「あらためまして、挨拶を。わたくしサブウェイマスターのノボリと申します!さて、今さらここまでいらしたあなた様に何も言うことはございません。今までにない史上最高の戦いを早速始めましょう!」

普段より幾分早くノボリが捲くし立てる
車両の揺れにもビクともしない男女2人のトレーナーが笑みを携え立っている
女性はノボリを見た後、視線を隣のクダリへ移した

「ではクダリ、何かございましたらどうぞ!」
「その前に!」

クダリが口を開こうとした時彼女が割って入る
そしてびっと指を彼に向け頬を赤らめた
バトルによる興奮ではなく恋慕の情から生まれたものだと誰が見ても分かるほど

「私が勝ったらお願い事があるんです」
「お願い?」
「ええ!私と…結婚を前提にお付き合いしていただきたいの!」

唐突に発せられたプロポーズにクダリは瞬きを数回する
静まり返る車内とは裏腹に、執務室やホームは騒然とした
特に職員やクダリのファンである女性達が酷い
容易に想像できるそれを脳裏に浮かべながら、最終車両の更に奥、自動運転室でキロは彼女の言葉を聞いていた
沸き起こるのは不思議な感情

「貴方の隣が似合う女性は私だと思うの!だって強い貴方には、強い人がぴったりでしょう?」

まるでキロが居ることを知っているかのように言う
自分に向けられた恨みや嫌味を、他人事みたく感じる
そこに諦めという感情は存在しなかった
今ではそんな言葉、彼女にとって何の痛みも与えない

「…わかった」

クダリの同意する声が届く
すぐに走行音に掻き消されたが、マイクはちゃんと拾ったらしくホームは一層湧き立つ
先にトレインから降りて執務室でモニターを見ていたクラウドは人一倍慌てふためいていた
職員の中で唯一彼だけがキロも乗り込んでいることを知っていたからだ
そして、彼女の経歴にも薄々勘付いていた

「それじゃ、ノボリ、もう1回!」
「…ええ、かしこまりました。ではクダリ、何かございましたらどうぞ!」
「やること言うこといつでもおんなじ。ルールを守って安全運転!ダイヤを守ってみなさんスマイル!指差し確認、準備オッケー!」

台本に書かれた台詞が紡がれる
キロはそっと口を開き、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた
モニターからは彼女の声など響かず、代わりに白と黒の不思議な空間が広がる

『目指すは勝利!出発進行!』

ノボリとクダリの声がエコーしてボールが一斉に投げられた
扉の前でキロはぎゅっと指を組んで祈りを捧げる
勝ってほしいという願いと、湧き上がる自分の中の闘争心がどうかバトルが終わるまで持つように



激闘、白熱するバトル
追い込まれようとも追い込もうとも、2人の顔はただ1つ、"楽しい"と物語っていた
いつだって全力で相手をするけれども今日は絶対に負けられない

「バトルは要らないと言っておりましたね」

不意にノボリが呟く
ドリュウズに命を下して一瞬だけ過去に想いを馳せる

「でも、キロは強いよ」

エリートトレーナーとしての強さ
高個体値に的確な振り分け、技の使い方、指示のタイミング
それらとは別の誰もが持っていて同時に誰もが失くしそうになる輝きという強さ
彼女のポケモンが弱くても、きっとバトルすれば楽しいと感じる
そう確信できるほど惹きつける何かを隠し持つ

「それに、バトル、嫌いって言ってない」
「ええ。そして何より」
「ポケモンが好き!」
クダリの屈託のない笑みを見てノボリも一緒に笑う
技の余波によってそれがモニターに映ることはなかったが、後ろにいたキロの瞳はちゃんとそれを捉えた
心の奥から溢れ零れる感情が涙になって落ちていく
ただその口許は真一文字ではなく、彼らと同じように弧を描いていた



「オノノクス、じしん!」
「シビルドン、10万ボルト!」

高らかな宣言と共に技が放たれ爆風が起きる
風が来るはずのないキロまで目を細め、さーっと引いていくそれに心臓が高鳴る
両ペア最後の1体同士の戦いを制したのはサブウェイマスターだった
地面にへたり込み項垂れる女性に声がかけられる
それはいつものお決まりの台詞ではなかった

「君のポケモンすっごく強い」
「一つ読み間違えれば展開は変わっていたでしょう」
「だから、また来て?ぼくが知ってる、とっても強いトレーナー、君ならきっとなれるから」

珍しく営業スマイルではない弟にノボリも口許を緩める
ホームでは其方のほうが珍しいと全員がバトルレコーダーやらカメラやらを取り出し大騒ぎになっていた
運転席からキロがそっと顔を出す
ノボリに手招きされて座り込む女性に近付いた

「…貴女より、…いいえ、わかってたわ。貴女のほうが強いってことぐらい。だって私じゃスクールの首席試験、2年間無敗なんてできないもの」
「―――ねえ、」

俯く女性の手をそっと握る
彼女の顔を見てキロは弱々しく笑った
イッシュに来たばかりで戸惑いと希望を胸に抱いていた子供の頃のように

「私とまたバトルしてくれる?…貴女とのバトル、戦略的でとても楽しかったから」
「!…バトルしてくれるの……よかった、よかったぁ…!」

彼女の中の何かが弾け飛んでぼろぼろと泣き出す
ノボリは泣き崩れる女性の気持ちが少し分かっていた
バクフーンが亡くなる直接的な原因でないとはいえ、傷付け倒してしまったのは彼女
強く気高いキロに嫉妬と同時に憧れを抱いていたのだろう
それを壊してしまった自分に、勝利に素直に喜ぶことができなかったのではないか

「そろそろトレインがホームに着きま「ノボリ!」

速度が緩まるはずの車体が大きく傾く
咄嗟につり革に手を伸ばし、ノボリは何とか自身を支えた
キロは女性の手を握っていたため掴まりきれなかったが、固い安全靴で扉にぶつかり彼女を庇うよう抱え、全身を打つことだけは避けれた
扉付近の棒を持っていたクダリの瞳が見開かれる
ホームに停まることなくトレインは過ぎ去る

「お涙頂戴もいいところだな」

溜息と一緒に呟いたのはペアを組んでいた男性
さも面倒そうな態度でキロ達を見下ろす
彼がすっと右手を挙げた瞬間、狭い車両内に多数のプラズマ団が押し寄せた

「どういうこと!貴方もしかしてっ」
「もしかせずともプラズマ団だよ。サブウェイマスターを倒せるって豪語してたからアンタと組んだのに、とんだ的外れのお荷物で…まあ、残り1体ずつしかも手負いにしてくれたことは感謝かな」
「く…っ」

2人の表情が険しくなる
オノノクスもシビルドンも体力は半分を切っていた
ドリュウズとアーケオスは瀕死の状態
絶望している彼女の手持ちも同じだ
先程とは別の涙を流す女性にキロはそっと微笑みかける

今度の微笑みは力強く、首席に輝いていた時の気高さも相俟っていた







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