「ありがとうございましたー!!」
「よしお前らバリバリ働け」
「あなたもですよ。頑張ってくださいね」
「お、おう…」

奥さんに突っ込まれて皆が笑う
私も持ち場に戻ろうとしたら、奥さんに手招きをされた

「素敵な方いる?」
「え…」
「ギアステーションの人、皆子供みたいでしょう」

聞けば昔ギアステーションの受付嬢をされていたとか
BPを道具に換えたり、ライモンシティの見所をお客さんに伝えたり
道理で綺麗なはずだと納得した
当時はノボリさんもクダリさんもサブウェイマスターじゃなく普通の平鉄道員で、よくギアステーションを駆け巡り働いていたのを見ていたそう

「とてもかっこいい双子が来たって皆盛り上がってたの」

容易にその光景が想像できる
今だってきゃーきゃー言われてお客さんに囲まれているから
取材に来たレポーターさんが惚れちゃったという噂も聞いた

「でもあの人、私に必死にアピールしてきてね。"双子みたいにかっこよくないしバトルも強くないけれど、貴女を絶対に幸せにしますから付き合ってください!"って毎日言われて」
「それは…情熱的ですね。今の様子からはとても考えられないぐらい」
「昔はまだ若いからもうちょっとかっこよかったのよー」

自分の旦那にそんなこと言って良いのだろうか
私はただ、いつも真面目できびきびしている少し強面のチームリーダーが、人前で臆することなく毎日愛を捧げていたことに驚いただけなのだが
でも口ではそう言いながら奥さんの視線は柔らかくて、ああ、凄く良い夫婦なんだと思える

「幸せですね」
「ええ。でも私ね、この人となら幸せじゃない、不幸な時でも一緒に頑張れるって思ったから結婚したのよ」
「―――…」

"それが1番大事なことでしょう?"

奥さんは私に笑いかけた
不幸な時、辛くて哀しい時、…差し出される2つの掌が私を引っ張ってくれた
頼らない頼れないと思っていたくせに意外と私は頼っていたみたい

「…はい」
「貴女も今いる素敵な人と、いつも頑張れたらいいわね」

にっこり笑顔のままそう言うけどこの人はどこまで知っているんだろう
確かにノボリさんもクダリさんも、包み隠さず好きと言ってくれるけどまさかチームリーダーが逐一報告してるなんてないよね
ギアステーション内ならともかく外にまで洩れるのは少し、いやかなり恥ずかしい
熱を帯びてきた頬を隠すように安全帽を被り直し整備に戻った





「お疲れー」
「アチー。水くれ」
「キロお前もあがっていいぞ!」
「これ終わってから行きます。お疲れ様です」

どちらにせよ先輩達が着替えている間、私は更衣室に近寄れない
女性整備士は現在私しかいないため以前は他の受付嬢とか鉄道員さんが使う女性専用更衣室をお借りしていたんだけど、あの事件があってそのロッカーが気持ち悪くなり使うのをやめてしまった
今は整備士用更衣室のロッカー1つを借りている
元々着替えは全部家で済まして来ているから、荷物を置く場所があればいいだけだし
人が引いてから取りに行って帰ろうと考えていた私の元に先輩が血相を変えてやって来た

「お前のロッカー入り口に1番近いやつだよな!?」
「はい。それがどうか、」
「ちょっと来てくれ!荒されてるぞ!!」

慌てて更衣室へ走る
鍵のかけたロッカーを無理矢理こじ開けられて、中身が散乱していた
滅多に使わないが高い工具は持ち去られお気に入りの鞄も引き裂かれている
財布や家の鍵などの貴重品は持ち歩いているから無事だった
それにしても、これは酷い

「工具が…」
「バールで無理やっこ開けたな、こりゃ」
「ほらキロちゃん帰りはこの袋使いなよ。無いよりマシでしょ」
「すみません」

手帳やタオル、制汗剤を貰った袋に入れていく
嫌がらせには慣れすぎて一体誰がなど考えなくなった自分が少し怖い
ロッカーは明日修理を頼むとして今日はそのまま帰らせてもらった
誰にも出会わないようこっそりギアステーションを抜けようとしていたのに、明るいコガネ弁に呼び止められる

「クラウドさん」
「キロちゃん帰りなとこ悪いんやけど、手伝ってくれへんか?」
「何でしょうか」

さっと袋を後ろに隠して頷く
余程必死なのか彼は気に留めず、私を鉄道員さんがいる執務室へ案内した
そこには堂々とエメットさんがソファーに寝転んでいる
本で顔を隠しているから寝ているか起きているかは分からない

「起こしてほしいねん」
「私がですか」
「俺らが昨日起こしたらごっつ機嫌悪なってもて…」

クラウドさんが遠い目をする
彼らもノボリさんやクダリさんが心置きなく旅行できるよう、頑張って働いてくれている
その仕事の一環に臨時上司のご機嫌取りも含まれていることは容易に想像できた
頷いて、まず本を顔から退ける
透き通る蒼い瞳と目が合い、叫ぶ間もなく腕を引かれ抱き締められた
反動で起き上がった彼の膝上に無理矢理乗せられる

「ちょ、エメットボスそれは」
「What?Leave me alone!!」
「うっ、」

背中の方からクラウドさんの言葉を詰まらせた声がした
力加減無く抱き締められてとても苦しい
どうにか顔を出して、辛うじて動く掌で身体を叩いた

「起きたのでしたら離れて仕事をしてください」
「…ボク達の仕事、ノボリとクダリがいない間の書類業務とバトル。居る間は自由ダヨ」
「ならそれはいいです。離してください」
「ねえ、期待ハズレチャン」

耳元で囁かれてぞわぞわする
甘い声だったけど心地良いとは思えず眉を顰めた
クラウドさんや他の鉄道員の人達が居る前でなんて声を出すんだろう
抱き締めていた腕が緩んで代わりに両頬に添えられ上を向かされた

「エメット君遊びに、」
「今夜は私とでしょう?ねえ、」

数人程の着飾った女性が突然入り込んできた
マズイ。と私の中で警鐘を鳴り響く
視界の端でエメットさんがにやりと笑った

「キミが1番"スキ"だよ。My sweetheart,キロ」

唇が落ちてくる
カッとなった時にはもう手を振り上げ叩いていた

「あなたのスキは馬鹿にしていますと言っているようなものですね」

荷物の入った袋を乱暴に掴んでドア前に群がる女性を掻き分け出て行く
クラウドさん達には申し訳ないけれど、あの人とこれ以上一緒に居たくない
嫌いを通り越して存在を抹消したくなる
大股で歩いているとインゴさんが前方から歩いてきた
同じ顔。見たくない。ああ、似たようなことを随分前にも思った気がする

「お疲れ様です」

それでも彼とこの人は違うから無下にはできない
搾り出した挨拶をインゴさんは無言で立ちはだかって進行の邪魔をする
ただでさえ機嫌の悪い私は分かりやすく睨み上げた

「また愚弟が何か仕出かしましたか?」
「…インゴさん、弟の躾はきちんとすべきですね」

私の嫌味に彼は笑った
白い掌が伸びてきて、今度は肩ではなく頬を摘まれる
強いものではなかったけど口が変形する程度には伸ばされる

「あまり自分を特別視するモノじゃありません。エメットにとって、女性に叩かれるぐらい日常茶飯事。アナタ様のことなど蜜に群がる虫程度。ソレはノボリもクダリも、同じことですよ」

言いたいことだけ言って手が離れる
黒いコートが脇をすり抜けた

「――本当に貴方達は可哀相な人ですね。要らないなら捨てなさい。要るなら名前を書きなさい。玩具を取られて駄々を捏ねてみっともないです」

振り返らずに私は走り出す
袋の中の色んな物が揺れてぶつかり音を立てた
自宅まで一心不乱に走り続けて、玄関に荷物を放り投げその場に仰向けで大の字になった
今になって心臓がばくばく鳴っている
ああ、どうしよう。言い過ぎたかもしれない。かもではなく、言い過ぎた
これで彼らが帰ってしまってノボリさんもクダリさんもホウエンに行けなくなったら

「ポォォゥ…?」
「ごめんね、もしかしたらダメかも」

サーナイトが上から覗き込んでくる
傍に座って私の頭をそっと撫でた
昔は私が姉の立場だったのに、今では逆転しかかっている
それでも嫌ではなくて瞳を閉じた

そのまま眠りに就いた私はライブキャスターが鳴り響いても起きることはなかった








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