひくついた
さも面倒くさそうに近寄って私の隣に来る
途端、バン!とテーブルが強く叩かれた
女性が涙ぐみながら今度は向こうの言葉でエメットさんに何か訴えている

「Ah…期待ハズレチャン何か聞いた?」
「ご職業と自分の方がいかにエメットさんに似合っているかと、結婚を考えていたということだけ」
「エメットボス、結婚前提にしてた人と遊んでたのですか…?」

カズマサさんが恐る恐る口にする
暫し首を傾けた後、エメットさんはにっこり笑った

「彼女も浮気してる。だからてっきりボクとも遊びかと思ってサ」

サッと女性の顔が青褪めた
どうやら浮気していたことは間違いないらしい
自分はしているのに他人はダメで、挙句捨てられたら文句
私には向こうの文化を受け入れがたい

「エメット、アレ、ハ」
「どこかで見た顔と思えばアナタ、ワタクシにも寄ってませんでしたか?」
「ソウソウ!インゴにも迫っててアレは面白かった!」

2人は笑っているけれど全く笑えない
カズマサさんを始め鉄道員の殆どが硬直し、いつ口を挟もうかと伺っていたノボリさんやエメットさんをずっと睨んでたクダリさんも表情を強張らせた
良い嫌味を見つけたから兄弟揃って次から次へと彼らにとっては面白いネタを暴露していく

コーヒーカップの中をかき混ぜながらそれを聞いていた
テーブルに置いてあったそれに、ぽたりと波紋が広がる
泣いている女性を見て私は静かにカップを置いた

「いい加減にしてください。玩具遊びから抜け出せない子供が、大人の遊びの真似事なんてしていい迷惑です。本当に良い男の人ならば遊びであっても誠意を尽くし女性に恥を晒させることなく、他者を巻き込むことなく円満に終わらせます。そして貴女も見る目を養いなさい。いつまでも少女のままでいられないことぐらい分かりますでしょう。駄々を捏ねて手に入るのは10歳までです。3人とも今後このような迷惑行為は謹んで、大人になりなさい」

久しぶりに一気に喋ったから少し疲れた
再びコーヒーを手に取り啜る
私が淹れたものより、サーナイトが淹れた方がやっぱり美味しい
静まり返った部屋の中最初に口を開いたのはエメットさんだった

「…やっぱり、Mommyだ」
「え…っ」

母親。その単語は聞き間違いでなかったらしく
目を輝かせたエメットさんはコーヒーの存在を忘れて抱きついてきた
慌ててカップをテーブルに乗せたため、受け身が取れずソファーに沈む
大人になれと言ったばかりなのに子供のように稚拙なキスを頬や額に落としてくる

「――!キロ母親じゃない、離れてっ」
「当たり前デショ。Mommyみたいってこと」
「エメットさんいくつですか」
「28!」
「7歳上の子供なんてもてません」
「平気、養子制度あるよ」

彼は冗談で言ってるけどクダリさんは本気で嫌がってる
とりあえず、1つ合点がいった
インゴさんもエメットさんも、私を母親のような者として見ているということだ
叱ったのが変な作用を起こしたようです

「何なのマザコン!」
「男なんて皆ある程度はマザコンでしょう。エメット、貸しなさい」

クダリさんを押し退けたインゴさんに抱きかかえられる
そして当然のように瞼の上やこめかみに口付けられた
ハッと傍にいたカズマサさんと目が合って顔を逸らされ、恥ずかしさに暴れるより早くノボリさんが引き寄せ下ろしてくれた
上げて下げて右に左に揺らされくらくらする

「まさかインゴ様まで彼女を、」
「実に気に入りました。旅行の間の特別手当はソレをいただくことにしましょうか」
「インゴ、Nice!!会長にオネガイしとかなきゃ」
「ねえノボリこのままホウエンでぼく達結婚式挙げちゃおう」
「そう致しましょう。それが1番良いです」

また私を囲んで頭上が騒がしい
ちらり、と横目で女性を見た
視線に気付いた彼女が立ち上がってふらふらやって来たと思ったら私をぎゅうっと抱き締める
震える身体が目に映ってそっと背中を撫でた

「私モット頑張ル」
「はい。貴女はとても綺麗ですから、大丈夫ですよ」
「…You are really like mother.Thanks Mom」

頬にキスされる
男性にされるより女性にされる方が、その、少し…とっても恥ずかしい
思わず頬を押さえると彼女は笑ってエメットさんに何か二言三言告げてから笑顔で去っていった
モデルというだけあってその歩き方や笑顔、後姿はとても綺麗でちょっと見惚れてしまった

「キロ頬赤らめないで、ぼく泣きそう」
「…こんなことで泣かないでください」

本当に泣き出しそうなクダリさんに手を伸ばす
その手が頬につく前に万歳させられた
両側からするりと腰に腕が回される

「悪い虫がつかないよう見張っておかないといけませんね」
「ボクらの大切な大切な子だからネ。とくにぎゃんぎゃんウルサイ羽虫トカ」
「堪忍袋の緒が切れました。クラウド!今からマルチトレインを動かしてくださいまし!!」
「すっごいバトル、する。終わったら投げ出してやる」
「望むトコロです。ズタズタにして泣かせてやりますよ」


ああ、今日は残業かな。マルチトレインの整備私が担当する日だ
時計に目をやる私にクラウドさんが溜息を吐いて、もうどうにでもなれと嘆いているようだった







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