真夜中のギアステーションに足音が響き渡る
最終確認に訪れた職員のものではない、影に潜み潜るようなそれはとある場所で止まった
手袋をした手が悪意を纏って伸びていく
ホームに停まりっぱなしのトレインに触れる寸前、カァン!と硬い物が床に当たる音がした
驚いた影が振り返れば目の前に広がる巨大な口

「本日の運行は全て終了しています」
「クアアァゥ!!」

愛らしい顔を鋼のツノが変形した大きな顎で隠してクチートが威嚇する
まるで別個の生き物のように口がニタリと動いた
ひっ、と悲鳴が聞こえてキロの手にあるライトが全体像を映し出す
3人の少女が真っ黒な服を着てホームに立ち竦んでいた

「私が気に入らないからトレインを壊すのは浅はかです」
「うるさいわよビッチ!」

どこでそんな言葉を覚えるのかとキロは心中で溜息を吐く
震えながらも威勢だけは良い少女達1人1人をじっくりつぶさに観察する
右に居た女の子に見覚えがあり記憶を探る
髪型が変わっていたが会長の誕生パーティー時に詰め寄ってきた人物と一致した

「ポケモンを出してください」
「はっ?」
「トリプルバトルを行います。私の手持ちはきっちり3体、貴女方は1人2体ずつ計6体」
「馬鹿じゃないの何で私達が」
「勝てば私を扱き下ろせます」

サブウェイマスターと肩を並べて戦う者が一般のトレーナーにあっさり負けたとなれば批判の目は降り注ぐ
意味を理解したのか少女達は笑みを浮かべそれぞれの手持ちを繰り出した
真っ暗なホームの中キロが持つライトだけが唯一の灯り
それを足元に置いて彼女は制帽のつばを掴み目深に被ると隙間から瞳を覗かせた

「よろしくお願いします」

コートが舞い上がり腰元のボールが2つ投げられる
軽快な足取りでクチートが現れたミロカロスとライボルトのもとへ戻り擦り寄る
ミロカロスがそれに応えて親子のように構いあう
キロは無線の音をほんの少し小さくして呟いた

「発見しました。始めます」
『了解!』
『無茶だけはやめてくださいまし』
『あ、暗くてキロの足見えない』
『点灯致しましょう』

代わる代わる拾う音声にキロは最終的には無線の電源を落とした
同時に暗い地下鉄が真昼間の明るさまでライトアップされる
一瞬驚いた少女達もキロの無表情を見て睨みつけた
先に命を下したのはエモンガを出した少女だった

「エモンガ、エレキボール!」
「ドレディアちゃんリーフストームっ」

続いてドレディアが大技を繰り広げる
制帽の下の瞳が僅かに絶望して唇を真一文字に結ばせた
2つの技はどちらもミロカロスに向かって伸びている
HPが高いと判断しての行動だろうが、キロはちらりと残り1体クイタランを出した少女の顔を見て、トリプルバトルの文字を頭に浮かべた

「歪ませなさい、みずのはどう。達しなさいオーバーヒート」
「クオオォォゥ…!」
「グアッアァゥ!」

ホームにミロカロスとライボルトの声が反響し幻想的な歌になる
よほどバトルできることが嬉しいのか、主人の言いたいことを理解して誰にと指されずともそれぞれがクイタランとドレディアに向かって放たれる
エレキボールがミロカロスに当たる寸前大きく曲がりライボルトに直撃する
しかしダメージを受けた様子は無くそのまま勢いよくオーバーヒートがドレディアを燃やす
倒れたドレディアが出したリーフストームは狙いを外してキロの頬の横をすり抜けた
みずのはどうはクイタランへ容赦なく叩き込まれる

「きゃああっ!ドレディアちゃん!」
「くーちゃん!」
「何してるのよ馬鹿っ」
「待たせてごめんね。凍てつきなさいれいとうビーム」
「クアアアゥ!!」

緩く頭を撫でられ喜ぶクチートがれいとうビームを出す
予想外の技に逃げ遅れたエモンガが地面に落ちてぱきぱきと凍っていく
倒れた2人の責めていた少女が青褪めた

「――此方はトリプルバトルです。マルチよりも更に互いを想い、助け、信じ、行動する。ポケモンも人も協力し合わなければ、発車時刻に間に合いませんよ」

特性ひらいしんによって電気を得て特攻を上げたライボルトがキロの横に並ぶ
彼がいなければミロカロスは厳しい状況になっていただろう
更にもしドレディアが出した技が命中度のあるエナジーボールや、素早さの低いクイタランを補助するおさきにどうぞであれば、少なくともクチートはやられていたはずだ
氷漬けになったエモンガを見ていた少女が力無く地面にへたり込む

「次の手持ちをどうぞ」

自分達の生温い考えを吹き飛ばす冷たい瞳
絶対零度ですら可愛い物だと思えるほど寒く、深海に鎖を幾重にも纏って落とされる感覚に身震いする
突然現れたキロに多くのサブウェイマスターファンが嫉妬し嫌がらせをしてきた
それが逆効果だと知った時にはもう遅い
見えない努力を積み重ね生きてきた彼女にとってそれらは糧でしかなく、あの日置いてきた夢を燃え上がらせるだけだった

「…棄権、でいいですか」

無線の電源を入れてキロがノボリとクダリに尋ねる
脅える彼女達がまともなバトルを続けることはできないと判断して2人は了承する
執務室でクダリがにこにこ笑い振り返った
渋い顔をした50代の男性がソファーに座っている
ノボリが一礼して先程の一瞬のバトルを再生した

「お嬢様のことご理解いただけましたでしょうか」
「っぐ…」
「毎日来る。自分をトリプル担当にしてって。ぼくとノボリと一緒にいたいって」
「お気持ちは有難いのですが我々も仕事でございます。あっさりと負けることの虚無感、充分伝わったこととお見受けいたしますが」

エモンガの持ち主である少女は本部のとある役持ちの娘
上司の娘であるため2人も強くは出なかったが、エスカレートする行為に内心辟易していた
トリプルトレイン運行とキロの存在を聞いて焦った彼女が前日に何か仕出かすと踏んで見張っていたのだが、案の定仲間を連れてトレインを壊そうとしていた
現場をきっちり押さえられ挙句自身の目で見させられ、男性は表情を険しくするばかり
何を隠そう彼こそがギアステーションの人間に手加減を要求した者
人が集まればいいだろうと安易に考えていたのだ

「お客様が望むのは心躍るバトルでございます」
「ぼく達はそれに応える。本気、すっごく本気。じゃないと楽しくないから」
「以降わたくし達の業務は通常に戻させていただいて宜しいですね?」
「…っ好きにしろ!俺は帰る!」
「外までお見送りいたします。お嬢様と鉢合わせては気まずいでしょう。クダリ、タクシーを呼んでくださいまし!」

数日振りにクダリが満面の笑みを浮かべて頷く
キロからも要請がありタクシーは2台呼ばれ、先に男性を見送り、次に少女達を案内する
ノボリとクダリまでもが自分達のしたことを見ていたと知り青褪めていた顔が真っ白になる
嫌わないでと縋りつく少女にノボリはいつも通り丁寧に、異常にまで丁寧に対応していた
その間クイタランが入ったボールを見つめる少女にキロがそっと話しかける

「良い子ですね」
「えっ」

幾許か優しい声音に驚く
手袋を外したキロの右手がモンスターボールを撫でた
瀕死のクイタランが反応したのかボールが微かに揺れる

「ふいうち、遺伝ですか」
「あ…この子おじいちゃんからたまご貰って、育てて」
「…そうですか。また来てください」

ボールを持つ手にキロの手が添えられる
彼女には初めて見せる笑顔に少女の頬も緩みまた来ると約束した
タクシーが少女達を乗せて走り出す
やっと仕事が終わりキロは大きく背伸びをした
がら空きになった脇から手が伸びてクダリに痛いほど抱き締められる

「明日楽しみ!」
「もう今日でございますが…早く帰って寝ましょう」
「はい、お疲れ様です」
「貴女様も」

肩口からクダリが頬に唇を寄せる
それに気を取られている隙に反対側にノボリがキスをした
真夜中とはいえ賑わうライモンシティの駅前で破廉恥行為をされキロの眉根が物凄く寄せられる
あまりに刻み込まれた皺にクダリがやめてと叫んだ

「キロ嫌がりすぎ」
「全くです。僭越ながら一部の方々にご好評いただける行為ですのに」
「結構です。お先に失礼します」

腕を外してコートと制帽を脇に抱えキロは家路につく
唯一ボールに入らなかったクチートが上下に跳ねながら隣を歩く
家に帰ればサーナイトが迎え、彼女が作った遅い夕食を口に含みながらキロはパソコンを開いた
自分のボックスを確認しながら丁寧に1匹1匹の状態を書き出していく
部屋中に溢れ返るメモをクチートが掻き集めて放り投げては舞い上がらせ遊んだ

「ポオォォゥ」
「これが終わったら寝るわ」

時計の針は2時を過ぎている
6時に出勤することを考えればあと3時間も眠れない
サーナイトが諌めても彼女の手は止まらず、3時になる手前でようやく1体のポケモンを此方に呼び寄せた
それをボールにしまい額を合わせ瞳を閉じる

「1週間頑張りましょう」

ボールの中のポケモンが笑った気がしてキロも微笑む
パソコンの電源を落とし散乱したメモの中彼女は眠りだす
毛布を持ってきたサーナイトがそれをかけてあげ、少しだけ呆れ、そしてその数倍嬉しそうな瞳で主人の寝顔を見つめる
大好きなキロの笑顔がもっと増えますように
彼女が願った瞬間、カーテンの向こう側できらりと星が流れた








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