「おぅキロ…先シャワー浴びてこい…」
「はい…お先にすみません、あー…」

今までは何とか自宅に帰りシャワーを浴びていたが、流石に身体が持たないらしくよろよろと壁に寄りかかりながらシャワー室を目指す
鉄道員も使うため何台も並ぶその場所を1人で占領することは憚られたが、閉じそうになる瞼にお湯をばっとかける
早く洗って交代しようと髪にシャンプーをつけ洗い流した時だった
脱衣所と繋がる扉ががたりと音を立てる
痴漢、変質者の文字がキロの脳内に過ぎり、傍らにあったシャンプーのボトルを手におそるおそる近寄り扉を開けた

「誰…っ」
「チュギッ!」

声の主は遥か下から聞こえた
足元、踏みつけるぎりぎりの位置にバチュルがいる
一気に気が抜けてキロはぺたりと座り込んだ

「おどかさないで…」
「バチュルど、」

脱衣所に備え付けられているトイレからクダリが出てきたのと、キロがバチュルを手に取ったのは同時だった
1人で入るのにわざわざタオルを巻いてシャワーを浴びる女性は少ない
例に洩れずキロも素っ裸で、クダリは辛うじて下着だけは着けていた
悲鳴をあげようと大きく開かれた口を即座にクダリの掌が覆う
ガタン!と音を立てて床に崩れ、掌だけでなく全身を覆う形になった

「ご、ごめん。わざと違う。だから悲鳴やだ…!」
「んっ、むぅ…んん、」

キロからすれば早く退いてどこかに行ってほしい
全裸で床に押し倒されていい気は当然しなかった
一応クダリの顔は背けられているものの、密接している部分がある
大人しくなった彼女の口からそっと掌が離れた

「何でもいいですから、退いてください」
「えっ!えっと、」

何故か口篭り退こうとしない
眉を顰めるキロはふと、膝に違和感を覚える
一瞬にして彼女の顔が青くなりそれに気付いたクダリは逆に赤くなった

「何考えてるんですか」
「ぼくだって大人。好きな子の裸見たら、こうなる」
「大人なら我慢してください。早く退いて…っ」

胸元を隠してキロが暴れる
程好い刺激にクダリは思わず肩を揺らして反応する
これ以上は流石にマズイと判断したのか、ばっと身を引いて背を向けた
その隙にキロは体勢を立て直しクダリを睨みながら衣服を身につけていく

「もう出ますから、後はお好きにどうぞ」
「う、うん!ごめんね!」

やや乱雑に扉を閉める音と走り去る音が聞こえて胸を撫で下ろす
自分の下着に目をやり、どうしたものかと考えているとバチュルの姿が見えないことに気付く

「キロ持ってっちゃったのかな…?」

ばたばたと廊下を足早に歩く
途中チームリーダーにあがったことを伝え、仮眠室の扉を開いた
しかしそこは疲れ果て屍となった職員で溢れかえっている
時計は深夜12時近く。今から自宅に帰るという考えは疲労感によって抹殺された
執務室のソファーを借りて仮眠しようと考えた彼女に手招きが見える

「…何ですか」
「まさかソファーで寝ようなどとお考えでは」
「借りたらいけませんか」

目の下にクマのようなものを浮かべているノボリがキロを呼ぶ
未だにしっかりとサブウェイマスターのコートに身を包む彼を、見ているだけで疲れが襲ってきた
Tシャツにハーフパンツの彼女を見てノボリは自分の執務室に案内する

「此処ならばまだマシでしょう」

通常の執務室より良いソファー
他の職員は気軽に入ってこれないため、身の安全も確保できる毛布も出してもらいキロは礼を言って横になった
すぐに小さな寝息が執務室に広がる

「寝顔も実に可愛らしいのですが…」

日中吊り上げていた目許は今は深く閉じている
僅かに開いた唇から息が洩れる
屈み込み傍でその様子を眺めていると、Tシャツの胸元からバチュルが顔を出した

「そんなところにいてはいけませんよ」
「ちゅぎぃー」

ノボリがバチュルを手に取ろうとすると頭を引っ込める
不自然にTシャツが膨らみもぞもぞ這いずり回った
くすぐったいのか、キロが身じろぐ

「こら、起きますでしょう。出てきなさい」

Tシャツの上から経路を塞いでいく
追い詰められていったバチュルは、最初と同じ位置に戻ってきた
また頭を出すまで待ってみるが一向に出てくる気配が無い
痺れを切らしたノボリが、こほんとひとつ咳払いをして胸元から手を突っ込んだ
起こさないようゆっくり手を滑り込ませそっとバチュルを引き抜く

「ん…」
「っ!」

キロは小さく唸ったが瞼が持ち上がることはなかった
逸る心臓を押さえつつ、バチュルを自分の方に引き寄せる
大好きなキロと離れたのが嫌なのか普段より少し強めにバチュルはノボリの指に噛み付いた

「…おやすみなさいまし」

軽く触れるだけのキスをしてノボリは自分の机に向かう
溜め込まれた書類を仕上げていると、先にシャワーを浴びに行ったクダリが帰ってきた
幸いにも扉は静かに開けられ、ソファーで眠るキロを説明するより先に見つけてくれたため、小声でひっそり会話がなされる

「ノボリは帰る?」
「わたくしも今日は泊まります」
「わかった」

コートやネクタイを適当に置いてクダリはソファーに近寄る
起こさないようゆっくり背凭れ部分を倒す
元々大きいそれは背凭れを横にしたことによりダブル並みの広さになった
肘置きも移動させてベッドのようになる
クダリが毛布と枕を持ってくると、いつの間にかキロは広々とした空間の真ん中にいた

「ぼく、右」
「空けていただけるのでしたら、わたくしはどこでも」
「うん。オヤスミー」

キロから見て左側にクダリが寝そべる
彼もよほど疲れているのか何をするわけでもなく、すぐに寝息が立った
放置されているコートをノボリは拾いハンガーにかける
時計に目をやり、残り数枚となった書類と見比べる

「シャワーでも浴びてきましょうか…」
「ちゅぎ」
「ああ、貴方も入りますか?」

自分の机でもそもそ動き回っていたバチュルを抱え部屋を後にする
静寂の中、寝息が3つ重なるまでそう時間はかからなかった







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