「おはようございます!」
「…カズマサさん此処点検場です。そして昼です」
「わかってます。でもギアステーションに辿り着けたのが嬉しくて嬉しくて…!」

地図とコンパスを手に喜ぶカズマサ
彼に呆れながらキロは今日の業務確認を始めた
足元の地面が盛り上がりダグトリオが顔を覗かせる
キロの方へもこもことやって来ては硬い身体を少し折り曲げた
まるで今日もまたお世話になりますと言っているようだ

「あなた達の頼みじゃ仕方ないわ」

屈みこんでダグトリオの頭を撫でる
鉄道員達の仕事場に行こうとしてやっぱり逆方面に足を運び出すカズマサにキロは呼びかけた

「渡し損ねた報告書提出に行きますのでご一緒に「行きます!」

周りの作業員達もまたかと野次を飛ばす
ついでの用事をいくつか頼まれ、キロは受付嬢のように案内を始めた
それほど複雑ではないギアステーション内を歩き回り執務室に辿り着く
喜ぶカズマサの頭に書類がクリティカルヒットした

「お前はほんま治らんなぁ…!」
「きょ、今日は点検場まで自力でした、よ!」
「キロちゃん毎度すまん」

彼が迷い込んできてキロが案内する
週に2,3回はそういった状況が出来上がっていた
案内せず迷子になられて仕事にならないよりはマシだと彼女は思っているため、特に苦だと感じてはいないらしい
平然として書類を丁寧に分け頼んでいく

「自分キロちゃんは迷子センターの姉さんちゃうんやぞ」
「わかってますよ…今度何か差し入れときます」
「そうせい。ほら仕事始めるで」

クラウドのコガネ弁のせいでまるで漫才みたいだとキロは思った
最後の書類の束を確認すると、クダリの印が必要な物
暫くそれを見つめ唾を飲み込み意を決した

「クダリさんはどちらですか」
「白ボスなら、ほらそこに」

専用の執務室から逃げ出したのか、ソファーに寝転がっている
だらだらとアーケオスで遊んでいた

「そろそろ戻らんと怒られますで」
「んー」
「あっ、ほら来よった!」

バン!と扉が開いて黒いコートが靡く
寝不足なのか少し目付きの悪いノボリがソファーに詰め寄る
大量の書類をクダリの顔面に押し付けた

「いつまで寝ているのですか!早く仕事してくださいまし!」
「やだ!此処で挑戦者待つ!」
「待つだけなら仕事しながらでもできます!」

渡すタイミングを逃したキロはじっとその様子を見つめる
駄々を捏ねるクダリに、それを連れ戻そうとするノボリ
傍らのクラウドやカズマサは日常茶飯事ゆえに笑いながらそれぞれの仕事に手を付け出す
在り来たりな日常に、彼女は口を開いた

「これお願いしますクダリさん」

黒いコートに向かって書類が差し出された
固まる2人と驚く周囲の職員達
キロの目はいつもと変わらず、早く受け取ってくれと強く押し付ける

「キロ、ソッチ黒ボス。白ボス違ウ」
「分かりづらいわ!えーっと白いのがクダリさんやで?」
「…?いえ、こっちがクダリさんですが」

遠慮なく眼前の人物を指差す
何を言っているんだ、という表情をサブウェイマスター以外の全員がした
混乱し始めた空間にノボリの声が響く

「よくお分かりでして…」

発したのは紛れもなく白いコートを着た方だった
アーケオスを手にだらりと寝そべる姿は、とてもじゃないが普段のノボリとは思えない
しかし先程の笑顔や駄々っ子とは真逆の口許に戻っている
続いて押し付けられた書類から逃げるように、黒いコートを着た方もソファーに沈んだ

「すごいキロ!見分けた」
「ボス!アンタらまた代わってたんか!」
「他の皆様は全滅ですね」
「連敗記録止まらない」

怒るクラウドを余所に白いコートを着たノボリが何かを記録する
時折入れ替わる2人は、1日ばれるかどうかで勝敗を決める
見抜けなかった場合忘れた頃に業務が倍増するのだ
頭を抱える他を横目にキロはもう一度黒いコートを着たクダリに書類を押し付けた

「どうぞ」
「勘?なんでわかったの?」
「…分かるも何も違うじゃないですか」

書類を受け取ろうとしないクダリに苛立った声で答える
尚も詰め寄る言葉に、答えたら仕事をすると約束させた
すっと2人の銀灰色の瞳を指差す

「瞳が違います」
「一緒やって!」
「クダリさんの方が黒目、よく小さくなるんです」
「細カイ」
「あと輪郭がノボリさんは頬の位置がやや下に、クダリさんはやや上にあります。あとは咀嚼回数も違いますね。ノボリさんの方が回数多いですし、クダリさんは片側で食べる癖があります」

答えたので受け取ってくれ、と言わんばかりにクダリの手に書類が置かれる
持ち場に戻ろうとするキロの作業服をノボリが掴まえ引っ張った
突然のことに悲鳴をあげ膝の上にすっぽりと収まる
逃れられないよう腕が強く腰に回された

「ブラボー!見事でございます!」
「あかん、今の聞いても判別つかへんで…」

テンションの上がったノボリにぎゅうっと背中から抱き締められる
苦しくてもがくと、横から今度はクダリに顔を擦り寄せられた
嫌がるキロを無視して職員達は今の見分け方で今後の入れ替えを回避できるか話し合う

「いい、加減、に」

暴れ始めたキロの両頬が挟まれる
すかさずクダリは固定された唇に自分のを重ねた
誰も見ていないからと、離れる時に舌で真一文字に結ばれたそれを舐める

「おめでとうのご褒美」

悪びれもせずにクダリが笑う
文句を告げようと開いた口許はまた塞がれた
近くにいるのに会話に必死な鉄道員達は気付かない
自分を縛りつけ口付けるノボリの腕を、キロは何度も叩きようやく解放される

「本当に懲りませんね」

気付けば上司達を睨んでいるキロに皆首を傾げる
相手は怒っているというのに、ノボリもクダリも平然と、どこか楽しそうな雰囲気を醸し出していた
それが余計気に障ったのか表情を険しくしてキロは乱暴に扉を閉めていった

「…怒っちゃったねクダリ」
「ご褒美が気に入らなかったのではありませんか?ノボリ」
「うわぁ!また分からなくなった!」
「騙されたらアカン!あか、うーん…」





ホームにある女性用の手洗い場にて蛇口を捻る
勢いよく流れ出る水を掬い顔を洗った
前髪から滴り落ちる水滴ごとタオルで拭き取る
鏡の中のキロはまだ眉間に皺を寄せていた

「有り得ない」

このままでは跡になりそうで眉間を必死に伸ばす
洗面所に手をつき俯いた
ゆっくりと流れていく水面にゆらゆら自分の顔が映し出される
いつ汚れたのか顔には何かの液体が付いていた
軍手で拭った時についたであろう砂の跡もある

「何がいいのか、わからない」

俗にいうイケメンな2人なのだから女性に困っているはずもないだろう
パーティーでも普段の生活でも、ファンに囲まれる姿はよく見かける
中にはキロより数段美人や可愛らしい人もいた
それらをほったらかしてまで自分に好意を向ける意図が理解できなかった

「遊びかな…暇な人達…」

踵を返して持ち場に戻る
整備を続けているとチームリーダーがキロを呼んだ
シフト表を見ながら渋い顔をしている

「はい」
「ああ、悪いな。お前この日休みになってるんだが…」
「出勤でしたら大丈夫です」
「いやでも8連勤だぞ。途中連徹の可能性もある」
「問題ありません」

大型連休に入る3日前から怒涛の8連勤
甘く見積もっても1日5時間寝れれば良いほうだろう
元々キロは連休全て出勤すると言っていたのだが、他の整備士が気を遣って1日休みをくれていたのだ
しかしそれも上からの命令で取り消されることとなった
ただでさえ人手が足らないところを、新人だから、女だからの理由で休ませるわけにはいかない
本人は重々承知の上で仕事に就いているが周りとしては少し苦々しい思いもあった

「休憩も人並みで構いません」
「でもなぁ、」
「私この仕事好きです」

胸を張ってキロは言う
その口許は僅かに上がっていた
点検場に運ばれてくるトレインを眺める

「私の整備したトレインが誰かを乗せて、どこかに連れて行く。その先に何があるか分かりませんが進むお手伝いができるこの仕事が、トレインが、私は大好きですから」

穏やかな海のような瞳
垣間見せる波の色にチームリーダーも笑い訂正されたシフト表を渡した
紙を丁寧に折り畳みポケットに仕舞い込む
キロはまた元気に担当場へ走っていった



電車が好き。その気持ちはあの日から変わらない
幼い頃から好きだったわけじゃない
この感情は好意というより感謝、厚意に近い

傷付き疲れた自分に煌く世界を見せてくれたのは、愛しい彼だった

「宜しくお願いします」

担当するトレインに頭を下げて乗り込む
いつものように、まず落し物がないか探索しているとシートからころりと何かが転がった
拾い上げればとても綺麗な貝殻
桜色のそれは少し砂がついていて、まだ潮の香りも漂う
懐かしさに目を細め割れないようタオルに包み回収箱に入れる

暗い地下鉄にある電車の窓
その向こう側に蒼い海が見えた気がする
歓喜と悲鳴の大型連休が迫っていた







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