足音が反響して耳に聞こえる
薄暗い外は風が不気味にざわめいていた
塔の中の沢山並んだ墓石の前、キロは赤い花と祈りを捧げた
さながら神に縋る子羊のように

「お待ちしてました」

近付く2つの足音にキロは顔をあげ振り向いた
墓石の前から彼女が退くと、まずはノボリが白い花を置いた
続いてクダリが黄色い花を並べ文字を見る

『 バクフーン ここに ねむる 』

亡くなった日付は今日からちょうど5年前
死因は老死と書かれていた
黙祷を捧げた2人に礼を言い、キロはそっと墓石を撫でる
そこにバクフーンが居ると錯覚するほどに優しく

「ご存知の通り私はスクールに通っていました」

ホウエンで勉学に勤しんでいたところを、たまたま見学にきていたイッシュの先生に見込まれ留学した
見知らぬ土地に子供1人。慣れ親しんだポケモンがいるとはいえ心細かった
それでも期待を裏切りたくなくて、必死に努力を重ね続ける
努力は実を結び見事キロは当時のスクールで1番となった

「バトルはとてもたのしかったです」

そう言うキロの瞳はいつもより幼く見えた
勝っても負けても、1番になるまでは楽しかった
しかし登り詰めた先は終わりの見えない地獄が待っていた

元来天才ではない彼女は努力することで力をつけていた
習得できるわざ全てを覚え、ポケモンの個性に合わせて使いこなす
ただそれを人に見せることはなかった
傍から見れば突如として現れた天才少女としか映らない

周りとの孤立が始まった

それでもキロはまだバトルが楽しく面白かった
彼女の笑顔が消えたのは、キロが14になったある夏のことだった





「おばあ、ちゃん…」

ベッドに横たわり器具が付けられた祖母を力無く呼ぶ
よろよろと近付きその手を取った
閉じられていた瞳が開き、キロを捉える

「キロ…忙しいのに、ごめんねぇ」
「っおばあちゃん!私忙しくなんかない、忙しくなんか…」

イッシュとホウエンの距離は子供であるキロにとって重く果てしなかった
向こうに渡ってから数年間、1度として帰ることはなく、日々バトルに明け暮れていた
そんな自分をキロは呪った。怨んだ。なぜ、帰らなかったのかと

トクサネにある宇宙ステーションに両親は勤務している
多忙な2人に代わって祖母がキロの面倒を見ていた
正確にはポケモン達も一緒に
祖父はキロが生まれる前に亡くなったと聞いていた

「あの人がいって、もう18年にもなるのね」

か細い声で祖母は呟く
写真でしか知らない祖父はバトルが好きで、出身のジョウトでは少し名のあるトレーナーだった
祖母に連れられて幼いキロも何度かエンジュへ里帰りしていた
走馬灯のように想い出を語りだす祖母に、キロは言いようのない不安に襲われる

「おねがい、おねがい…」

やめて。とは言えなかった
いかないで。と言った瞬間消えてしまいそうで

ぼたぼたと涙をシーツに落とすキロを見て祖母は笑った
そして1つのモンスターボールが手渡される
カチリ、と音がして中からバクフーンが現れた
彼は既に何かを悟っていたのか、祖母に近寄り小さく鳴くと、今度はキロの傍に構えた

祖母の唯一の手持ちだったバクフーン
若かりし頃は彼女もトレーナーだったと父は言っていた
当時使っていたポケモンは、みな寿命で亡くなってしまったが、祖父が最期に譲り渡したたまごから生まれたヒノアラシが支えだった

「あなたに渡しましょう、お兄ちゃんみたい、な…ものだもの」

遅くまで遊び回るキロやポケモン達を諌め連れて帰る
それがバクフーンの役目でもあった
自分より大きい彼を兄のように慕い、育ってきた

「つよく、なりなさい。キロ、ぜったいに」

無機質な音だけが響き渡る
縋るその身体に、命の灯火はもう存在しなかった





「お祖母様の手持ちですか…」
「とてもつよい子でした。調べてもらったら、6Vだったと」
「うぇっ!?スゴイ!!」

クダリの素直な反応にキロは笑う
窘めようとしたノボリはその表情に違和感を覚えた
譲り受けた子とはいえ、6Vのポケモン
スクールに通っていたのならば喉から手が出るほど欲しいものだ

「1番のわたしは勝ち続けなければならない」

つよくなりなさいと祖母は残した
キロはその言葉を忠実に受け取り励んだ

勝って、勝って、強く、強く

今まで以上にバトルを積み重ね育て上げる
多少の無理は自身にもポケモンにも強いた
勝利の数が増えるほど期待と嫉妬は大きくなっていく
押し潰されないように殻に籠り、脆い内側を強固にする壁を、ポケモンを作り上げた

「ある日のできごとでした」

墓石の文字をそっとなぞる
その指はどこまでも白く、消え入りそうなほどに細い

「首席をかけたバトルで、わたしはかれをころしました」

エリートトレーナーズスクールの首席は厳しい
2月に1度、首席の者はそれ以下の10人と連戦を強いられる
シングルで回復込みの3vs3とはいえ強制連続バトル

「それまでの無理がたたってわたしも彼女ものこり1体」
「彼女って、あの子?」

思い当たる節があったクダリが尋ねると頷いた
2番手にあたる彼女はキロに日頃から深い嫉妬を抱いていた
完全に潰しにかかってくる相手へ、キロは最後の1匹にバクフーンを選んだ
彼も疲弊はしているが6Vならば大丈夫だと
相手が繰り出したのは無傷のブルンゲル
読み間違えても後には引けない。勝って首席を守りきるほかない

そうでしかおばあちゃんとのやくそくをまもれない

「容赦なく水タイプの攻撃を喰らう彼に、私は戦えと命じることしかできなかった」

傷付き残り体力も微かなバクフーンに動揺する
負ければ今までの頑張りが無駄となる
立ちなさい!と叱咤する声に、いつしか応える声は無くなった

「…負けたんだ、キロ」
「しかしそれが彼を殺したというのは「違うんです!」

珍しく張り叫んだキロの瞳から涙が落ちる
頬を腕を必死に墓石に縋らせ濡らしていく

「ひんしの彼を、わたし、は、おいて逃げた…!いやすことも声をかけることも、せず、じぶんのことばかり!…もともと高齢で、そこにむちうって、わたしのためにがんばってくれた彼を、わたしは…っ」

辛く厳しく当り散らした
すぐにセンターに連れて行き回復させるべきだったのに
負けた原因をバクフーンに擦り付け酷く扱い、荒れ果て、ようやく連れて行った時だった
神妙な面持ちのジョーイさんに奥の部屋に来るよう呼ばれた
その先にあったのは、痛々しいまでにコードに繋げられた、バクフーンの姿

「もうすぐ…寿命だと思うの」
「じゅみょ、う」

怪我のせいではなく、寿命
キロは上手く言葉が出てこなかった
喉奥に言いようのない感覚が詰まる

「けが、は」
「問題ないわ。今日中には治ります。でも、」

カルテをそっと差し出される
以前見た時より緩やかになっている数値
余命1週間と書かれたそれに、キロは自分を呪った

「最期はどうしますか?」

どうしようもないことなのだろう
延命方法も、治療方法もジョーイさんは言ってこなかった
抗えない自然の摂理が刻一刻と近付いていた
治療カプセルの中からバクフーンと目が合う
その瞳はまだ、キロのことを心配していた

「もっと気を遣っていれば、もっともっと生きられた。わたしが、かれのいのちをうばって、ころしたんです!」
「キロ違う!それは、「クダリ!」

今にも泣き出しそうな弟をノボリは肩を掴み止めた
コツコツと靴音を鳴らし、墓石に抱きつくキロの傍に膝をつく

「――わかりました。今後一切、貴女様をバトルに巻き込まないことを、お約束いたします」
「ノボリ!!」
「帰りますよ。さあ、もう此処も閉まりますから」

納得がいかないとクダリは憤慨する
だが、今の彼女の状態を見て、これ以上言い詰めることはできなかった
墓石に声をかけるキロは兄を慕う妹のようで
バトルが彼女から奪っていったモノはあまりにも大きかった







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