「ぼく、納得いかない」
「本当に宜しいのですか」

以前も言われた台詞を聞き流しつつキロは窓枠を眺める
手にあるチェック用紙に書き込み、次の車両へ移ろうと足を動かす
その靴はもうヒール音ではないし服もはためくことはない
後ろの白と黒だけが風に靡かせついてくる

「約束は3週間です」
「ほんとにきっちり帰った!やだ、まだキロとバトルする!」
「トレインもうありませんよ。カナワに戻りました」
「今からでも遅くはございません!すぐ呼び戻して正規の運行に組み込み…っ」

捲くし立てるノボリの唇にボールペンを優しく当てる
キロの瞳は相変わらず淡々としていて、興味は既にトレインに戻っていた
楽しそうにバトルしていた彼女は忽然と姿を消している
本来の約束通り、キロは運行が終わって本部に報告と事後処理を行ったあと整備士として点検場でまた勤務している
トリプルは無理だとしてもせめてトレイン内のトレーナーぐらいはしてくれる
そう期待していた2人はあっさり鉄道員を辞めて戻ったキロに納得いかず食い下がっているのだ

「ねえ、お願いー」
「何でも致しますから、是非」
「トレインがあればいいです。お引取りください」

決してバトルをしたくないというわけじゃない
これからも必要であれば行うだろう。つまり裏を返せば必要ないならばそのままで良いし、無理に必要な場面を作る気もない
そんな主人の考えを理解してかポケモン達も何も言わない
1番新しくやってきたアバゴーラですら、キロの気持ちを汲み取り今は家でのんびりミロカロスと戯れている

「分かりました。では1つだけお答えくださいまし」

態度を変えないキロにノボリはついに折れた
クダリの方はまだ諦め切っていないようだが、ひとまず静かに兄の言葉に耳を傾ける
キロもシート下に潜り込ませていた顔を出してノボリを見上げた

「聞き間違いでなければあの日、わたくし達のことを好きと言っていただけたと思うのですが…」
「ああ、そうですね」
「!ってことはぼく達と」

パアッと2人の顔が輝いた
それを見てキロは怪訝そうに眉を寄せる
予想と反する彼女の表情を見てノボリは何故か冷や汗を流す
両手を広げ喜ぶクダリにどすりと突き刺さる言葉が放たれた

「好きだから付き合うなんて10代の子供じゃないですから」
「う、えっ、な、なんで」
「朝起きて夜眠るまでトレインとポケモンで一杯です。これ以上気が回りません」
「ま…回さずともお付き合いしていただけるだけで」
「ただ傍にいるだけなら、今のままで良くありませんか」

彼女の言うことは尤もである
だが、だからといって首を縦に振れるはずもなく
説得がバトルから恋人へ切り替わったのをBGMにキロは黙々と整備を続けた
結局彼女の思考回路を捻じ曲げることは叶わず、とぼとぼ執務室へと戻った2人をクラウドが呼び止める

「なに…クラウドのばか」
「開口一番罵らんといてください。本部から連絡来てますで」
「居ないと告げてくださいまし…わたくしもう心が折れました」
「はあっ?いやいやいや何言うてますねん」

双子揃って鬱々としだしタマゲタケでも生えそうな空間が形成される
無理矢理モニターの前に引っ張り出して何とか対応させた
一仕事終えたクラウドが別室でコーヒーを飲んでいると、その横を猛スピードで駆け抜ける白黒2つの影
積み上げられていた書類が軽やかに舞った

「ボスううううう!!!!!」
「キロ―――!!!キロ、キロ大好き、好き好き結婚しよう!」
「これはもう運命でございます!是非是非ご挨拶に向かわせてくださいまし!!」
「痛い、苦しい、離れてください。しつこいです」
「見てコレ!」

ちょうど整備を終えトレインから飛び降りたキロをキャッチし離さない
肋骨が折れるほど強く抱き締められ、煙が出そうなほど頬擦りされる
そんな状態で顔面にプリントアウトされた用紙を差し出された
揺れる視界で一文字ずつ読み取っていく

「え…」
「今回のことで会長様よりボーナスをいただきました」
「有休扱いで2週間旅行!行き先自由だから、キロの実家、帰れる!!」
「ホウエンへ参りましょう!」

トリプルトレインが無事運行を終えたことと以前の襲撃の折に守ってくれた礼、そしてそれによってキロ自身に迷惑が被ってしまったことの詫びを纏めて休暇としてくれるそうだ
祖母が亡くなって以来故郷には2年に1度しか顔を出していない
それも両親との仕事休みが合わず、折角帰ったのに1日も一緒にいれないことだってあった
2週間あれば流石に3日ぐらいは居れると頬を染めたキロは最後の行に閉口した

「仕事以外の遠出など何年ぶりでございましょうか」
「ホウエン初めて。ガイドブック買う」

尚、1人では心許無く思うだろうからノボリくんとクダリくんも連れて、3人で楽しんできなさい
会長の気遣いに彼女の目の前は真っ暗になった
にほんばれ宜しく晴れ渡る双子とかみなりに撃たれ失意のどん底に落とされたキロを元通りだと感じる職員達

「電車ないの!?船、船でもいい乗りたい」
「実に素晴らしい、ブラボーなボーナスです!さすが会長様!」
「ねっねっ、お土産何にする?」

とりあえずホウエンに帰ったら、いの一番にあさせのほらあなに向かい家の周りに巻く塩を取ってこよう
キロは虚ろな瞳を携えながら固く心に誓った
騒がしさがイッシュを飛び越え緑豊かなその地に着くまで、あと、ちょっと









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