「………か、…いで」
「黙ってろよ偽者。お前は世の中で1番素敵なキロの代わりになれるんだから、泣いてないで喜ぶべきなんだよ」
「置いて、…かない、で」

私を置いてどこにも行かないで
嫌になるぐらいこんな私を好きだと言って
くだらない男の愛してるより、2人の稚拙な好きの方がいい

「ノボリ、さんとクダ、リさんが、好き」

あなた達が気紛れに私を好きだと言っていても
バトルをまたできるようになったのは、紛れもなくあなた達のおかげだから
私のバクフーンのために涙を流してくれた2人が、嬉しくて嬉しくて、心のどこかで愛しいと思い始めたのはいつからだろう
あなた達が笑って楽しんでくれるなら、派手に壊された車体の修理も苦じゃないと、思い始めたのはいつからだろう

「貴方なんか知らない。私が必要としてるのは、白と黒の2つだけ。貴方1人じゃ灰色の私は描けない!」
「ふざけるなぁ!!」
「―――ッ!」

握り拳が見えてキロは咄嗟に目を瞑る
衝撃に備えて歯を食い縛ったが、何かが壊れる音はしても痛みは来なかった
その代わりに待ち望んでいた声がする

「ふざけてるの、お前。なに、死ぬの」
「よほどわたくし達を殺人者に仕立て上げたいと、ええ、お望みならば」
「立て。ぼくを見なよ」
「顔を上げなさい。くたばれ」

キロに跨っていた男をクダリが蹴り飛ばした
扉にぶつかったそれが咳き込む間にノボリが強打した背を強く何度も踏みつける
そしてまた腹に足を入れ蹴り上げる
手袋を外したクダリの拳が右頬にぶちかまされた
まだ動悸が治まらないキロの傍に傷だらけのサーナイトが這い蹲りながら近寄る

「ポオオオゥ…ッ!」

自分の方が酷い怪我だというのにキロの顔を身体を懸命に癒そうとする
彼女の鳴き声で我に返り、キロは2人のズボンを力無く引っ張った
振り返った彼らの顔は静かな怒りだけが滲み出ていた
何か言わなければいけないのに上手く声が出ず、とにかく首を横に振った

「なんで?」
「コレを赦すとでも」
「…2人まで穢れることは、ありません」

双子の容赦無い暴力と暴言に震える男へキロが近寄る
冷め切った瞳が虚ろに漂い脅えた表情を捉えた
男の手を無理矢理握り、キロは笑う

「一緒に堕ちましょうか。貴方は私のこと要らないそうですから、今ここで貴方に刺されたことにして、私は死んで貴方は一生牢獄の中会えないまま死ねばいい」

笑顔のまま言葉はいつもの彼女のように淡々と
本気で言っていると男は瞬時に理解し、悲鳴をあげてその手を振り払った
彼女は間違いなく本物のキロであってそして自分の妄想とは全く別物であり、でもやはり本当に、キロなのだとまざまざと見せ付けられる
青褪めたのは男だけでなくノボリとクダリもただでさえ白い顔を一層白くして呆然と佇み笑う彼女を引き寄せる

「キロ何言って、ふざけないで!」
「どうしてそう御自分を大切になさらないのですか!」
「大切です。…ただ、それよりもトレインが、ポケモンが、周りの人が、あなた達が大切なんです」

大粒の涙が止め処なくキロの瞳から溢れる
自分の肩に腕に触れる2人の掌をそっと外して距離を取った

「マスコミに嗅ぎつかれてギアステーションの評判を落としたくありません。どんな理由であれサブウェイマスターが暴力を振るったなど格好の的です。未遂であっても私の身体を触るのは、嫌でしょう」

無残に破かれたシャツ
下着が見えるほどに捲り上げられたタンクトップ
細く白い腰には痣や痕が付いていた
スカートも皺だらけで太股は強く掴まれたのか一部赤くなっている
散乱するコートと制帽に目を向けキロは自嘲する

「灰色なんて私にぴったりでした。ごめんなさい、私は…もう、」

置いていかないでと喚く一方で、好きだから居なくなってほしいという我儘
迷惑をかけたくないから黙っていたことが結局最も被害を受ける形となる
何もかもぐちゃぐちゃになってしまった

「舐めないでいただきたいものです」

ノボリの声がキロの思考を遮った
いつの間にか距離は詰められ、逃げられないようしっかりと腕が掴まれる
まだ自由だった片側もクダリが奪う

「貴女様より早く生まれ、長く働きサブウェイマスターとして過ごしてきました」
「キロがぼくらを守る為に死ぬなら」
「わたくし達は貴女様を守り一緒に生き抜いてみせます」

腕にあった掌が伸びる
ぎゅっと強く優しく2人がキロに触れる

「もっと頼って、キロ」
「我儘だって存分に言ってくださいまし」
「ぼくらが全部受け止めてあげる」
「たった1人の、愛しい方なのですから」

透明な涙が頬を伝う
ごめんなさいとありがとうと、そして好きを繰り返す彼女が泣き疲れて眠るまでノボリは背を、クダリは髪を撫で抱き締め続けた







「本当に宜しいのですか」
「ぼく、納得いかない。今でも憎い赦せない」
「構いません。必要、ありませんから」

目覚めた彼女が見たのは縛り上げられた男の姿
一夜明けてキロが起きるまで、ノボリとクダリは辛うじて残っていた人の情で殺人を犯すことを思い留まり、全ての判断を彼女に委ねようと捉えておいた
それを知りキロは男の縄を自らの手で解いた

「さようなら。どこの誰かは知りませんが、キロさんと仲良くお過ごしください」

あなたの望むキロは自分じゃない
念押すように彼女が微笑むと痛む体を引き摺りながら男は逃げて行った
警察に突き出し心行くまで追い込もうと思っていたクダリは僅かに頬を膨らませるが、キロがそれを見て小さく笑ったため元に戻し抱き締める

「クダリさん怪我…」
「平気。ちょっとこけただけ」

リップ音をたててキロの首筋に唇を落としていく
くすぐったそうに彼女は身を捩ったが、今までのように眉を寄せはしなかった
ノボリがボールを手に近寄りサーナイト達が入ったそれを渡す
道具やポケモンの技で全快とまではいかないが元気にはなっていた

「サーナイトにまたお礼を言わせてくださいまし」
「え…」
「キロが危険、って教えてくれた」

突然部屋に押し入ってきた男から主人を守ろうと必死に抗戦し、傷付き、重傷の身体で尚も力を振り絞り2人の元へ現状をテレパシーで伝えた
少しでも遅ければキロは今頃こうして立てていないだろう
ミロカロスもゲンガーも、バシャーモやアブソル達皆に向けてキロはお礼を言った
するとボールが勝手に開きゲンガーが出てきて大声で鳴く
クダリからキロを分捕ってぎゅううっと抱き締めた

「とられちゃった」
「仕方ありませんよ。ポケモン達は彼女のことが大好きなのですから」
「好きな子守るの当たり前!だからお礼なんてきっと要らない。キロがそうして居てくれるだけで充分!」
「ええ全くでございます」

ストレートに言葉を投げかけられキロは僅かに視線を落とし、それからゲンガーの頭を撫でた
他のポケモン達がズルイとでも言いたそうにボールを揺らす中ふとキロが時計に目をやる
時刻は7時に指しかかろうとしていた
どーん!と盛大にゲンガーを押し無言のままばたばた家中を走り回る

「えっ、キロどうし」
「遅刻です。早くしないと整備に間に合いません」
「いえサブウェイマスターですから整備の方は」

コートと制帽と鞄を脇に抱えたキロが玄関へ向かう
ニーハイブーツを履き終えてから振り向いた
既に手袋をした人差し指で2人を差す

「私が乗るトレインを私が確認しないで誰がするんですか。お2人も遅刻せず来てください」

扉が勢いよく閉められ階段を駆け下りる音が遠ざかっていく
あんな事があったというのにいつも通りの彼女に、ノボリとクダリは顔を見合わせ一呼吸置いてから笑った
廊下に転がるゲンガーにノボリが声をかけて2人もギアステーションへ走っていく








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