負けない。負けたく、ない。


――『最期は、どうします、か?』


ごめん。ごめん、ね。



わたしが あなたを ころしました










ギアステーション。ライモンシティのほぼ中心に位置する巨大な地下鉄駅
通勤通学に行き交う人々の中に紛れて、その手に強くボールを握り締め挑み行く者もいる
気だるそうに目を閉じる者、瞳に自信と期待を宿らせ輝く者、そして、

「本日よりギアステーション勤務となりました、キロと申します。若輩者ではありますが退職されました先輩方に代わり精一杯勤めさせていただきます。どうぞ宜しくお願いします」


暗く深い海のように、重く黒く沈む者


「女性の整備士って珍しいですよね」
「ああ、此処数年は見かけとらんかったなぁ」

先日とある整備士が退職した
優秀な人だったが共に人生を歩んできた列車の引退を知り、自分の引き際は今しかないと言って辞めていった
60を過ぎていたため無理に止める者も居らず、ステーションの人間全員が彼の人生の再出発を祈り祝った
それから3日経ち、入れ替えの整備士がやって来た

若く希望に満ち溢れた男の子でも、落ち着き全てに微笑む男性でもない
淡々とその瞳に不可思議な世界を映し出す女の子
女の子、といっても彼女はもう20を越えている

17からずっと整備士学校に通い、優秀な成績を残していた
卒業してからはカナワタウンに配属され腕をより一層磨き、その甲斐あって今回選ばれたのだろう
だが喜びも感動も彼女には見られなかった

「クラウドさん恐れ入りますがトレインの点検場まで案内お願いできませんでしょうか」
「おお、ええで。自分何担当やったっけ?」
「暫くは全ての列車を見学し後に正式配属になります」

先輩の2歩後ろをきっちりと付いて歩く
大きめの作業服に反比例するかのごとく正確な歩み方に、クラウドは自分の上司の片割れを思い出した
今朝は早朝から挑戦者が訪れ両方揃って居ない

ちらりと横目でキロを見た
つり上がった瞳に固く閉ざされた唇
顔立ちだけ見れば少し幼く、長い髪がそれを引き立てている気もする
白黒上司を足して濃縮したようだ

「此処が走行してへんトレイン置いとうとこや。シングルとダブルは今動かしてるからマルチとそれぞれのスーパーやな」
「有難う御座います」
「…あ、ボス帰ってきたらあいさ、」

二度手間だがギアステーションで働くなら当然2人に挨拶しなければならない
そう思いクラウドは念の為に告げようとした
言葉が途中で止まったのは、トレインを見るキロの顔が、先程の無表情とは一転して嫌悪感を露わにしていたからだ
眉間にこれでもかというほど皺が寄せられていた

「えーっと…キロ、ちゃん?」
「噂には聞いていましたが最悪です」

幾分かマシになったとはいえ、まだ眉を寄せつつキロはさっさとトレインに向かって行ってしまった
点検場に足音が響き渡って反射し耳に届く
その音すら煩わしくて、キロは小さく舌打ちをし、マルチトレインの前で立ち止まる
外壁に手を当て瞳を閉じた

「今あなたを治してあげるね」

まるで人に接するかのように優しく微笑みかけた
笑うことも出来るのだと、この時は誰も知る由も無く
昼休憩の少し前に呼び出されるまでキロは1人全ての車両を診て回っていた





「ご挨拶が遅れましたことまことに申し訳御座いません。本日よりギアステーションに配属されましたキロと申します」
「ぼくクダリ!」
「わたくしがノボリでございます。此方こそ早朝から今まで空けており申し訳ありません」
「挑戦者久しぶりに良かった!でもスーパーに乗るには、まだ早いね」

ノボリから差し出された手を、キロは変わらず無表情のまま握り返す
その肌は白い手袋に負けず劣らず整備士のものにしては綺麗だった

「キロ、ぼくとノボリどっちが上司?」
「駅員ちゃいますからまた別とちがいます?」
「えーそうなの。じゃあキロぼくとバトルしよう!バトル!」

余程挑戦者が良かったのだろう
いつもより5割増しのテンションでクダリが話しかける
すると無表情がすっと翳る

「結構です」
「なんで?バトル好きじゃない?」
「…初日から言うことは憚られるのですが、」

暫く間が空いた後、キロはぐるりと部屋を見渡した
その場にいたほぼ全員と一度は視線を合わせると、凛とした強い声でとんでもないことを言い放った

「私バトルなんてこの世から無くなればいいと思っています」

一瞬にして場の雰囲気が凍てついた
彼女の瞳は冗談で言っているわけでなく真剣そのもの
心の奥底から、バトルは要らないと言っているのだ
では何故バトルトレインのあるギアステーションに来たのだと数名が疑問を浮かべると、それを読んでいたかのごとくキロは言葉を続ける

「配属先は上司の采配です。以前の職場ではバトルが要らないと公言していませんでしたから、この件に関して上の不備は一切ありません。あくまでも個人的感情ですし、それによって仕事に差し障る行為をするということもありませんので安心して下さい。私はただ淡々と、淡々と、トレインの整備を行うだけです」

抑揚の無い声が響き渡り各自の耳に届く
決して心地良いとは言えない単語の羅列に眉を顰める者もいた
気にしていないのか想定内の態度なのか、キロは一礼をし持ち場に戻っていった
彼女が去った後の空気は一層重くなる

「なんや…難儀な子やなぁ」

払拭するようにクラウドが口を開いた
皆それに便乗して和気藹々と各々の感想を述べ始める
その中で白いコートを着た人物は、ふらりと片割れの黒いコートへ近寄った

「ノボリ、どうしよう」
「どうもしませんよ。別に彼女はトレーナーではありませんからね」
「でもバトル無くなったらいいなんて…!」

えぐえぐと本当に泣いているのか怪しい声でクダリは泣く
気付いた部下数人は少しばかり彼に同情した
バトル廃人と言われ、それが故にその地位を築き上げてきたのだ
それを真っ向から全否定されるのは辛いだろう

「ぼく話してくる」
「お待ちなさい」

部屋を飛び出そうとしたクダリを瞬時にノボリが掴まえる
その手際の良さは思わず拍手を送りそうになるほどだった

「書類を片付けてからです。逃げようとしてもそうはいきませんよ」
「ちぇ、ノボリのケチ!あーあ、挑戦者こないかなー」

なんだ、ただのサボりの口実か。と見守っていた部下達も呆れて仕事を再開する
2人は与えられた専用の執務室に籠ると、どちらからともなく言葉を発した

「人生きっと損してる」
「人の価値観はそれぞれですからね。しかし雰囲気が悪くなるのは避けたいところでございます」
「皆バトル好き。多分、何人か苛立ってる」
「整備士とはいえ顔を合わせることも少なくありません…我々職員だけならばともかく、うっかりお客様に向かってあのような発言や態度をされると、ギアステーション自体の評判に繋がります」
「ノボリ…行っていい?」
「それが終わればお好きに。但しわたくしも同行します」

クダリは目の前に積まれた書類を見て笑顔を引き攣らせた
溜息は同時に吐かれたノボリのものと混じり、宙に消えた







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