「おはようございます…嬉しそうですね…?」

ジャッキーが走りこんできた2人に挨拶をする
息を少し切らしているにも関わらず、楽しそうな双子に首を傾げた
それに答えずクダリはスキップ混じりに執務室へ行ってしまう
ますます不思議がる彼にノボリは確認事項を尋ねた

「問題はありません。ただ今日が最終日ですから…」
「おや」

すっかり忘れていたのかノボリが珍しく驚いた声を出す
脳内で数えてみると確かに7日目
トリプルバトルも最後かと感慨深くなっているとキロがコートとスカートをはためかせ此方へやって来た
整備と点検確認が終わりトレインを待機させているのだが、始発を待たずして多くの廃人がホームで準備しているらしい
運行時間を早めて良いかとじっとノボリを見つめながら聞く
その瞳はきらきら星のように輝いていた

「…無意識というのも困り者ですね」
「ダメですか」
「運行を早めるのは構いません」

許可を貰うなりすぐ翻して消えていく
数ヶ月前とは別人の様子にジャッキーが少し目を見開いた
横目でそれを見てノボリは制帽を被り直し、クダリが待つ執務室へ足を運ぶ
シビルドンと戯れていた彼が笑顔で兄を手招きした
来客用のテーブルに置かれたボールが微かに揺れている
中身が一体何なのか、分かったのは10時を過ぎた頃のトレイン内だった

「今度こそ負けなくってよ!」

腕を組んで女性が高らかに宣言する
相変わらず人の台詞を遮り被せるのが好きなようだ
途中で打ち切られたノボリは小さく咳払いをする
決められたものとはいえ最後まできちんと聞いてほしいものだ
お構い無しに彼女はキロの腰元にあるボールを指差した

「貴女のアバゴーラの戦術は見破ったわ!」
「そうですか」
「だ、だから勝ったら、お願い事1つよ。宜しいかしら?」
「はい」

これが俗に言うツンデレなのかとノボリが1人考えているとキロを挟んで向こう側、クダリが違う違うと頭を横に振った
突然不可思議な行動をとった2人にビビりつつもキロは台詞の続きを促す

「ええ……あらためまして、挨拶を。わたくしサブウェイマスターのノボリと申します!さて、今さらここまでいらしたあなた様に何も言うことはございません。今までにない史上最高の戦いを早速始めましょう!ではクダリ、何かございましたらどうぞ!」
「やること言うこといつでもおんなじ。ルールを守って安全運転!ダイヤを守ってみなさんスマイル!指差し確認、準備オッケー!ラストはキロが決めちゃって!」
「日々精進、点検整備、速度は上げても不安な心は揺らしません。此方は特急、お客様との至高のバトル、ノンストップでお送りします。それでは皆様、勝利のホーム目指して――出発進行!」

車両内に取り付けられているカメラがそれぞれを映し出す
前回砂煙が酷く一部画像に乱れがあったことを踏まえ、今回は挑戦者サイドから2台、サブウェイマスターサイドから2台の計4台でそれぞれ戦況に合わせて角度を変え流していく
執務室では職員用モニター前争奪戦が起きていた
陣取っては奪われ侵略しては倒されを繰り返す鉄道員を横目に、ジャッジは1人ライブキャスターを弄ってテレビに接続した
最終日のため辿り着けない一般用にバトル中継がされている

シャンデラ、アバゴーラ、シビルドン
変わりのないメンバーで迎え撃つサブウェイマスター組
そして挑戦者側もタブンネ、ボーマンダ、ジャローダと前回同様のメンバーだった
僅かに目を見開いたキロに女性が笑う

「貴女の手の内を見てるのに私が変えて逃げるのは嫌よ。但し前の子達と同じだなんて思わないでちょうだい!ボーマンダりゅうせいぐん!」
「タブンネあくび!」
「ジャローダ、へびにらみっ」

ノボリとクダリの顔付きが変わる
ぞくぞくする。一度倒した相手が這い上がりまた牙を向くこの瞬間がたまらなく楽しい
負けたことなんてもう覚えていない、勝つことだけを貪欲に求める瞳が自分達に向けられている
夜空の星より強烈に輝くその光が見たくて此処に居る
サブウェイマスターとしてこのトレインに乗り続ける
喜ぶ2人を見て、キロは制帽のつばをくっと上に押した
自分にできることを丁寧に丁寧にやる
前に躍り出るよりも此方のほうがやはり向いていると思った

キロはアバゴーラに目を向ける
基本の型は敢えて無視して、彼女は今までアバゴーラに攻撃技しか覚えさせてこなかった
それはトリプルバトルが下手をすれば1ターンで終了することもあるほど、短い時と長い時の差が酷かったからだ
畳み掛けるほうが無難だったがそれだけではつまらない

「正攻法で行きます。目覚めなさい、からをやぶる!」
「シャンデラちょうはつでございます」
「シビルドン、かえんほうしゃ!」

同じポケモンでありながら中身が違うのはこちらも同じこと
モニター前で争っていたクラウド達が大声で応援を始める
それまで静かに見ていたジャッジもライブキャスターを持ったまま湧いた
りゅうせいぐんがアバゴーラに降り注ぎ、あくびがシビルドンへ、へびにらみはシャンデラに向けられる
しかしちょうはつはジャローダに当てられへびにらみが流されたうえにかえんほうしゃが襲い掛かる
アバゴーラは特防値が低くとも特性がんじょうで生き残った

「やばいシビルドン寝た」
「よし!タブンネ、トリックルームだ」
「落とすわよだいもんじ!」
「頼むジャローダリーフブレードっ」
「…とか、言ってみたり、ね!」

クダリがぺろっと舌を出した
眠っていたはずのシビルドンが起き上がる

「持ち物だって勿論変える。キロのくれたラムの実便利!」
「木の実ならば沢山ありますから。さあ…魅せなさい、れいとうビーム!」
「シビルドンもめざめるパワー!」
「参りましょうか、オーバーヒートッ」

前者2人の技がボーマンダに一斉集中する
上手く振り分けたのかクダリのシビルドンが使うめざめるパワーはこおりタイプ
タイプ不一致で何とか生き残っていたジャローダにも留めの一撃が打ち込まれた
床に沈む2体を見てタブンネを使用していた男性が降参を宣言した

「俺のタブンネは補助で攻撃技はノーマルだから、どう足掻いてもゴーストタイプを倒せないんだよなぁ…」

漂うシャンデラを見て苦々しく呟く
倒れたボーマンダとジャローダや危ないアバゴーラを回復させると、カメラがまわっていることも忘れ6人で突然反省会が開かれる

「危ないところでございました…」
「キロさんのアバゴーラ前と本当に違うのね」
「以前は特性ハードロックです。敢えてからをやぶるは使ってません。油断させといていざという時に使おうかと思っていました」
「シャンデラってちょうはつ覚えるんですねー」
「わざマシンから可能でございます。読み違えておりましたら危険でした。ジャローダは素早さ振っておられないのですか?」
「あーいけるかなと思って他に割いたんですよ」
「タブンネかわいい」
「ごめんなー攻撃技おんがえししか覚えさせてないから、痛い痛いごめんって」

和気藹々と団欒を始める6人にクラウドが無線で呼びかける
締めの台詞を言い忘れていたことに気付いたが、今更取り繕っても仕方ないと早々に諦めた
折角かっこよく勝利を収めたというのにこれである
トレインが減速してホームに停車し、挑戦者3人は別れを告げた
女性だけはまだ名残惜しそうだったが2人の男性に引っ張られて連れて行かれる

「…勝てた」

ぽつり。無線がぎりぎり拾える範囲の小声でキロが呟く
心なしか、いや誰が見ても嬉しそうに頬を染めている
喜び震える背中を白い掌が2つ支えた

「次もすっごいバトル、始める!」
「勝利に向かってまい進あるのみです」

双子が指差す先が眩しく輝いて見えた
光溢れる世界にキロは大きく頷く

「はい…!」

子供のように笑って彼女は駆け出した








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