世の中の楽しいことの裏側には辛く苦しいことがある
誰かが喜ぶということは、誰かが悲しみ泣くということ
皆が平等に笑い合える世界など虚像にしか過ぎない
そう、ギアステーションの人間は厨二病全開のことを思い浮かべ今日も走っていた

「リトルコートですか…?外の世界、いえこちらのことです」
「カゴメタウンには右手のホームから鈍行が出てるのさ」
「ええ、ええ、でしたら遊園地がオススメでございます。はい、駅を出て左手に真っ直ぐ歩かれましたらすぐお見えになりますので、中にはジムを併設しているジェットコースターや観覧車もございます。はい、お気をつけて行ってらっしゃいまし。はいホドモエ『ノボリー!マルチ、きた!』クラウド後を頼みました!」
「はいはいホドモエですねー!」

右も左もてんやわんや状態
ライモンシティから出かける客だけでなく、多方面からライモンシティへやってくるお客、また別地方から長期休暇を利用して旅行に来た客を職員総出で対応する
それは普段の土日の比にならない
現に整備士であるキロですら、ホームと点検場を行き来する中最寄り駅や道を尋ねられる

「すみませーんソウリュウシティってどうやって行けば…」
「環状線とポケモンリーグ行きの2つあります。どちらもソウリュウシティは経由しますが乗り過ごしのないようお気をつけください」
「古代の城って電車ないんですかー?」
「申し訳ありません。最寄り駅はありますが、宜しければライモンシティを出て4番道路右側奥まで、徒歩でどうぞ。自転車は砂に埋もれて進みません」
「スカイアローブリッジは、「徒歩渡りたい場合はヒウンシティで、景色を楽しみたい場合はサンヨウシティ行きのものに乗りシッポウシティでお降りください!」

滅多に語尾を跳ねさせないキロですら叫びたくなるほど忙しい
1人に捕まれば最低5人は相手しないと前へ進めない
的確に目的地を伝え、キロは工具入れを持ち直し走り出す
点検場に滑り込むなり必要な物を先輩方に渡していき、自分の担当トレインの整備も始める

「スパナ、…っなんであんな遠く、に」

ボルトを咥えたままキロが顔をあげる
近くに置いていたはずのスパナがふよふよ空中に漂っている
カラン、とボルトを床に落としキロは身を震わした

「ゲンガー…いい加減になさい…」
「グォゥ!!」

ぱっと暗い身体が現れる
赤い瞳がふるふる脅えて揺れながらスパナを差し出した
即座に奪い返して締め直しながら問いただす

「職場には来ちゃダメって私言ったでしょ」
「ぐおぅ…」
「他は好きにでかけていいけど、此処はダメ」
「グオッ、グオオゥッ!!」

悪戯好きだがキロが本当にダメというものはしないはず
それが聞き分けなくギアステーションまで来るのは理由があってのこと
懸命に反論するゲンガーに整備を終えたキロは首を傾げた
しかし何もせず聞いている暇はなく、次の担当車両に走る

「っ、固い、あ…」

破損した窓枠を外そうとするキロの横からゲンガーがサイコキネシスを使って手伝う
無事取り付け直した後、彼女は小さく息を吐いてゲンガーを撫でた

「本当に仕方のない子」
「ぐぉぅー」

頭を撫でられ嬉しそうにキロの足に擦り寄る
キロが連勤を始めて今日で5日目
自宅には殆ど帰っておらず、稀に帰ったとしても3時間ほど寝てすぐ飛び出す始末
物分りの良いサーナイト達と違って悪戯っ子の彼は寂しかったらしい
今朝も明け方に帰ってきて4時間ほどでまた出勤していったキロの後をついてきたようだ

「遊んであげれないよ」
「グオオゥ!」
「手伝ってくれるなら、…お願いします」

軽く頭を下げたキロの頬が摘まれる
そのために差し出したのではないと頭を小突き、彼の助けを得て倍ほどの速さで仕事をこなしていく
仕事用として申請しているわけではないため他の整備士がいると姿を消すが、それでも僅かに余裕ができた
頃合を見計らってキロはゲンガーと共にまたホームを駆け回る
ホームに設置されている駅長室を覗くとクラウドが死んでいた

「…お疲れみたい、ね」

机に突っ伏して意識を失っている
瞳はしっかり閉じられているので短い間に休息を取っているようだった
キロはゲンガーにこっそり耳打ちをし、彼が姿を消して戻ってくるまでの間コーヒーを淹れた
次にゲンガーが現れた時傍にはおろおろとしたサーナイトがいた

「サーナイトお願いがあるの」

お願い、と聞いてサーナイトは嬉しそうな顔をする
人の役に立つのが好きなのか、はたまた持ち主であるキロに頼られることが嬉しいのか、サーナイトはいそいそとキロに近寄ったそして指差されたクラウドを見つめる

「安らげなさい、いやしのはどう」
「ポォォゥ…」

優しい声と一緒に柔らかな波動が広がる
それから3分程して無線に連絡が入り、クラウドは身体を起こした
かたん、と目の前にコーヒーが置かれる

「おはようございます」
「ああー、お疲れさん…ってわしめっちゃ寝とった!?」
「いいえ10分も寝てないかと」

その割には身体の疲れが思っていたより取れている
不思議がるクラウドの向こう側にキロはウインクをした
ゲンガーと一緒に隅に寄って姿を消しているサーナイトの顔が綻ぶ

「おっしゃバトル頑張ってくるわ!」
「…はい、お気をつけて」

無線からバトルトレイン乗車の要請が届く
一瞬しまった、とクラウドは慌てたが、それに対してキロは緩く微笑み見送った
空になったカップを洗い2匹を振り返る

「じゃあもう…」
「ポォゥ」
「あなたも?仕方ないな」

手伝いたいと申し出るサーナイトに、仕方ないと返しつつも彼女の顔はどこか嬉しそうで
ついでに外まで出て飲み物を買い込み点検場へ戻った
僅かな余裕は既に無くなっており、また怒涛の仕事ラッシュが繰り広げられる
キロが再び休息につけたのは午後11時を過ぎた頃だった







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