窓から差し込む光がノボリの顔を照らす
短く唸ってそれから逃げるように体勢を変える
その拍子に額に何か固い物が当たり、ノボリは目を覚ます
少し上にある枕を手にして起き上がり足を出してベッドに座る
枕を置いてドアノブに手をかけいつもの癖で洗面所へ続く向かいの扉を開いた
そこには確かに洗面所もあったが、洗濯機の前で歌うサーナイトの姿もあった

「ポオゥ…!」

おはよう、と挨拶するようにサーナイトが近寄る
その手にはふかふかしたタオルがあった
顔を洗いそれで拭き、改めて現状を考える

「いけませんね。徹夜しすぎると思考が回りません」
「ポオオゥ?」

途切れ途切れの記憶の中確かにキロの部屋で眠ったことを思いだす
此処が彼女の家だということは分かったが、まだ現実味を帯びていない自分の思考に喝を入れるべく頬を抓った
洗面所に備え付けられた鏡の中のノボリは変わらず無表情である
静かにそれを見ていたサーナイトが洗濯物を籠いっぱいに入れ持ち上げ出て行く
後を追うと、キッチンにはキロがいた
薄紫の髪が高い位置で2つに括られいつもより幼く見える

「あ…おはようございます」

味噌汁を味見しながらキロは頭を軽く下げた
くっ、とそれを飲み干してから彼女はしまったと呟く

「ノボリさん味噌汁飲めますか」
「え、ええ。わたくし好き嫌いはございません」
「そうですか。スープにすれば良かったですね」

火を止め食事の準備を進めていく
促されてリビングのソファーに座り、つけっぱなしのテレビを見ると時刻は午前11時過ぎ
深い睡眠に落ちていたためか10時間ほどの眠りでも身体の疲れはある程度取れていた

「サーナイト服用意して」
「ポオゥ」
「ありがとう。昼食が出来るまでお風呂どうぞ」
「いえ、そんな」
「私はもう入りましたから。お湯勿体無いです」

拒否したところで無意味だと悟り、サーナイトが用意してくれた着替えを手にノボリは風呂場へ向かう
彼からすれば小さく手狭だが浴槽には良い香りがする入浴剤がはいっていた
洗面器に鎮座するコアルヒーの玩具を見つける
するとそれが宙に浮き、笑い声が浴室に響いた

「ゲンガーですか。貴方様は本当に悪戯がお好きですね」
「グオゥ!」

姿を現し玩具を持ったまま脱衣所へと消える
暫くして風呂からあがると置いていた衣服がピカチュウのフードに替わっていた
苦笑するノボリの耳にキロの怒る声とゲンガーの笑い声が届く
扉が開いて緑色の手がおずおずと新しいシャツとズボンを差し出した

「ありがとうございます」

ポケモンとはいえ完全に中を覗かない、女性らしい恥じらいを見せるサーナイトに礼を告げる
リビングに戻るとゲンガーはボールに押し込められロックされていた
テーブルの上には和食が並んでいる

「どうぞ」
「いただきます」

白米にワカメの味噌汁、魚の西京焼きにかぼちゃの煮物、出し巻きたまご、オクラと長芋の和え物に漬物
綺麗な箸使いで食べていくノボリをキロは僅かな時間見つめた
テーブルの下ではきちんと正座されており、背筋もしゃんと伸びている
食べ終えた後片付けを申し出る辺りもノボリらしい

「クダリさんに連絡しなくて良いんですか」
「忘れておりました。まあ此方に連絡がないということは大丈夫でしょうが…」

食器を洗いながらノボリが考え込む
不安になったのかライブキャスターを取り出しメールを送った
万が一寝ていた場合、通話では起こしてしまう可能性があるからだ
キロの許可を得てリビングでノボリは自分の手持ちを出す
連日のバトルで疲れている彼らも、シャンデラ以外は初めて来る場所のためそわそわと落ち着きがない
シャンデラだけがキロの傍へ行き丸い身体を頬にくっつけた

「…此処汚れてますね」

紅茶を持ってきたキロがオノノクスの身体の一点を凝視する
つられて見れば確かに一部の表面の色が僅かに濃くなっている
ラックの上に置いていたブラシを手に、キロはその部分を丁寧に解していく
高い位置にあったため最初はキロが背伸びしていたが、気持ちよくなったのか徐々にオノノクスの方が屈み、いつしか床に突っ伏していた
オノノクスというポケモン自体優しい性格の持ち主だが、他の人間にそうそう警戒心を解くものでもない
手腕に感心しているとノボリのライブキャスターが鳴った

『おはよ、…うん、おはよう』
「目を覚ましなさい。デンチュラ、1発足元に噛み付いても宜しいですよ」
『痛い!うー…ノボリの言うこと聞いちゃダメ!』

辛うじて寝間着には着替えれたらしく、パジャマの袖でクダリが目を擦る
モニターを横目で見ながらキロは寄ってきたドリュウズの毛繕いも始めた
ポケモンの毛繕いを真剣に行う彼女の髪を、サーナイトが楽しそうに弄り出す
ツインテールからポニーテール、サイドアップ、お団子、最後にはいつも通りになった

『そういえば、電球切れてた』
「帰りに買っておきます」
『うん。ぼくもっかい寝る』

ふぁ、とクダリが大きな欠伸をする
その横にいたシビルドンにそっくりだ
通話が切れそろそろお暇しようとするノボリにシャンデラが寄る

「あ…ノボリさんが出るなら私も出ます」

少し待っていてほしいと告げて彼女は慌しく準備を始めた
結局全手持ちが毛繕いしてもらったらしく、つやつやと綺麗になっている
シャンデラにいたってはポロックまで貰ったらしい
白いワンピースに麦藁帽子を被り、キロは自分のポケモンに留守番を頼んでノボリと一緒にマンションを出る
分かれ道に差し掛かりどちらからともなく足を止めた

「またお礼をさせてくださいまし」
「運んでいただけたので充分です」
「毛繕いは過多でございます。是非」

退きそうにないノボリにキロは仕方なく頷く
照り付けるような日差しの中、ノボリが笑ったような気がした
シャンデラ達とさよならをしてギアステーションへとキロは足を運ぶ
切符を買ってローカルトレインに乗り込み、うつらうつらと旅夢ごこちに揺さぶられ、アナウンスで目覚める
見上げた塔の頂上から緩やかに鐘の音が流れた

「誰か鳴らしてるんだ…」

澄み切った音に瞳を伏せる
哀しく綺麗な空間に足を踏み入れいつもの場所へ辿り着く
何度来ても張り裂けそうな胸の痛みが、今日は驚きで溢れ返る
バクフーンの墓前には赤い花だけでなく白と黄色の花が凛と咲き誇っていた

そっと花弁に触れるとまだ新しい
1週間以上は経っていそうだが、以前彼らを呼んだ時とは違う種類の花
自分より忙しいはずなのに合間を縫って訪れたのだろうか
墓石の前で立ち竦んでいると、よく逢う老婦人が挨拶する

「こんにちは」
「いい天気ねぇ…綺麗な鐘だったわ」
「ええ、本当に」

彼女も亡くしたポケモンの墓前に花を添える
キロの赤い花を見て目元を綻ばした

「この間その白いお花を持ってきた方にお会いしましたよ」
「…そうですか」
「紳士的な人ね」

老婦人が称するとキロも小さく頷いた
3色の花を丁寧に活けていく
それを眺めながら老婦人はノボリの印象を語り出す

「前は黄色いお花を持ってきたでしょう?って聞いたら、いいえって答えてねぇ」

でも同じ人だったのよ、と言葉が続けられる
白と黄色の花が吹かないはずの風に揺られた

「お兄さんか何かなの?」
「…いいえ」
「あら、じゃあとても良い人ね」


"だって貴女のバクフーンちゃんに本気で泣いていたもの"


不意にキロの瞳から涙が落ちて地面を濡らした
誤魔化すように顔を背けハンカチで拭う
それでも止め処なく溢れ返ってくる
その場を離れて階段を駆け上がり、鐘のある最上階へ向かう

雲が掴めそうなほど近く、空は蒼く、昇れそうなほど広く

そっと鐘に近寄り手を伸ばす
ごくりと唾を飲み込みキロはそれを鳴らした
力強く、それでいて流れるような滑らかな音が空に伝わる

「バクフーン、わたし、」



あなたのことを忘れない
赦してもらおうだなんて思っていない
それでも私、あなたと過ごした最期の時間は、とても楽しかった

「生まれてきてくれてありがとう!」

まるで兄のように傍にいてくれた
イッシュに来てからも、ずっと私を案じてくれた
きっと、今だって私を見てくれている

「でも…もう、だいじょうぶだから、」

鐘の音が聞こえる度涙が頬を伝っていく
奥底に押しやっていた子供の私が顔を覗かせる
大人の私が手を繋いで、2人並んで叫んだ

「また生まれてきて私と一緒に、…バトルしようね!」

だってわたし、おばあちゃんのてもちだったあなたに、1かいもかてたことなかったのよ
そんなの…くやしいじゃない
だからもっと、もっと、わたしはつよくなる

おばあちゃんの言った通り
誰にも負けない夢を持った、心の強いトレーナーに
ポケモンに、トレインに、あなたに、そして彼らに恩返しする為に


「強くなる」


透明な誓いが澄み切った青空に溶け込んだ







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