「…あの」
「構成どうしよっか」
「わたくしとクダリの手持ちは変えられませんからね。しかし組み合わせは自由ですから…」

意外にも普通に会話がなされる
安心したキロはメモ用紙を取り出してそれぞれの手持ちを書き込んだ
トリプルバトルのルールではそれぞれが1体しか使えない
出たとこ勝負にはなるが、3対いれば最大で6タイプ用いることが出来る
一致ではない技を覚えさせていれば幅は更に広がっていく

「ただ裏を返せばわたくしのオノノクスなどは実に使いづらくなりますね」
「はい。ふゆう無視はキツイです」
「ぼく1回ノボリのオノノクスにシビルドン沈められた」
「…まことに申し訳ございません」
「とはいえ相手も同じですから」

いつしかキロは真剣にパーティーを考え出していた
数ヶ月前にバトルは必要ないと、過去に囚われていた彼女はもういない
クダリはぎゅっと横からキロを抱き締めた
呆れた目と幸せそうな目が合う

「キロぼくシビルドンがいい!」
「はあ」
「ではわたくしシャンデラが良いです」

結局好きなポケモンを使いたいと主張する双子にキロはメモ用紙を仕舞った
自分がそれに合わせて考え構築する方が早いと踏んだからだ
その後トレイン内でバトルする際の講習をノボリが始める
キロの隣でクダリも一緒になってそれを聞いた

「基本ブレーキはかかりませんから向きに合わせて身体を変える必要がございます」
「つり革掴まるのは?」
「やめてください。修理です」

整備士としての本音が飛び出る
ノボリに言われてキロは立ち上がり傾斜に身体を合わせていく
1度あのプラズマ団襲撃でバトルはしているものの、別段慣れているわけではない
今どの辺りを走行しているかクダリの実況を聞きながら腰を捻らせボールを投げたり左足を強く踏みしめ上半身を前に出したりする

「えっと次、あっ!」
「きゃ…」

速度が上がって揺れが少し大きくなった
ちょうど床に付けようと降ろしていたヒールの角度が変わり足を滑らせた
手にもっていたボールが宙を舞う
それをクダリが掴み傾いたキロの肩をノボリが支えた

「このような事もございますので」
「ありがとうございます。…難しいですね」
「でもキロ上手。普通よくころぶ」

笑顔でボールが手渡されキロはそれをぎゅっと握った
彼女の中ではあれぐらいの揺れ、余裕で反応できるはずだった
しかし現実には無様にも足を滑らせボールを手放してしまった
バトルを行わなかった5年間、ポケモン達の体調管理はきちんと行ってきたが本人の勘が完全には戻りきっていない
辞めてしまったとはいえ元エリートトレーナー、そして首席のプライドが刺激される
眉を顰め真剣な表情で考え込むキロに2人は顔を見合わせバレないよう小さく笑う

「あ、」

ふとキロが声をあげ車両隅に駆け寄る
傍らにある手すりが僅かに歪みその上にある金網がガタガタ音を立てている
ぐっと背伸びしてそれを点検し始めた
整備士の顔に戻ったキロの背後にそーっとクダリが忍び寄る
何をするのか不思議に見ていたノボリに人差し指を口許に当ててしゃがみこんだ
必死に伸ばす足に揺れるコートとスカートの裾
思惑に気付いたノボリが止めに入ろうとした時良いタイミングでキロが振り返る

ひらっとスカートが綺麗に回転し舞った

「スパッツ!」
「此処少し弱くなっています。この後点検場に運んでください」
「え、ええ」

黒の3分丈スパッツを見せても平然としている
というよりはクダリの存在を敢えて目に入れていない
見事なスルー振りにノボリは妙な感心を抱きつつこのトレインを走行終了後送る連絡をクラウドにした
屈みこんだまま動かない弟の背を軽く叩く

「ほら立ってくださいまし」
「んー」

生返事をしただけで立ち上がる気配は無い
その間キロはうろうろと車両内に他に不備がないか確認していた
無事講習が終わり3人が降りるとキャメロンが駆け寄る
どうやらマルチトレインに挑戦者が現れたようだ
嬉しそうにコートをはためかせマルチのホームへ向かう2人をキロは見送る

「アー、キロチャン」

あまり話さないキャメロンがキロを呼ぶ
シンゲンと同じ片言でありながらも彼女はなんとなく彼が苦手だった
それ故挨拶程度しかしていなかったのだが、ちゃん付けで呼ばれ疑問に思いつつも返事をする
緑の制服から何通か手紙を取り出しキロの手に渡す

「何ですか」
「呪イノ手紙?」

にこにこと笑いながら告げる言葉ではない
当然キロは顔を顰めその内の1通を丁寧に開け中の便箋を広げた
途端右親指に痛みが走り白い手袋が赤く染まる
見れば古典的にもカッターの刃が仕込まれていた
文章に目を通すと、ありきたりな中傷の単語が連なっていた

「そうですか」

開いた時と同じように丁寧に封筒に仕舞われる
血の滲んだ手袋を外し親指をぐっと押して血をいくらか出してから傷テープを貼る
怒らない彼女にキャメロンは首を傾げる

「冷静ダネー…?」
「…慣れています」

ほんの少し瞳が翳り一礼をしてキロは執務室へ歩き出す
事件は彼女に良い注目だけを浴びせたわけではない
サブウェイマスターの隣にいる邪魔な女として一躍有名になった
勝手に更衣室に忍び込み工具をぐちゃぐちゃにされたり、ホームで通りすがりに暴言を吐かれたり、報告していないだけで既に充分な被害は受けている
ただそれをキロは別段気にしてはいなかった
恨まれるのは当然でそれに対して反応すれば喜ばれるだけだと理解している
それはスクール時代にもう学んでいた

「もしっ」

2人の執務室の扉を開くとノボリの机上にヒトモシが座っていた
キロを見つけてぴょんっと立ち上がり片手を上げる
手にあった手紙を高性能シュレッダーにかけてから彼を抱き上げた
親指の傷テープをヒトモシはじーっと見つめる

「内緒」
「もしぃ…」
「あなたのご主人だって私に言えない秘密あるでしょう?」

だから内緒だとキロはヒトモシの目元に口付ける
抱えたままソファーに座り瞳が閉じられる
次に開いた蒼い瞳に濁りは無くまっすぐ前を向いていた
ライブキャスターを取り出し番号を入力する
画面に人の影が映り、彼女はにっこりと笑う

「覚悟を決めました」

ヒトモシが画面を見上げる
軽快な笑い声が届きぴょんぴょん跳ねる

「1週間精一杯、――サブウェイマスターとしてお客様を至高のバトルへお連れします」








「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -