『解雇通知』

たった4文字の言葉にキロは愕然とした
握り締めているその紙を、今にも破りかねない勢いだ
チームリーダーが震える彼女の肩に手を置く

「いいかキロ、長いものには巻かれろだ」
「ハローワーク行ってきます。今まで有難うございました」
「待て!お前本当に色々反応がアレだな!」

遡ること数ヶ月前
件のプラズマ団ギアステーション襲撃事件により、彼女、キロは一躍有名となった
美人すぎる○○よろしく戦えて可愛くて強い女性整備士として次々と取材申し込みが来る中、キロは今まで通り何事もなかったかのように整備士として過ごしていた
本部からの連絡も自分では過ぎたものだと辞退して、強引に取材してくる報道者には持ち前のフラグクラッシャーで淡々と撃破していた
しかしそれが逆に世間の期待に火を点ける

「連日一般人が点検場の開放区域に来てたもんなぁ…」
「見られながら仕事すんのって恥ずかしいぜ」
「子供とか、ちょっと危険だしよ」

キロの背後で先輩達が思うがままに感想を述べる
差し支えはないとはいえ、やはり裏方作業が注目されるのは不思議な気分だ
見兼ねたのか今日本部から直々に解雇通知をキロは受け取る破目となった
とばっちりも良い所だが解雇の実際の理由は別にある

「再就職先がちゃんと提示されているだろう!」
「勝手に解雇をし勝手に再就職させるような職場だとは思っていませんでした」
「労働組合に電話しようとするな!あと解雇じゃない、異動だ!」
「…同じですよ」

溜息を吐いてキロはもう一度紙を見た
そこには新車両についての案内が書かれている
兼ねてより噂されていた、バトルサブウェイの新しいバトル方式
トリプルバトル専用のトレインがついに運行されることが決まったのだ
全ての車両を制覇した猛者達の希望の声が実行された
マルチバトルを越える、究極の戦いをやりたい

「面倒です。整備なら喜んでやります」
「紙を捨てるな」

そのトリプルトレインの最終車両にキロは大抜擢されたのだ
以前から計画されていたこのトレイン、実はサブウェイマスターであるノボリとクダリ、この2人と一体誰が組むかについて本部の者は頭を抱えていた
既に2人のコンビネーションは出来上がっており不用意に人が入り込めない
強いからという理由でエリートトレーナーを投入したところでチームワークを乱すだけだ
しかし知り合いを入れてしまっては新しさが出ない
そんな所に彼女の情報が飛び込んできた
これを本部の人間が見過ごすはずはなかった

「期間限定じゃねぇか」
「キロあの台詞言うのか?楽しみだなー録画しとくか」
「持ち場に戻ります」

声が多かったとはいえどこまで要望があるかは分からない
マルチですら2人組むのにかなりの制約がある
3人ともなれば問題は山積みだ
1人が3体のポケモンを使用するトリプルバトルも考えられたが、それはマルチと殆ど変わりがないため、やはり3人1組の方針がとられた
結果、1週間限定それも他車両全てを勝利した人のみ乗車できるように決まった

「前々から異動しろ言われてたのに無視した罰だ罰」
「ほーれいってこーい」

おそらくこれが永遠と取られるなら彼らの反応も違っただろう
しかし1週間ぐらいならと皆気楽に構えていた
キロは短く息を吐いて頭を下げる

「では3週間いなくなりますので」
「おおおお!?」
「待て何でだ!!」
「事前研修1週間、実働勤務1週間、事後改善1週間、計3週間です」

捨てた用紙を拾って淡々と説明する
一転して行くな残れと騒ぎ出した先輩達の声を背に、キロは重い足取りで執務室へ向かった
あまり一緒にいたくない双子がいるであろう部屋の前で立ち竦む
ノックを2回するとノボリの声があがった

「失礼します」
「キロだ!」

開くなり元気な声が耳を突き抜けた
並んで仕事をしていた2人が顔をあげる
クダリはそれはもう青天の太陽の如く輝いていた
本部から2人に渡すよう頼まれていた書類を提出する
それに目を通したノボリが嬉しそうに言葉を紡いだ

「では決心していただけたということで」
「きっちり3週間で帰ります」
「やった!キロとバトル!こっち来て!」

クダリに背を押され連れて行かれる
小部屋に通され首を傾げる彼女の眼前に、見慣れたコートが差し出された
だがそれは黒でも白でもなく灰色で構成されている
お揃い色の帽子とプリーツのはいったミニスカートに白いシャツ、青いリボンに僅かに濃い灰色のニーハイブーツ
一式が綺麗に用意されていた

「これをいつ着てくださるのかと毎日クダリとお待ちしておりました」「間にキロを挟んだらすごく綺麗!着て?」

決めたはずの覚悟が揺らいだ
期間限定の割には手の込んだ嫌がらせにキロは本気で転職を考える
無理矢理衣装を押し付けられ扉は閉められた
腰元のバッグからモンスターボールを取りだしサーナイトをその場に出した

「防ぎなさい、ひかりのかべ」
「ポォォゥ…!」
「あっ、見えない!」
「バカですねクダリ。心の目で見るのです」
「………テレポートで連れて帰って」

小声で頼み込むキロにサーナイトは苦笑を浮かべることしか出来なかった
数分後自宅で着替え終えた彼女が執務室に戻る
齢20を過ぎて絶対領域を醸し出す破目になろうとは微塵も思っていなかった
それほどまでにスカートは短く、ブーツは程好い位置で止まる

「イイ!」
「ブラボ――!」
「事前研修に行ってきます」

制帽を深く被ってなるべく2人を見ないようにする
コートを翻したキロの腕をそれぞれが掴んだ

「ぼくとノボリ、先輩」
「同じ部署でございますから、本当に上司ですね」
「手取り足取り教えてあげる!」
「部下でしたら逆らうものではありませんよ」
「………!」

流石の彼女も顔を蒼白にして危機感を覚えた
嫌がるキロを両側から引き摺りトレインへ乗せる
発車してしまえば最後挑戦者が降りるまで止まらない
がたごと揺れる車両内で3人は何故か座席に座っていた








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