「お待たせ致しました!只今よりトリプルトレインが出発いたします!!」
「整理券の順にご乗車ください。はい、押さないでくださいねー!」

職員達の声が飛び交う中専用の執務室ではノボリとクダリ、そしてキロが一列に並び立っていた
トレインの披露と挑戦者への説明が終わりこれからバトルが始まる
その前に3人は本部の偉い方々が直々にやって来られたのを迎え、こうして持て成している
早くバトルがしたいのか心なしかクダリはそわそわしていた

「…ねえ、ちょっとだけ」
「「ダメです」」

ノボリとキロの声がハモる
2人から却下を喰らいしゅんと白いコートが項垂れた
前に座るメガネをかけた男性がじろじろと不躾な視線をキロに送る
彼女の存在がトレイン運行に踏み切るきっかけとなったが、本部にはそれを快く思わない者もいる
女性整備士というだけで煙たがっている人もいた

「会長やはり…」
「キロさん、そのコートよく似合っておる」
「ありがとうございます」

男性が何か言おうとしたが会長は無視してキロと話し始める
親しげな口調に面食らった男性へ、ノボリは新しいコーヒーを差し出した
その時こっそり耳打ちをすれば彼はわざとらしく咳払いをしてネクタイを締め直す
会長のお気に入りとあればヘタに手を出すと身を滅ぼしかねない
思考の変化に気付いたキロが、会長に向けて小さく溜息を吐いて見せた
すると彼は大笑いしてコーヒーを一口含んだ

「モニターはあるのかな?」
「はい、こっちに!どうぞー」

トレイン内部が映し出されるモニターと車両カメラ切り替え用のリモコンをクダリが渡す
3人1組、使用ポケモンは他トレインと同じ規定、そして1人1体
ただ他と違って挑戦者達は簡易パソコンを1台貰いトレイン内で1回だけ交換が認められる
21両前で使うも良し、半ばで構成を返るも良し、7両で1周構成は変わらないためホームで手持ちとの変更は可能だが登録しているポケモンは分かってしまう
辿り着いた先で予測不可能なボックス登録ポケモンに変え突撃するという変則的なことが可能となった

「それでもわたくし達職員が易々と負けるわけには参りません」
「ほう!これは…」

会長が画面を食い入るように見つめる
見事手加減無しの本気バトルを実行できるようになった職員達は、夏休みの子供以上に瞳を輝かせ挑戦者達を悉く返り討ちにしていく
モニターに映るクラウドのやけに楽しそうな顔にキロは小さく笑った

『あんたらの旅もここで終いやな。わしがあんたらの終着駅や!』
『クラウドサン台詞独リ占メ良クナイ』
『ダカラモテナインダ。ネー』
『うっさいぞ片言コンビが。漫才か!』

漫才は貴方達だと思いつつノボリもモニターを盗み見る
手加減というサービスでやってきた挑戦者達は本気も本気の彼らに成す術もなく敗れ去る
そうそう最終車両まで辿り着けなさそうだったが、全員の無線に興奮したラムセスの声が届いた

『今14両目なのさ!』

短い伝達事項だったがそれだけで双子の顔が晴れ渡る
礼もそこそこに慌ただしく出て行った2人の後をキロがのんびり追いかけた
上手く行けば初の挑戦者に期待していないわけではない
逆に急く心を沈め、過度に負担をかけないようにしている
ホームに停まったトレインの最終車両へ乗り込む
つり革が揺れることすら面白そうにクダリが落ち着きなく動き回る

「クダリ、」
「うん、ごめん!」

ノボリが諌めると一応謝りはするものの止まる気配はない
ふと隣でキロが掌を広げ見つめていた
白い手袋にそっと指を押し当て"人"という字を3回書く
ぱくん、と飲み込む素振りを見せ書いた掌を胸にあてた
人の子らしく緊張している彼女に思わず緩む頬をノボリは咳払いで誤魔化した
それを勘違いしたクダリがぴたりと動きを止める

「あ、きた」

走行音に紛れて足音が3つばらばらに聞こえてくる
キロを真ん中に挟んで彼女から見た右側にクダリ、左側にノボリが立ち構える
眉を吊り上げ扉を睨むキロに予想していなかった人物が現れた
冷静に考えれば参加していてもおかしくはない、しかし1番に来るとは考えていなかった彼女にタックルに近い抱擁が行われる

「キロさんお久しぶりね!」

高飛車な声と相反する熱烈な愛情表現
以前トレーナーズスクールで知り合い、紆余曲折を経てまた再び巡り合った女性
仲良くなってからギアステーションで姿を見かけていなかったが今回もキロの知らない間にスーパー系車両を突破していたようだ
自分達の横にいたキロが綺麗に地面に押し倒され頬擦りされる様をぼーっと眺めていた双子が慌てて彼女達を起こす

「クダリさんもお久しぶりですね」
「う…うん…」

"様"から"さん"へ戻っていることにクダリは気付いたが何も言わない
誰が見ても彼女の興味及び好意はキロへ一直線に放たれている
イケナイものを見ているような感覚にノボリはそっと視線を外した
これだけ愛情をストレートに受けても、全くキロの表情は変わらず掌でそっと制して離れる

「おめでとうございます。最終車両へ到達したのは貴女達が初めてです」
「ええ、当たり前でしょう。貴女がトリプルトレインのサブウェイマスターを務めると聞いて、孵化厳選に努力値調整果ては完璧なる組み合わせを寝る間も惜しんで考え抜いたのですから!」

両端に男性トレーナーを2人並べて彼女が高笑いに近い声を響かせる
廃人行為が昔より進化していることにキロはほんの少しだけ呆れた
だがノボリとクダリは逆にそれで心躍らされたのか、バトルを早く始めようと大喜びで決められた台詞を言い始める
内容自体はマルチトレインとほぼ同じ
クダリが自分のモノを準備オッケーで言い止めて、次にキロへ回すだけ

「キロ、ラスト決めて!」
「…日々精進、点検整備、速度は上げても不安な心は揺らしません。此方は特急、お客様との至高のバトル、ノンストップでお送りします。それでは、」

出発進行と叫んだ瞬間それぞれが手持ちを場に呼ぶ
挑戦者側が出したのはタブンネ、ボーマンダ、ジャローダの3体
懐かしいポケモンにキロは微かに口角を上げ両手でボールを前に突き出し、そのまま押し出すように放り投げる
シャンデラとシビルドンに挟まれて出てきたのはアバゴーラ
イッシュのポケモンを使うと思っていなかったのか、女性は驚きの声をあげた

「でもそれはそれで面白いわ!」

ホウエン出身のキロがイッシュのポケモンを使う
イッシュ出身の彼女がホウエンのポケモンを使う
昔とは真逆の状態にどちらの胸も高鳴る

「私が勝ったらお願い1つよ!」
「…ご自由に」
「えっ!?」

あっさり約束を受け入れたキロにクダリが焦る
挟んだ向こうにいるノボリとアイコンタクトをして互いに頷いた
キロは相手にも自分にも淡々とどこか客観視して見ている節がある
適切以上の距離を取りたがり、自分の内側に自分すら入り込めていない
対して彼女は枠の外側を見ない傾向にある
思い込んだら一直線。挫折すればレールを切り替えひた走る

諦めが良いのか悪いのか分からないが、そんな彼女が今一番興味を抱いているキロに対してするお願いなんて、クダリに向けた結婚申し込みより酷いに決まっている
仮に負けてしまった場合キロはそれをすんなり、額縁に収まる絵の世界のように了承するだろう
それだけは何としてでも避けなければならない

バトルに集中し始めたキロの両隣で瞬時に密約が行われた
まずは彼女のボーマンダを落とすしかない
タブンネは補助、ジャローダは先手を取ってくるだろうが狙われるとすれば相性的にキロのアバゴーラ
挑戦者達の表情などから安全と読み取り、シャンデラとシビルドンの最大火力でボーマンダを落としにかかる

「シャンデラ!オーバーヒート」
「シビルドン10まんボルト!!」
「え。あ、」

キロがアバゴーラに指示を出すより早く2人が技を放つ
主人の気迫が移ったのか2体とも本気且つ全力且つ真剣に盛大に打ち込んだ
ボーマンダが落ちても油断せず次はジャローダ、最後にタブンネと問答無用で攻撃しバトルが終わる
呆然とするキロの両肩に白い手が置かれた









「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -