次から次へと運ばれてくる重傷患者達
急遽別ステーションからも人が借り出され、整備点検に追われる
キロもゲンガーとサーナイトを使い速やかに行うが追いつかない
それでもピークの昼を越え、またキロが飲み物の買出しに出かけた時だった
トレインから降りてきた男性がホームでクダリに詰め寄り喚いている

「っざけんな、お前なんか」
「落ち着こ。ねっ?また挑戦…」

どうやらクダリに負けたらしい
野次馬に紛れて少し覗いていたキロは溜息を吐く
よほど自分に自信を持っていたらしくプライドをズタボロにされた逆恨みとしか思えない
だが彼が降りてきたのはノーマルのダブルトレイン
まだこの先にはスーパーという車両があると知ったら、なんて顔をするのだろうか
この手の輩を諌めるのは慣れているだろうと彼女が判断し離れようとした時だった

「お前らが弱いから…っ!」
「―――」

咄嗟の出来事だった
男の傍らで震えるクルミルに脚が向けられる
フラッシュバックする何かを振り払い、キロは駆け出しクルミルに覆い被さる
派手な音を立てて吹き飛んだのは彼女の細い身体
ホームに設置されていたゴミ箱に当たり、中の缶が散乱する
客の悲鳴が地下構内に響き渡った

「い、っあぅ…」

蹴られた脇腹とクルミルを押さえながら身体を起こす
腕の中には無傷のクルミルがキロを見つめ瞳を潤ませていた
涙の向こうに見えるのは絶望でも悲哀でもない、ただ真っ直ぐなまでに突き刺さる感情
それに笑いかける暇もなく、彼女の視界に暴力が映る
先程の男性に今度はクダリが掴みかかり今にも殴ろうとしている瞬間

「やめなさいクダリ!」

キロの凛とした声が全員に届く
幼さの残る顔立ちは鋭い眼光と雄麗な言葉を携えていた
動きが止まったのを確認してからキロは観衆の見守る中男性に近寄る
そして彼の手にクルミルを渡した

「弱い子なんていません」

脅えるクルミルの頭を撫で呟いた
キロの顔をじっと見つめていたクルミルは不意に振り返り男性を覗き込む
まるで捨てないでと、頑張るからと訴えるように顔を強張らせ見つめた

「きっと良い子になります。…その時は是非また乗ってください。この子は、貴方と一緒に、頑張りたいそうですから」
「クルッ!!」

勇ましくクルミルが鳴いた
キロは今度こそそれに微笑み、周囲に集まった人々に頭を下げる
その横に影が落ち覗き見ればクダリも一緒に頭を下げていた

「お騒がせしてまことに申し訳ありませんでした」
「以降、このようなことがないよう、重々努めさせていただきます。だからまたトレイン乗ってね!」

先に顔をあげたクダリが笑う
重苦しい雰囲気から一転して和やかになり、また駆けつけた鉄道員によって人がばらけていく
キロも帰ろうと踵を返すが踏み出す前にクダリに捕まった

「手当てしなきゃダメ」
「後でします」
「ダメ!キャメロン、ぼく医務室行ってくる!」
「ハイ、オ気ヲツケテ」
「きゃぁっ」

軽々とキロを姫抱きしてクダリは走り出す
脚が長いからか予想外に速く、降ろしてほしいと懇願していたキロもすぐ大人しくなった
医務室で作業服を捲り蹴られた脇腹を見せる
細く白い腰が赤く腫れあがっていた

「危ないこと禁止」
「クダリさんも殴ろうとしてませんでしたか」
「…アレは、うん…ごめん。止めてくれてありがとう」

それでも始末書は書かないといけないだろうが、実際に殴っていたら始末書どころの騒ぎではない
アイシング処置を行いキロは作業服を着直す
本人はそれほど痛みを感じていないらしい
医務室を出て数歩進んだ後、キロが振り返った

「あの子、強くなりますよ。頑張って下さい」

目を丸くするクダリに小さく笑い行ってしまう
バトルをしている時のような高揚感がクダリを襲う
気付けば彼も笑っていて、無線から流れる待機の言葉に心躍らせた

「任せて。今なら、もっとすっごい勝負、できそう!」







深夜1時15分。トレインの光が闇に吸い込まれていく
ホームから発車したそれを見送り、ノボリは上げていた腕をゆっくり下ろした
ライモンシティギアステーション発の最終電車が無事出て行ったのだ
無人の構内に靴音を響かせ、静まり返った執務室の扉を開く

「皆様……本日の業務が全て終了致しました」

それに応える声はない
だが灯りの点いている部屋に人がいないわけではない
ノボリが近くにあった椅子に腰を降ろした時、ようやくか細い声が耳に届いた

「え、…終わったって…?」
「恙無く、大型連休を越えました」
「やったでシンゲン、おい、起きんかい、喜び分かち合えや」

机に項垂れていたクラウドが体力を振り絞って隣で死んでいるシンゲンを揺さぶる
その声を聞きながら背凭れに深く沈み、ノボリは瞳を閉じた
終わった。ようやく、家に帰り心行くまで眠ることが出来る
当たり前が行える幸せを噛み締めていると扉がまた開いた

「お疲れ様です」

心なしか8日前より肌が荒れ、目付きが悪くなったキロが入ってきた
声はまだ元気がありそうだがまるで張り詰めた糸のようだ
ぷつり、と切った瞬間何もかも忘れて眠り続けそうなぐらいぎりぎりのラインで元気を保っている
不自然にきびきびと動き報告書をノボリに手渡す

「…互いにお疲れのようで」

近付いてきた彼女の頬に触れると瞳が閉じられた
途端、ぐらりと身体がノボリの方へ倒れる
慌てて受け止めれば寝息が首元をくすぐった
緊張の糸はあの一瞬で切れたらしく、すやすやと子供のように眠っている
そんな彼女の体勢を変え膝上に座らせ寄りかからせたままノボリは報告書に目を通す
いつもと変わらない丁寧さと細やかさに目を細めた

「さて、頼みに参りましょうか…」

報告書とキロを抱えて部屋を出る
自分の執務室に戻りソファーに彼女を降ろすと、ライブキャスターの通話ボタンを押した
画面に現れたのは少しふっくらとした50代の女性

「夜分に申し訳ありません」
『いいのよー!連休お疲れ様。何時行けば良いかしら?』
「本日も出勤の者は既に帰らせておりますから、可能であれば5時前に1度お願いいたします」

彼女はギアステーション内の売店に勤務している
子供が居るため連休は実家へ里帰りしていたらしく、至って健康体だ
そういった者は休みの翌日早く出勤したり連勤者を起こし家まで連れて行く義務がある
必要事項を伝え通話を切る
ソファーから音がして振り返ると、半分以上開いていない瞳でキロがノボリを見ていた

「寝ていて構いませんよ」
「……うん」

ノボリが優しく言うとキロは頷いた
寝惚けているのか誰かと間違えているのか、普段の淡々とした物言いからは考えられないほど子供みたいな発音で答える
部屋の確認をしてからそっと抱き上げ執務室に鍵をかける
タクシーを呼び乗り込むと、運転手から労いの言葉がかけられた
それに適当に相槌を打ちつつノボリはキロのマンション前で止めてもらう

「鍵…弱りましたね」

彼自身頭が回りきっていないらしくキロの荷物を持ち帰っていなかった
セキュリティーの付いた扉の前で暫く考え込み、傍にある呼び出し機を押す
数回のコールの後滑らかな声が聞こえた

「クオオォォゥ…?」
「ミロカロスですか。わたくしノボリです。貴女様の主人がおりますが鍵を忘れてしまいましたので、どうぞこの扉を開けてくださいまし」

数秒とせずに扉からがちゃりと鍵の開く音が聞こえる
器用に尾で開けたらしいミロカロスが玄関で待ち構えていた
腕の中で眠り続けるキロを心配そうに覗き込む
失礼、とノボリが彼女を自室に運びベッドに沈ませた

「おやサーナイトとゲンガーが見当たりませんね」
「クオオゥ」
「なるほど、連れて行っていたのですか」

ミロカロスがキロの腰元にあったバッグを突く
その中には工具や飴の他にモンスターボールが2つ入っていた
壊してしまわないようバッグを外し机に置く
長居せずに帰ろうとしたノボリのコートの裾を、ミロカロスが緩く食んだ

「わたくしも帰って寝たいのですが…」

幸いにも明日はバトルトレインが運行されない
大型連休の翌日はそうして休みを貰わないと2人が死んでしまうためだ
クダリは先に帰って今頃ベッド、もしくは玄関で倒れているだろう
放っておけば風邪を引きかねない
疲れて振り払う元気もないノボリをミロカロスはずるずる引っ張りキロの眠るベッドに座らせた
ふわりと女性特有の甘い香りが漂う

「…怒られたら、責任とってくださいまし……」

それが我慢していた眠気を誘ったのか、抵抗することなくベッドに落ちていく
ノボリの意識が途切れる前にミロカロスは小さく鳴いた







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