戦争の終了を告げる号が巨大なセカンドワールドの隅々まで響き渡る。
専用のバインダーを放り投げるように取り外し、緊迫感から解放された安堵に名前は深く息を吐いた。コックピットの大きな画面には彼女のLBXの略図が映し出されている。右脚、右手。その他多くの赤く表示された部位が強く点滅している。危険を知らせていた、酷く損傷したのだと。
来週出撃出来るかしら。小さく首を傾げて彼女はコックピットから降り立った。
ジェノックのミーティングルームに戻るや否や、心地の良いボーイソプラノがルチに投げ掛けられる。振り返ったルチの瞳に映るのは何処か憂いを帯びた表情のヒカルだった。
ヒカルくん、どうかした?名前は首を傾げる。すると彼の口から悪かった、と謝罪の言葉が出てきたものだから、彼女はますます疑問符を頭上に浮かべることとなった。
「え、何で謝るの?」
「君の機体がここまで損傷したのは僕のせいだ」
「…どうして?」
「どうしてって…君が僕を庇ったからだろう」
突然の奇襲だった。茂みに隠れていた敵国の機体がヒカルの専用機、バル・スパロスに襲い掛かったのだ。素早さを誇るバル・スパロスは間一髪で攻撃をかわしたものの、右手に麻痺を負ってしまう。うまく動かない腕を庇いながらの応戦にさすがのヒカルも反応が遅れ、更に敵の援軍が合流し、まさに四面楚歌となってしまった。ハルキ、アラタ共にヒカルと離れた場所で任務にあたっていたため、第一小隊の隊員を呼ぶことは難しい。――どうする?額に冷えた汗が浮かんだ、その時だった。
「――ヒカルくん!」
遠方から敵機体に攻撃が浴びせられる。次々とブレイクオーバーを示す青い光を放ち、敵はその身を横たわらせた。――名前のLBXだ。
「ヒカルくん、大丈夫?」
「名前、なんで君が…!」
「話は後!今はこいつらを追い返さなきゃね!」
画面の向こうで笑う名前にヒカルは強く頷いた。
ヒカルと名前の機体は背中合わせで二機は次々と敵を粉砕していく。あと数体。これで決める、と左手で大きく振りかぶった瞬間、不意を突かれ、バル・スパロスは腹部に大きなダメージを受けてしまった。黄色い閃光が全身を駆け巡り、バル・スパロスはロスト寸前だ。もう自由には動けない。そんな中、無慈悲にも再びアックスがヒカルの機体に振り下ろされる。
「――危ない!」
金属と金属がぶつかる不快音が、コックピット内に響いた。
名前のLBXはアックスによる攻撃で右半身に大ダメージを負ってしまった。暫く出撃は無理だろう、ジェノックのラボを稼動させて来週まで間に合うかどうか。そのような見解が下されたのはウォータイム終了直後だった。
うちのメカニックには迷惑を掛けてしまったわ。名前は困ったように笑う。
「だけど私が勝手にやったことだから、ヒカルくんは悪くないよ」
「でも…!」
「私は、ヒカルくんを助けたかったの。好きな人助けるのは普通の事でしょ?」
違う?名前はヒカルの手を取り、にっこりと口角を吊り上げる。嬉しさにほんの少し悪戯を思い付いた子供の表情が混ざった笑顔はヒカルの白い頬を薔薇色に染めるのに
時間は掛からなかった。……君、馬鹿じゃないのか。長い睫毛に縁取られた瑠璃色の瞳は名前を真っ直ぐ見ようとしない。
「うーん、じゃあどうしてもっていうなら…明日スワローのパフェ奢ってくれたって良いわ!」
「は」
「だから〜明日出掛けましょうってば〜せっかくの休みなんだから!」
ヒカルは言葉を発する余裕すら失っていた。ただ一つ首を縦に振ってごく小さな意思表示を表す。繋いだ手から熱が漏れ出して、気持ちも何もかもが名前に筒抜けのような気がして、どうしようもなくむず痒い。やっぱり君、馬鹿だ。やっと絞り出したヒカルの言葉に名前は歯を見せて再び笑んだ。