「おや、倒してしまったようですね」

トレイン内で待機していると無線に連絡が入る
19両目のトレーナーが挑戦者達に勝ったようだ
クダリが複雑な表情をしてシートに転がった

「えーっ、残念!」
「仕方ありません。次をお待ちくださいまし」
「もうキロがバトルしよう」
「職員が挑戦者ですか」
「わたくしのシングルに乗られてはいかがでしょうか」
「ダブルも面白い!ねっ」

表面上は2人とも元気だった
だからキロもいつも通り素っ気無く返す
挑戦者が来ない場合トレインの点検を始めるのが恒例となっていた
揺れるつり革を1つ1つ見ていくキロのライブキャスターが鳴る
仕事中に鳴ることが滅多にないそれを見て、キロは小さく息を呑んだ
見慣れない番号。だけど本能が警鐘を鳴らす

これに でては いけない

「………」
「あれ、切っちゃうの?」
「仕事中ですから」
「ご遠慮なさらなくとも宜しいですよ」
「公私混同はしたくありません」

元より公私どちらにも帰属していない
通話に出ることなくライブキャスターの電源そのものを落とした
トレインが減速してホームに停まる
無線からクダリが呼ばれ慌ただしく去っていく
残ったノボリがキロをじっと見つめた

「何か変わったことはございませんか」
「え…」

見つめられていることに気付かなかったキロが目を丸くしてノボリを見る
僅かに優しくなったノボリの瞳が、ふと彼女のコート裏を捉える
先程のトレインに乗る前にキロが見つけた自分宛の手紙
シュレッダーにかける時間がなかったのでそのまま持ってきたようだ

「そちらは、」
「手紙です」

隠すことなくキロは取り出す
封筒だけ見れば可愛らしい文字でただのファンレターに見えるからだ
何も手紙は嫌がらせのものだけではない
純粋にキロのことを応援する物もあるのだ
だから彼女は全てに目を通し返事が欲しいとあれば書いて返す

「整備士になりたい女の子からも貰いました」
「それは嬉しいですね」
「はい。楽しみです」

拙い文字で必死に書かれた内容は疲れていたキロの心を癒してくれた
お姉さんみたいに強くかっこよくなりたいと、純粋に気持ちを伝えられ手紙の女の子が早く大きくなって一緒に仕事ができればいいと彼女は思った
ただそれも次に見つけたあの手紙で台無しにされる
可愛いクルミルの封筒の陰に隠れていた、可愛いサーナイトの封筒
無地だった封筒が少しずつポケモンのものになっていく

それも全て、キロの手持ちに合わせて

「ノボリさん仮眠はいいんですか」
「まだ書類がありますから…クダリが戻ってきましたら、寝るよう言っておいてくださいまし」

少し覚束ない足取りで執務室へ戻っていく
キロは手紙に目線を落とし下唇を噛んだ
今日の内容はいつもの観察日記に加えて、怨みつらみが含まれていた



あの白と黒の邪魔な人は君には似合わない
どちらかに偏るなんて、とんでもなく滑稽な話だ
混ざり合って溶け合って1つになった君こそが
この世界に相応しく絶対的な存在となるべきなんだ
君を白にしようとするなら、君を黒にしようとするなら
染めあげる色はどちらも要らない
一緒に2人で分かち合おう
ぐちゃぐちゃにどろどろになってどちらか分からなくなるほどに



「…こんな中途半端な色がいいだなんて」

自嘲気味にキロは呟いた
灰色が彼女の瞳の蒼を濁していく
光の白も影の黒も覆い隠して均一に沈む
勝手に出てきたアバゴーラがキロの背を軽く叩いた
衝撃で我に返り彼を見て、眉尻を下げて頭を撫でる

「ありがとう」
「プッグォオウゥ…」

心配そうに鳴いた声がホームに響いた
反響して返ってくる音が耳をくすぐりキロを落ち着かせる
ロッカーに忘れ物をしたことに気付いて急いで取りに戻る
開いた扉の向こうには、見たこともない世界が広がっていた

「ひ…っ」

悲鳴をあげて後退りへたり込む
一面に貼られた自分の写真
全てに手紙と同じ文字で愛の言葉が綴られる
腰が抜けたキロをアバゴーラが必死に抱き寄せる
がたがた震える身体を支えようとキロも縋りついた

「アバゴーラ、わたし、」
『誰か来てくれ!白ボスがホームから転落しよった!!』
「―――!、っぁ、げん、がー」
「グオオゥ!!」

クラウドの切羽詰った声が無線から流れる
震えの止まらない手でボールからゲンガーを取り出す
尋常じゃない主人の顔を見て、ゲンガーは己のやるべきことをすぐ理解し彼女を抱え上げた
そして一目散にクラウドがクダリがいる場所へ走り出す
ホームには多くの人が集まっており既にクダリは線路から救出されていた
落ちた拍子に右腕を強く打ち、頬などにいくつか擦り傷を作ってはいたが幸いにもトレインは通らず運行に遅れや停止はないようだ

「もうしっかりしてください!」
「えへへ、カズマサに言われちゃった」
「笑い事ちゃうで!ああほらコート破れとるし」

ゲンガーに下ろしてもらいふらふらとキロが近寄る
鉄道員や客が犇く中を進んでいくと、ぞわりと背筋を這う低音ボイスが届く

「少し汚くなったぐらいじゃ、君の色にはなれないなんて、可哀相な奴だね」

振り返ることが出来ずキロはそのままクダリに駆け寄る
だけど触れる前に動きを止め、ぐっと握り拳を作った
制帽で目元を隠し唇を結んでいつも通りの呆れた瞳で、突き放すように淡々と坦々と

「仮眠とってください」
「ごめん。そうする」
「えらいお騒がせしましたー」

客に向かってクラウドが頭を下げる
鉄道員一同謝罪をしてから、クダリは顔色を変えてやってきたノボリに支えられ医務室へ行く
ついて行こうとしたキロの肩をクラウドが掴んだ
あまりの強さに痛みが走りキロは少し眉を寄せ振り向く

「すまん、時間あるか」

見たことないほど真剣で恐ろしいほどに瞳が暗い
ぎこちなく頷いた彼女をクラウドはホームに設置されている駅長室へ誘った
誰もいないその部屋に入り、扉に鍵がかけられる
座るよう促されたがキロは首を横に振った

「…白ボスがいくら疲れてる言うたかて、ホームから落ちるなんてアホな真似絶対せえへん」
「はい」
「なあ…何か知らんか」

ノボリ達ほど身長が高くないとはいえキロよりは当然高い
そして体格の良い彼が詰め寄ると圧倒される
いっそ話してしまおうか。その考えが頭を過ぎる
開きかけた唇を、キロは再び閉ざし静かに首を振った

「ほんまに知らんのやな」
「何が言いたいのですか」
「確かにわしら多少はお節介かもしれへん。キロちゃんからしたら鬱陶しい思うかもしれへん、けど!」

ガッと両肩を勢いよく捕まれる
先程より強く思わずキロは眉間に皺を寄せたが、眼前に広がるクラウドの表情にすぐそれは解かれた
大の大人が、男性が今にも泣き出しそうになっている
キロよりももっと眉根を寄せて怒りを表しながらも目許にはうっすらと涙を浮かべていた

「大切な仲間やねん!頼む、何でもええから…!」

キロの肩に額を寄せて肩を震わせる
虚無感が彼女を襲い、瞳を閉じた
形の良い唇が動き出す

「何かありましたらすぐ、お伝えします」

クラウドの肩に右手を置いて宥める
顔を上げた彼に微笑みかけた
袖口で涙を拭うクラウドにハンカチを差し出して、キロは仕事に戻ると伝えた
ホームに置いてきたゲンガーとアバゴーラを回収する

「――ごめんなさい」

彼女の足がヒールを鳴らして進む
その横を追い越すトレインの風がコートをはためかせた








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