「…クダリそろそろ、」
「キロ、ごめんね」

ノボリの言葉を遮って呟いた
後ろからぎゅっと抱き締めキロの肩口に寄せられた顔はいつになく真剣だった
顔は見えずとも声色で分かったのか、彼女は瞳を伏せた

「――ご迷惑おかけしました。それと…花ありがとうございます。私以外に添えられたことなかったから、きっと、彼も喜んでます」

元の持ち主だった祖母はとうの昔にいない
彼の生まれ育ったホウエンは遠く、その地まで亡骸を持っては行けない
両親は忙しくイッシュまで来れるはずもなく、彼女だけが冥福を祈り罪に苦しみ花を添え続けた

「わたくし達で宜しければいくらでも」

バチュルを持たない手をノボリが取る
白い手袋に隠されていた掌は大きく懐かしかった
誰かとこうして触れ合うこと自体久しく行っていない
僅かに潤んだ瞳でキロは緩く笑った

「すごい。ミルホッグの目みたい」

クダリの発言に2人が顔を向ける
此方を見ていた女性達の瞳がとんでもないことになっていた
さっと血の気を引かしたノボリとキロを、不思議そうにクダリが見つめる
互いに慌てて離した手を見てもクダリはのんびり抱きついていた

「今すぐ離れてくださいまし!」
「え、なんで」
「いいですから!」

引き剥がすようにクダリからキロを取る
しかし取った拍子にノボリが彼女を抱き締める形となってしまう
傍から見れば兄弟で奪い合っているように見えた
それが引き金となり女性達が涙や怒気を含ませた声で詰め寄る

「ノボリ様どういうことですか!この人は一体…!」
「ばか!クダリ君のばか!誰なのあれ!!」

阿鼻叫喚の地獄絵図
そろそろと逃げようとしていたキロも無数の手に捕まる
ひっ、と情けない悲鳴をあげた彼女を女性達が睨む
周囲の男性諸君も興味深そうに眺めていた

「はっきりなさい、どちらが狙いなの!」
「そんな、私は2人とも「ノボリさんもクダリさんも狙っているっていうの!?」

途中で切られた挙句曲解され絶句する
血走る女子の何と恐ろしいことか
同じ性別でありながら、キロは女の怖さを改めて思い知る

「二股!」
「泥棒猫!」
「優柔不断!」

次々と浴びせられる暴言にぶつりと彼女の内の何かが切れた
大胆に赤のドレスを捲り上げ、太股にあるホルダーからボールを取り出す
床に投げつけ現れたのは当然の如く高個体値のバシャーモ
そのドレスと同じように燃え盛る赤い炎とキロの瞳

「いい加減なさい。私確かにバトルは要りませんが身を守るためであれば問答無用、唱えますよ。そして1つ訂正するならば」

いつでも戦闘できると言わんばかりにバシャーモが鳴く
けたたましく雄々しく、しかしどこかに優美さすら感じる鳴き声
反響したそれが消えた時キロは人差し指を突き出し言い放った


「私はいつでもトレインに真っ直ぐ一筋です」


誰もが羨むサブウェイマスターよりも、トレイン
はっきり断言した彼女にどよめきとどこからともなく拍手が贈られた
唖然とする女性達を尻目にこの騒動から早く逃れたいとヒールを鳴らし歩き出す
逸早く正気に戻ったノボリがその後を追いかけた

「申し訳御座いません…」
「忘れていた私も悪いです。ノボリさんが謝ることではありません」
「いえ、わたくし謝らないといけません」

長い足ですぐに追いついてきたノボリを見る
人の居ないバルコニーに着くと、今度は真正面から抱き締められた
いくら足掻いても成人男性と女性の力の差は圧倒的で、強くなるばかりだった
諦めたキロの顎が掴まれ持ち上げられる

「貴女様自身に惹かれていることは事実ですから」

銀灰色の瞳が月夜に照らされ妖しく光る
目を閉じる暇もなく唇を塞がれた
長く深いキスに抵抗するより早く酸欠で思考がぼんやりと霞む
息が切れる頃合を見計らったかのように唇が離れた

「…からかっているんですか」
「その様な男として映っているのであれば心外でございます」

ぐっと喉を詰まらせ拳を握り締めたキロは、それをノボリに向けることなくドレスを翻し会場内へ戻っていく
開けっ放しにされた扉からシャンデラがおそるおそる覗いてきた
手招きをすればどこか余所余所しく近寄る

「クダリには内緒ですよ」
「シャァーン…」
「とは言いましても」

バルコニーに凭れて月を見上げる
綺麗な光がその瞳を輝かせ、ゆっくり雲に瞼に覆われる
再び現れた上弦の月は緩やかな弧を描いたそれを照らした

「同じ考えでしょうけれど」





信じられないと何度も繰り返し思う
突然口付けてくるような男ではないと油断していた自分に呆れる
ボーイに声をかけ3杯目のワインを口に含んだ
まだ残る温もりを消そうと躍起になる

「あ、キロいた」

バシャーモと一緒にクダリが現れる
同じ顔なのに違う人
あまり見たくないそれから少し目を背けた

「バシャーモ迷子になってた」
「ありがとうございます」
「でもいい子。バチュル持っててくれた」

騒動で落としてしまったらしいバチュルをバシャーモは大事そうに抱えていた
それに関してキロはバチュルとクダリに謝り、置いていったことと感謝をバシャーモに告げボールに戻す
夜遅く眠いのかクダリの胸ポケットでバチュルは眠り始める

「シビルドンも寝てた。ぼくも眠い」
「帰られたらどうですか」
「うん…」

立ったまま寝そうな上司に帰宅を促す
時計の針は深夜12時を差していた
外に出て、行きと同じでタクシーに乗せようとしていたキロのドレスの裾が引っ張られる
蹲るクダリに目線を合わせた

「タクシーすぐに来ますよ」
「…キロ電車好き」
「はい。それは皆さん同じでしょう」
「ん…ぼくキロも好き」

聞き間違いかと問い返す声は上手く出なかった
やってきた車から何故か運転手が降り、すぐ助手席に放り込まれ、運転席に先程とは一転して目覚めたクダリが座る
キーを回してエンジンがふかされる

「え、あの」
「大丈夫免許持ってる。ノボリならタクシーで帰るよ」
「でも車、」
「ぼくの。あまり乗らないけど持ってきてて良かった」

シートベルトが着用され発進する
先にクダリは自家用車で会場まで行き、2人が遅いため別途タクシーで迎えに来たらしい
一瞬しか見えなかったが高そうな車だったことを思い出しキロは大人しく座り直す
夜中でもネオンが光るライモンシティを高速で駆け抜ける
信号待ちで停車した時、ぐっとクダリが顔を寄せた
今度は瞳を閉じることだけできた

短く浅い代わりに何度も何度も寄せられる
薄らと目を開くと最後に少しだけ深く口付けられた
青に変わる手前で離されアクセルが踏まれる

「…おかしいですよ、2人と」

言いかけて口を噤む
ノボリにもされたことを告げるのは流石に憚られた
冷や汗を流すキロにクダリは顔を前に向けたまま笑う

「ぼくとノボリ、どっちかを選ぶのも、面白いと思う」
「トレイン以外選びません」
「うーん…それも、いっかな」

路上脇に車が止められる
自分のマンション前だと気付いてキロはすぐ扉を開き降りようとした
その腕を掴まれ強引に向かされる

「でもキロがいいなら、…ぼくとノボリどっちも受け入れて。そう、ぼく達も努力する」
「っ、意味がわかりません」

腕を振り払い靴音を鳴らしてマンションに入っていく
タイミング良く呼び出すライブキャスターを付け、クダリは相手に笑いかけた
明日からの仕事が楽しみだと柄にもなく思いながら







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