怒涛の大型連休3日目、そしてキロの連続勤務6日目
遠方へでかける人達の波が一段落する中日
しかし逆にバトルトレインの運行が倍以上になる
起きたくないと身も心も叫びはするが、容赦なく目覚まし時計のアラームが鳴り響く

「ん、ぅ…」

神秘的なシャンデラの声が頭上から聞こえる
キロは眉を顰めて数回瞬きを繰り返し顔をあげた
見慣れない、だが可愛らしい紫のシャンデラ時計を軽く叩いて止める
そのまま時刻を確認すると朝の5時
睡眠時間は5時間あるかないかだったが、文句は言っていられない
疲れの取れない身体を起こそうとして異変に気付く

「…狭い」

左側にクダリ、右側にノボリ
いくら広いソファーの上とはいえ長身の成人男性2人に囲まれると圧迫感を覚える
どうにか抜け出そうと上半身を起こせばノボリが瞼を持ち上げた

「おはようございます」

彼ら2人の執務室なため何故隣で寝ているんだという突っ込みは控えた
挨拶を投げかけると、普段はきりっとしている表情が少し緩む
寝惚けているのかと思いキロが顔を覗き込むと背中から腕が伸びてきてソファーに引き戻された

「おはようキロっ」

朝から元気な声をクダリは出す
耳元で言われキロは片眉を寄せた
そんな彼女の頬にリップ音を立てて唇が何度も寄せられる

「やめてください」
「元気補充ー」
「私のが吸い取られます」
「ん…」

ぼーっとそれを眺めていたノボリがキロの胸元に擦り寄る
珍しく寝起きの悪い兄を見て、クダリはバトルレコーダーを手繰り寄せた
録画している間ノボリは抱き枕のようにキロを抱き締める
頬を摘まんでみても名前を呼んでみても反応は薄い

「5分経ったら起きるよ」

自分が寝起きの良い日は向こうが悪くなる
それを知っているクダリはソファーから立ち上がってコーヒーを淹れにいった
5分もこの状況なのかとキロは遠い目をする
ぐるんと視界が回って身体に重みがかかり息苦しくなった
横抱きから彼女を下敷きに遠慮なく乗りかかる形に変わる

「重いんですが」
「まったく、でございます…」
「あの、退いてもら、」

そこでキロの言葉は飲み込まれる
コーヒーやパンを手に帰ってきたクダリに助けを求める瞳が降り注がれた
首を傾げ近寄ると昨夜の時のようにキロの顔が少し青褪めている
ノボリが身体を動かせば小さく悲鳴があがった

「どうしたの?」
「は、早く退けてください」
「もうちょっとで起きるよ」
「その前に、お願いですから…」

彼女の頬がほんのり朱に染まり視線が下に行く
つられてクダリも視線を向け、屈みこんでじっとそこを見つめた

「仕方ないよ。ノボリも男」
「でも、」
「朝勃ちぐらいすぐ治る。…キロ初めて見る?」
「っ!」

何気なく尋ねられた質問にキロの頬が真っ赤に染まる
それほどに動揺すると思っていなかったクダリは、焦りと妙な興奮を胸中に渦ませた
手を伸ばし頬に触れかけた瞬間またアラームが響く
勢いよくそれを止めたのはノボリの掌だった

「…いけません、寝過ごしかけました」
「あ、おはようノボリ」

寝起きが悪いといっても規定の時刻から10分以内には目覚める
それを見越して再度鳴るようにセットされていた
ふと自分の下にいるキロに気付いて慌てて降りる
文句のひとつでも飛んでくるかと思いきや、顔を真っ赤にさせたまま洗面所の方へ走っていった

「わたくし何かしましたか…?」
「うん。下、下」
「下はクダ、」

上下線の話はしていないとクダリが突っ込むより先に自身の変化に気付いた
傍にあった毛布にくるまり恥ずかしがる兄にコーヒーを差し出す
適当にクリームパンを貪り弁明はしておいたと告げた

「生理現象だし」
「ですが泣きたいぐらい恥ずかしいです」
「ぼくなんて」

言いかけて口を噤む
生理現象どころか本能でそれをやってしまったなんて口が裂けても言えない
誤魔化すようにクリームパンを詰め込み砂糖たっぷりのコーヒーで流し込んだ

「先、行ってる!」
「すぐに参ります」

慌しく準備しだすクダリを横目にノボリも起き上がり朝食をとる
白いコートが出て行ったのと入れ替わりに、キロが帰ってきた
既にTシャツとハーフパンツから作業着に変わっており、安全帽を目深に被っている

「…ソファーありがとうございました」

礼を言うためだけに律儀に帰ってきたらしい
それだけを告げると顔は合わせず点検場へと行ってしまった
コーヒーを一口啜ってノボリは溜息を吐く
砂糖もミルクも入れていないそれは苦々しく、同じ顔をその水面に映し出していた





「今日も気ぃ引き締めていくぞー」
「うぃーす」

夜勤組と交代でキロは持ち場に入る
と言っても、この連休中夜勤だの昼勤だの可愛い言葉は通用しない
体力の限界を迎えた奴から休み、少しでも回復すれば他と交代し戻る
チームリーダーの言う"今日"なんて区切りもただの言葉でしかなかった

「代走車手配しました」
「おう。いいかキロ、此処からが俺達の冒険だ」
「最終回はやめてください」

トレインを見上げながらチームリーダーが溢す
カナワタウンに居た時は整備と修復だけに全力を尽くしていれば良かったが、ギアステーションではそうもいかない
バトルトレイン。キロが最も苦手とする彼らの整備は困難を極める
最早それは破壊と呼ぶ方が相応しい
運行前から代走車を用意している時点で今日の熾烈さが想像できる

『ごめんなキロさん、スーパーダブルそっちのレールへ行く』
「わかりました。破損状況お願いします」

始発からものの30分もしないうちに1本目の客がやってくる
初っ端からスーパーかよ!と誰かが悲鳴をあげた
高性能車両も廃人トレーナーの手にかかればあっという間にやられてしまう
ただでさえ連休中日、旅行客が減ったのを見計らってやってくる廃人達によって、スーパー系の運行本数は桁違いにあがる
キロは自分が手配した代走車でも足りないのではないかと不安になった

「というか、絶対、足りない」

いっそノーマルトレイン達をスーパーに回してしまえと叫びたくなる
しかしそれが出来ないことぐらいキロは重々承知だ
理解したくはないが、トレインの速度が違いそれによって乗客の気分、バトルの高揚感も僅かに変わってくる
気持ちよく乗ってもらうためにはそれぞれに対応したトレインでなければならない
もっとも、バトルそのもの否定派のキロは普通に乗れと考えつつ修理を始めた







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