「トレインに細工したのは貴方達なの」
「そうさ!ホームに停まっている時を狙ってな!」
「…私達の想いを踏み躙るって言うのね」
「女1人喚いて何になる。いけワルビル!」

ダストダス、ミルホッグ、レパルダス、ズルッグ
次から次へとポケモンが繰り出されていく
クダリは咄嗟に車両先頭に設置されているパソコンに目を向けた
あれで回復させればまた戦うことができる
ノボリが女性を先頭側に引き寄せたのを見て、キロは3人とプラズマ団の間に立ち塞がった
僅かに傾けた顔から微笑みと強い眼差しが受け取れる

「ノボリ、それ!」
「ええ分かっております!」
「させるか!!」
「貴方達の相手は私です」

バッグを外し手早く中のモンスターボールを投げる
同時に分厚い作業服が宙を舞い、キャミソールにスパッツ姿となった
突然のことに驚く周囲へキロは容赦なく技を唱える

「纏いなさいブレイズキック!惑わせなさいメロメロ!堕ちなさいシャドーボール!」

バシャーモ、ミロカロス、ゲンガー
それぞれが対応した技を即座に放つ
技名の前に付く言葉を聞いた時点でそれらは行われていた
キロがトレーナー時代に必死で考えた、敵に技を知られる時間を遅くするための合言葉
数年経った今でもポケモン達は全て覚えていた

「奪いなさい、」
「ダストダスヘドロばくだん!」

アブソルに唱えた瞬間ダストダスからヘドロばくだんが吐き出される
しかし当たるどころか跳ね返り相手のミルホッグに命中する
キロはふふっと笑って軽やかな足取りで帰ってくるアブソルを脇に携えた

「さきどり、の読みが当たったみたいで嬉しい」
「畜生!」
「相手の裏を読み自分が有利になるよう事を運ぶ楽しさを、貴方は知らないのね。念じなさいサイコキネシス!追撃なさいベノムショック!」

薄紫の髪が揺れる

どこを走っているのか分からない、いつ傾くか読めないトレインの動きすらキロとポケモン達には通じない
傾いた程度で技の命中精度は落ちず威力も衰えない
たかがスクールの首席。それでも2年間無敗を保ち続けた実力はまだ息を潜め残っていた

「調子に乗るなっ。レパルダスつじぎり!」
「サーナイト!」

効果ばつぐんの技がサーナイトにぶち当たる
急所に当たりやすいことも相俟って一気に体力が削られた
後方に吹っ飛ぶ彼女を、黄土色の頑丈な腕が支える

「お待たせキロ!」
「無事回復を終えました。全く、トレイン運行を邪魔していただき本当に腹立たしいものです」

オノノクス、ドリュウズ、シビルドン、アーケオス
錚々たるメンバーがノボリとクダリを囲む
独特のコートがはためき乱れた制帽がキッと被り直される

「わたくしサブウェイマスターのノボリと申します」
「ぼく、クダリ。サブウェイマスターをしてる」
「勝った先のことは勝たねばわかりません」
「だから今回はすごく本気。全然本気」
「パートナー、ポケモンとも人間とも息がぴたりと合わない限り勝利するのは難しいでしょう」

エコーボイスのように反響しあう中、歩む2人の手がキロの手をそれぞれ繋ぐ
ありったけの想いを込めて彼女は掌を握り返す

「整備された安全なくしてバトルのレールを走ろうだなんて滑稽です。開発、技術、設計、整備、点検、運行、トレインに関わる者は皆責任を負い、懸命に毎日走るんです」

サブウェイマスターに両隣を立たれてもその強さは色褪せない
彼女は逃げてなんかいない
あの日からずっと、未来へのレールを走り続けていただけ

「では、」

今度は彼女の声も想いも全て拾って響き渡る


『出発進行ーッ!』


まるで遠足にでかける子供のような
3人の笑顔と声が満ち溢れた







「犯人逮捕にご協力有難う御座います」

ジュンサーさんが頭を下げる
クラウド達職員の助力もあり、トレインは無事予定より5つ先のホームで停まった
プラズマ団が使っていたポケモン達は奪われたものであり彼らもきちんと保護されるという
ちらり、とキロは隅で震えるポケモンを見た

「痛いことしてごめんね」

警戒心を露わにする彼らに近寄る
瀕死状態で攻撃はしてこないものの、威嚇だけは続く
痛む胸を押さえキロはサーナイトを出した

「彼らを安らげなさい」
「ポオオゥ…」

少し戸惑った様子を見せる
だが瞳を閉じゆっくりといやしのはどうが放たれた
傷口が塞がり癒される様をじっと見つめる

「あなた達の本当のご主人に出会ったら、また、此処へ来て。その時もう一度謝らせて」

キロはそれだけ言い残し去っていく
いやしのはどうを終えたサーナイトが彼らを覗き込む
狼狽える彼らにサーナイトは笑いかけ、連れて行かれるのを見送った
そしていそいそと主人の元へ帰っていく
ボールに自ら入ろうと思ったのだがそれは叶わず、ぼんやりと離れた位置からキロを眺める

「キロかっこよかった!好き!」
「痛いです」
「あのバシャーモもアブソルも是非見せてくださいまし!」
「うるさいです」

トレインを降り暫くするとキロはすっかり元通りになっていた
垣間見せた笑顔も何もかも淡々とした表情に隠される
だが1度でも見てしまった人間に冷たい態度は逆効果だった

「所謂、ツンデレ?」
「違います」
「クーデレではございませんか?」
「離して下さい」

背後からクダリに抱きつかれ、手前からノボリに手をとられ身動きもままならない
流石にこの光景までモニターに映し出されることはなかったが、ホームにはジュンサーさんや他警察官、職員やトレインに乗車していたトレーナーがいる
キロ個人としては無断で仕事を放り出しトレインに乗ってしまったので、早く帰って謝りたいと考えていた

「仕事あるんです」
「今回の働きは賞与に値しますね」
「ボーナス、キロ旅行でもする?ぼく、ホウエン行きたい」
「勝手にどうぞ。トレイン修理がありますから」
「最早ギアステーションでは無理でしょう。カナワまで戻さないと流石にこれは…」

3人がスーパーマルチトレインを見る
耐久性がある彼ですら3人の本気のバトルには無理があったようで、車体は歪に膨らんだりへこんだりしていた
カナワタウンにいる先輩が怒りの電話を寄越してくるのを想像してキロは溜息を吐く
ふと緩まった腕と手を払ってトレインに寄った

「こうなったのも私の責任です。カナワに戻り直します」
「ええっキロさん行ってしまうの!?」

嫌だと叫んだのはノボリでもクダリでもなく、あの女性だった
正面から抱き付いて頬を寄せライモンから離れてほしくないと駄々を捏ねる
汚れが付くと慌てるキロに気にせずべたべた触れる
双子の顔が一瞬にして強張った

「ぼくたち、敵つくった?」
「…そうかもしれませんね」

その予感は見事的中する
ギアステーションに帰った彼らを待っていたのは、大量の客と報道陣
取り囲む人々の目当ては殆どがキロに向けられていた
サブウェイマスターと並んでも見劣りしない、バトルが強く、珍しい女性整備士、戦う姿の凛々しさと普段の愛らしさのギャップ
押し寄せるマイクや握手を求める声にキロはパニックを起こした
そんな彼女を庇うように2人やジュンサーさんが人を割って行く
どうにか専用の執務室に籠ることができた

「まるでR9の年末バーゲンのようでしたね…」
「大丈夫?痛いトコない?」
「――はぁっ、あー…」

安堵の息をキロがつく
扉は尚も叩かれ続けているが、頑丈な造りのそれが壊れることはない
ポケモンの技でも使われてしまえばお終いだが流石に向こうも弁えてはいるようだ
ノボリはコーヒーを淹れて2人に差し出す

「…あ、」

半分程飲んだ時キロが何かを思い出しカップを置いた
彼女を間に挟んでソファーに座っていた2人も、真似してカップを手放し覗き込む
キロにとっては違って見える顔が近い

「ありがとう、ございました」

礼を述べた唇が、ノボリ、クダリの順で頬に触れる
可愛らしいリップ音を立てて行われたキスを紛らわすかのようにキロはすぐコーヒーを手に取り一気に飲み干す
外に出れないことは重々承知の為カップを洗いにソファーから離れようとする
耳まで真っ赤にした彼女の腕が強く引っ張られた

「ぼくも好き!相思相愛!」
「ちが、お礼で」
「ブラボー!挙式はいつになさいますか?」
「や、んっ、ぁ聞いて、っ」

額こめかみ頬に目元、鼻の先に首筋、唇指先
かわるがわる2人からキスが送られる
ジュンサーさんがかけてくれたシャツに手が伸びた時、キロは高らかに叫んだ

「仕留めなさい、どくづき!!」
「グオゥッ!!」



彼女が走るレールの終着点が見えるのは、まだ先の話







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