「フーン、小さい。コレがイッシュの普通?Really?」
「…どちら様でしょうか」

更衣室から点検場へ向かおうとすると見知らぬ男性が立っていた
見知らぬ、と言えど既視感が拭えない
白い制帽の隙間から私のものより明るく澄んだ蒼い瞳が覗く
ああ、クダリさんと同じコートだからか
とにかく退いてほしいのに邪魔な長身で行く手を阻んでくる

「あの、」
「身長も胸も尻も無さそうダネ。ウーン、期待ハズレ、カナ」
「そうですか」

私の身体をじろじろ眺めてそう言った
何を期待して此処に来たのか知らないが、どうでもいいので彼が溜息を吐いている間にさっさと抜けた
今日はシングルから点検して前回お願いしたマルチトレイン塗装の確認をしないと
早めにしてしまわないと面倒なことになる
どうせ昼前にはクダリさんが点検場まで来て休憩に入るまでずっと後ろで喋るんだから

「また曲がってる…」

バトルに夢中なのは良いことだが灼熱や極寒を繰り返す車内では金属なんてすぐ壊れる
誰かが支えに持っていただろう手すり部分がぐにゃりと湾曲していた
上の金網から外して、ああ下も引っこ抜かなきゃダメかな

「おいキロ知ってるか」
「林檎だけですか」
「何言ってんだ。クダリさんがプレイボーイだってことだよ」
「はあ」

しまった、ついうっかり昨夜見ていた映画の台詞を言ってしまった
幸いにも先輩には気付かれなかったから後に続いた言葉も一緒に流し聞く
クダリさんがプレイボーイと、知ったところで私に何の得があるのだろうか
性格や言動はともかくとして見目だけは良いから、それはまあ、そういう浮付いたことぐらいあるでしょう

「さっきも受付嬢ナンパしてたんだぞ」
「え…」
「おっ!やっぱり気になるか!お前も言い寄られてたしな!」

確かに気にはなりましたが恐らく先輩の期待していることじゃない
受付嬢なら可愛い人多いけれど、以前クダリさんは興味ないって言っていた気がする
何かその後私についても色々言われたかもしれないが覚えていない
そもそもそんな人目に付くような場所でする…しそうかな
考えるのが馬鹿らしくなったので整備をさっさと終えて、休憩時間ご飯を買いに売店へ向かった

「Hi,キミ可愛いね。今晩ドウ?」
「あっ」
「…ああ、えっと、期待ハズレチャン」
「退いてもらえますか。すみません、コーヒー牛乳とやきそばパンとカツサンドください」
「ワオ、かわいくないチョイス」

ご飯に可愛いとか可愛くないとかあるんだろうか
売店の若い売り子さんに今朝の白い男性がナンパしていた
目当ての物を買えたので、さっさと帰ろうとして足を止める
もしかして同じコートを着ているから勘違いされたんじゃ

「すみません」
「ン?」
「一緒に来てもらえますか」

よくよく考えたらサブウェイマスターのコートを着て破廉恥行為をされると2人の評判が落ちてしまう
別にそれが困るわけじゃなく、上司の評判が悪いとギアステーションも一緒に落ちるから
人が来なければトレインは動かないし延いては雇用問題に差し障ってくる
リストラ、なんて私は真っ平御免です
だから執務室に来てもらって2人に渡そうと思って呼んだのに、何故か彼は暫く考え込んだ後口角を上げた
笑い方とかあまり似ていないと思う

「仕方ナイ、イイヨ。じゃあキミはまた後でネっ」

先程までナンパしていた女性にウインクしてる
イケメンにそうされると惚れるって聞くけど、本当なんだろうか
今傍で見ていたのに私はトレインがウインクしてくれた方が惚れると思う
執務室まで案内する途中、人気の無い廊下で突然壁に押しやられた
端整な顔立ちが視界いっぱいに広がる

「期待ハズレチャンは意外にヤキモチさん?」
「…やきそばパン潰れるのであまり近寄らないでもらえますか」

結構人気でこれがラストなのに潰されたら嫌
味に変わりはないとはいえ、何となく食べる気がしなくなる
寄ってきていた身体や顔がぴたりと止まった
顔の横に腕をついて囲まれてる
それを掻い潜ろうとした時、同じはずなのに見慣れた白いコートが見えた
見えたと思えばすぐ大きくなって今まで目の前にあった方が消える

「キロ大丈夫!?何もされてない?やだ、もう熱湯消毒、する!」
「痛いです。痛い…っ、あ、潰れた…」

クダリさんにぎゅうううっと抱き締められてやきそばパンとかカツサンドが潰れた
辛うじて紙パックのコーヒー牛乳だけは破裂されると面倒だから、密接地域から離して保護できた
それにしてもあの男性、物凄い吹っ飛ばされたけど大丈夫なのかな
廊下に押されて倒れていた彼がゆらりと起き上がる

「クダリ、キミいい度胸ダネ。潰すぞ、F**k」
「うるさい。キロに近寄るエメットが悪い。キロ、アレ危ないからダメ」
「知り合いですか」
「…一応ね。とにかく2人きり禁止!」
「心配せずとも期待ハズレチャンに興味ナイね。キミ達が執着してるカラ、どれだけイイかと思ったら」

ぎゃあぎゃあと私の頭上で喧嘩が始まる
ああ、そういうことか。よく分からないけどこの人達は知り合いで彼がサブウェイマスターのコートを着用していても問題はないらしい
余計なお世話をしかけるところだった

「持ち場戻ります」
「お待ちなさい」
「っ、あ…」

言い争う2人を放って帰ろうとした私の腕が強引に掴まれる
廊下の角から現れた黒いコート
でもノボリさんじゃないことは見上げればすぐ分かった
コートに染み付く煙草の香りに顔を顰めると、黒いその人はどこか楽しそうに私を見下ろす
背が高い。ノボリさんやクダリさんも高いけどこの人達はそれより高く感じる

「! インゴ、返して!」
「オヤ、アナタ様のモノというわけではないのでしょう?ならどうしようと勝手では?」
「昼休憩が終わる前に食事を取りたいので離してもらえませんか」

モノだとか勝手だとか、非常に頭上が煩い
クダリさんは私の腰を持つしこの黒い人は腕を離さないし、正直身体が引き千切れそうで痛い。やめてほしい
少し何かするとすぐこれだから面倒なことこの上ない
溜息ひとつ落として私は腕を振り払った

「クダリさんも離してください」
「うー…キロ見送る」
「カズマサさんじゃないんですから1人で帰れます」
「ダメ。インゴの瞳が怪しい」
「Hum,ワタクシも興味ありませんよ」
「ならなんで呼び止めるの」

一触即発、と例えるべきか
よく見ればインゴと呼ばれた人とエメットと呼ばれた人の顔が似ている
この人達も双子か何かなのかな
…なんだろう、ノボリさんとクダリさんがハーデリアとヨーテリーなら、向こうはレパルダスとチョロネコって感じだ








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