トレインが点検場へと運ばれる
手早く確認と整備を終え、キロは車体から降りる
一纏めに置かれている報告書の角を揃え持ち上げた

「提出に行きますがまだありますか?」
「いや、後のは時間がかかるから先頼む!出したらあがっていいぞ!」
「はいお疲れ様です」

お先に失礼します、と頭を下げてステーション内を足早に進む
2度ノックをして開いた部屋でクラウドが机に項垂れていた
疲れではなく何かに悩んでいる様子
少し気になったキロが書類を置いてコーヒーを淹れ、渡すついでに尋ねた

「おーすまん。いや、連休が控えてるの見てちょっとなぁ」

壁にかかったカレンダーを見る
5日間の大型連休が来月に控えていた
ローカルトレインの利用者数も跳ね上がるが、バトルトレインの利用者数はそれの比にならない
祝日によって引き起こされる連休は社会人が多くやってくる
夏休みや冬休みなどは、まだ可愛い方だ

「どこも人手足らんから休みは絶対取れんやろうし」
「そうですね」
「キロちゃんは家ちゃんと帰りや。シャワー室野郎ばっかで危ないし、身体壊すやろ」
「先日休みましたので問題ありません。トレイン整備士も人手不足です」

コーヒーを啜っていたクラウドが苦笑いをする
老若男女関係なく、3徹は堅いだろう
キロはじっとカレンダーを見つめた
その背後からやけにテンションの高い声が響く

「キロ、コレ見テ!」
「それは旧型車両の模型…っ」
「コノ間買ッタ。羨マシイ?」
「私買いそびれましたのに。売って下さい」
「HAHAHA嫌ダネ」
「腹立つ笑い止めてください」

シンゲンと電車について語り、喧嘩を始めた
いつの間に仲良くなったのかわからない2人を横目にクラウドは背伸びをする
扉がまた開いて今度はクダリが入ってきた

「お疲れさんですー白ボス」
「うん……あっ、」

クダリの笑みが強張る
視線の先にはキロが居て、まだ気付いていないのか模型の値段交渉をしていた
最終的に彼女の所有している最新型車両模型と交換で話がついた
ようやく此方を見たキロにクダリはさっとコートから飴を出す

「た、食べ「結構です。報告書ありますのでサインお願いします。お疲れ様でした」

積み重なった書類を指差し行ってしまった
キロの過去を聞いてから、2週間が経っていた
ノボリとは普通に今まで通り上司部下の関係を保ち、問題なく過ごしているように見えた
しかし同じ双子だというのに変に意識してしまう所為か、クダリとの関係は元通りとは言い辛い
行き場を失くした飴を自分の口に放り込む

「ボス、キロト何カアッタ?」
「んーちょっとねー」
「おっ色めく話ですか?」
「違うよ。…はぁ」

柄にもなく溜息を吐く
コートの襟元がごそごそ動いてバチュルが現れた
クダリの頬に擦り寄ってからきょろきょろ辺りを見渡す

「いないよ。あーあ、」
「ちゅぎぃー…」

バチュルの哀しそうに鳴く声もキロには届かない
少しだけ早めに帰宅した彼女は、出迎えてくれたサーナイトと一緒に夕飯を作っていた
フライパンで炒め物をしながら思案する

「気を遣わせたかな」
「ポオゥ?」
「お皿取って」

タワーでのことを思い出しながら中身を皿に移す
泣いてしまったことは恥ずかしいが、それよりも本当に言ってしまって良かったのだろうか
調べられた以上いつかは分かることだろう
だが時期尚早だったのではないか
案の定クダリの態度は戸惑いを隠しきれていない

「あれライブキャスター鳴ってる…どこ置いたかな」
「グオゥ、むぐ、」
「飲み込まない。ご飯を食べなさい」

くぐもった呼び出し音に気付いて探すとゲンガーがライブキャスターを咥えていた
少し汚れた部分を拭き取り通話に応じる
画面に表示されたのは、乗車会の時に知り合った老齢の男性だった

「お久しぶりです」
『元気そうで良かった。今ご自宅かな?』
「はい」

キロが頷くと男性は嬉しそうに笑った
その笑いの意図が掴めず首を傾げるとチャイムが鳴る
通話を繋いだままモニターを覗くとくすみがかかった紫色のスーツが見えた
困惑するキロに男性が迎えだと告げる

『まあ開けてもらえないかな?』
「…はあ、あの」

扉を開いて固まる
紫のスーツの男性は見覚えある顔をしていた
特徴的なもみ上げと銀灰色の瞳
驚いたのはノボリもだったらしく、大きく目が見開かれた
2人の表情をモニター越しに見ていた男性が手を叩いて笑う

「どういうことでございますか会長!」
「え、会長…」
「わたくしは貴方様の客人を迎えに行けと、…っまさか」
『待っているから早く連れてきなさい。ああ、クダリ君も一緒にな』

一方的にライブキャスターの通話が切られる
顔を見合わせ、ノボリは苦々しい表情で告げる

「会長の誕生日パーティーが催されまして…」
「あの方会長だったんですね。失礼が無ければ良いんですけど」
「失礼どころか気に入られておりますよ。申し訳ありませんが着替えてくださいまし」

すっと差し出されたのは招待状
ドレスコードには礼装などは書かれておらず、ただ一文『ポケモンに擬えて』とあった
その文とノボリを交互に見比べキロは納得する

「シャンデラ、ですか」
「ご名答です」
「シャァーン」

腰元のボールから出てきたシャンデラが目元を綻ばせて鳴く
お揃いが嬉しいのかノボリに擦り寄った
その光景にキロは小さく微笑むと踵を返す

「中へどうぞ。少し待っててください」
「それではお邪魔いたしま、す?」

先程までキロが居た場所に赤い瞳が輝く
リビングまで歩いていった彼女が駆け戻ってきた
珍しく慌てた表情でゲンガーにボールを投げつける
即座にそのボールは回収された

「…お気にせずどうぞ」

そそくさと自室に籠っていったキロに何故かシャンデラが笑う
持ち主の代わりにとでも笑うシャンデラを軽く小突いて、ノボリはリビングに足を踏み入れた
広くはないが女性が1人で暮らすには充分な間取り
大きめのソファーに腰掛けると眼前に紅茶が現れた
見上げればすらっとした身体に女神の微笑を携えたサーナイト

「ブラボ―――!!」
「何事ですかっ」

聞きなれない声にキロが飛んできた
そこにはリビングでサーナイトの手を取り褒め称えるノボリの姿

「素晴らしい!ほうようポケモンの名は伊達ではありません!紅い瞳にすらりとした緑の手、はためく白の何と細やかで美しいことでしょう!!」
「ポオオォゥ…」

照れた素振りを見せるサーナイトに持ち主は肩を落とす
転がっているモンスターボールを拾い、サーナイトに向かって投げた
赤い光が身体を包んで戻っていく
切なそうなノボリの声が響いた

「ふざけないでください」
「クォゥ」
「…あなたも勝手にでてこない」

自分の背後に構えるミロカロスを戻す
輝く美しさを垣間見せるそれが入ったボールごとキロの手が掴まれる
手袋をしていないノボリの大きな両の掌が包み込む
瞳は爛々と煌いていた

「後生ですから是非!是非!見せてくださいまし!」
「……」

無表情、しかし瞳だけはまるで子供のよう
体格は勿論大人でその状態で詰め寄られると恐怖しか感じない
頷くまで離されないだろう手を見て、キロは小さく溜息を吐き空いている手でボールを投げた
サーナイトとゲンガーがもう1度現れ緩んだ隙にミロカロスも出す

「それ以上は見せません。どうぞサーナイトの淹れたお茶でも飲んでお待ち下さい」







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